社会と学問をつなぐ視点

性的マイノリティの運動史を未来に残したい。

性的マイノリティの運動史を未来に残したい。

杉浦郁子 教授

現代人間学部 人間科学科
専門 社会学 ジェンダー/セクシュアリティ研究

きっかけは「女性学」との出会い

私の研究領域は「日本における性的マイノリティの社会運動」です。ジェンダーやセクシュアリティという研究分野に出会ったのは、大学で受けた「女性学」の授業でした。講師は田嶋陽子先生。当時すでにテレビの世界でフェミニストとして活躍されていました。授業を通じて、以前から持っていた、周囲が求める女性像に合わせようとする自分への嫌悪感に、初めて言葉を与えてもらったと感じました。授業を受けていた学生たちの誰もが優しく朗らかな田嶋先生に魅了されたと思いますが、女性の権利について発言を続ける中で、あえてメディアでは道化的な役割を引き受けていた面もあったでしょう。それゆえに、ご自身が傷つくことも少なくなかったはずです。それでも堂々と発言を続ける先生の言葉には励まされました。

レズビアンの運動史を拾い上げる。

「レズビアン・コミュニティの歴史記述」という研究テーマでは、1970年代から1990年代中旬の首都圏におけるレズビアン解放運動のあゆみを、資料やインタビューからまとめることをめざしています。そもそも性的マイノリティの経験や表現を記録する資料は限られていますが、都市部でなされたゲイ男性の活動が注目されやすく、女性の資料は特に少ない。この背景には、ミソジニー(女性蔑視)やジェンダーギャップをもたらす社会構造があります。結果的に、女性による運動は不可視にされ、過小評価されている。この現状に風穴を開けることが研究のねらいです。最近は、レズビアンのための活動に取り組んできた先人へのインタビューを行っています。

これまでの収集してきた資料やインタビューを公開し、その活用を促すために、「レズビアン・デジタル・アーカイブス」(https://l-archives.jp/)というウェブサイトをつくり、試験運用しているところです。

「地方」の現実から立ち上がってくるもの。

2019年に取得したサバティカル(研究休暇)を利用して、仙台に居住しながら、東北地方における性的マイノリティの市民運動について調査をしました。地方の性的マイノリティは、都市で脚光を浴びる活動家と比べると目に留まりにくいのですが、かれらは各々の環境の中で、自分たちに合った無理のないやり方で活動をしており、大きな学びになりました。

Akita Pride Marchに参加した「にじいろCANVAS(宮城県)」の皆さんと

▲Akita Pride Marchに参加した「にじいろCANVAS(宮城県)」の皆さんと(2022年5月28日)


私はその姿に「市民の仕事術(※)」の実践を見た思いでした。自分の生活、自分が暮らしている地域を良くする。自分のためだけでなく、そこに住む仲間のために市民として活動する。差別の現実を変え、暮らしや社会を良くするためには、「活動家」が増えることも大事ですが、自治の精神を持った「一市民」が少しずつでも増えることが欠かせないと再認識しました。それを知ることができた東北での調査内容は、福島大学の前川直哉先生とともに『「地方」と性的マイノリティ 東北6県のインタビューから』という書籍にまとめました。

このような研究成果について、大学の授業では「フィールドワーク(市民運動と自治)」「セクシュアリティをめぐる諸問題B」などの科目を通じて学生にも伝えています。

これからも、小さくとも確かな声に耳を傾け、それを記録し、伝えていきたいと思います。

中央の書籍は、杉浦先生と福島大学准教授・前川直哉先生が共同執筆し、2022年11月に出版した『「地方」と性的マイノリティ 東北6県のインタビューから』

▲中央の書籍は、杉浦先生と福島大学准教授・前川直哉先生が共同執筆し、2022年11月に出版した『「地方」と性的マイノリティ 東北6県のインタビューから』(青弓社)。東北地方の性的マイノリティ団体の代表者などにインタビューを行い、地域に暮らす人々の知恵と経験による多彩な活動を記録。


※「市民の仕事術」=『市民のネットワーキング 市民の仕事術』加藤哲夫 著、発行:メディアデザイン(仙台文庫)/NPO法人せんだい・みやぎNPOセンター代表理事を務め、市民活動・NPO、社会起業、エコロジービジネス、地域再生等の分野のトップランナーとして活躍していた加藤哲夫氏が、社会や地域の課題を人の結びつきの力で解決するため行ってきたネットワーキングや仕事について紹介した書籍。