お知らせ
人間科学科・上野俊哉先生からサバティカル中の報告が届きました!
2025年6月9日
2025年度にサバティカル(学内の平常勤務から離れて研究に専念するための制度)を取得している、人間科学科の上野俊哉先生から、インドネシアでの講義の報告が届きました。
以下、上野俊哉先生からの報告です。
ジャカルタの国立インドネシア大学(UI)、バンドンの私立マラナト・キリスト教大学、ジョグジャカルタの国立ガジャマダ大学(UGM)で行われた三週間にわたる講義ツアーが終わり、次の旅に向け今はしばし横浜にいる。
常夏のインドネシアで「サマースクール」とはちょっと変だが、Critical Island Studiesという島、島嶼、群島・・・をフィールドや対象とする人文学、人間科学の動きを体現する学会による試みだ。
これまでにも二年前のUGMでのCIS年次学会、一年前のマカオ大でのコロキウム(合宿討論会)、昨年九月のマニラでの年次学会でも主要講演者の一人として発表を続けてきた。そもそも学会に呼ばれることはあっても、今まで入ったことがない人生なので、会員というより、単に呼ばれるままに論文発表をしている。
次回の年次学会は、八月に韓国、済州島で行わなれる。基調講演者には米国コロンビア大からガヤトリ・スピヴァクが来る。済州島での虐殺に歴史的に無関係ではない日本という国家のパスポートを持つ発表者としてはいずまいをたださざるをえず、緊張しつつ発表原稿に手を入れている。
この学会の面白さは、国際会議やワークショップの運営やアジア各地をつなぐ各種学術雑誌の編集の中核を女性が占めていることかもしれない。要するに学会のボスにおっさんたちがいない。フィリピン、インドネシア、台湾・・・のいろんな大学の女性たちが中心で、オーガナイズも女性の副学長や学部長クラス、名誉教授などの教員、学生・・・のパワーがすごい。なぜ日本ではこうならないのか不思議だ。
この女性たち、みんなもともとは社会学、ジェンダー研究、文化人類学、比較文学、メディア研究・・・などの専門家なのに、自分の専門や、それまでやってきたことのみにこだわらないしなやかさがあって驚かされる。一緒にいても議論していても楽しい。向こうにはこちらの多様な「理論」や「ストリート」を掘っていく身ぶりがどうやら役に立つらしい。そんなやりとりは日本や和光ではほとんどないので新鮮だった。
毎日の気温は三〇度をこえていたが、不思議とすごしやすく日本の方がずっと暑く感じられる。土や緑が多いせいか、水場から吹く微風のせいだろうか。熱暑の東京から那覇や奄美群島についた瞬間に感じる風にも似て、ふと涼しい。そう、島の風だ。
早朝から一日に何度も大音響でかかるアザーン(礼拝時間を知らせる一日五回の朗誦)が、とても心地よかった。
イタリアを一ヶ月ほど旅していて毎日パスタを食べても飽きないように、毎食インドネシア料理で三週間を過ごしても問題なかった。ナシゴレンやガドガド、サテなどは日本でも有名だが、スンダ料理、バンダ料理、バリ料理、マレー系中華・・・各地ごとにいろいろな料理があり、舌は飽きない(せっかく揚げ物が美味しいのに、ビールやワインなしで食事するのは死ぬほど辛かった・・・)。サンベルをはじめ、多様なスパイス、各種のテンペなどの発酵食品もはばが広く、料理好きにはたまらない。旧宗主国のオランダ、アムステルダムでインドネシア料理には慣れているが、これとは全く次元の違う辛味、甘味、酸味・・・のレイヤーが楽しめた。
ジャカルタ、バンドン、ジョグジャカルタ、地勢や気候、文化も行政も微妙に異なる諸都市で、それぞれ教えた大学も全く異なる個性の学校だった(宗教も、政治も、文化も合衆国とは違う意味で多元的なのだ)。キャンパスのみか、ストリートの雑多な人々もみんないつも微笑んでいて、礼儀正しい
日本の大学にいるとき、あるいは日本語を喋っているときとは明らかに自分が違う顔しているのがわかった。
さて、この顔つきをはたして来年の丘の上でできるのだろうか?
最後に箇条書きでインドネシアでの日々の驚きをメモしておこう。
⚪︎大学のイベントでは開会直後にかならず起立しての「国歌斉唱」がある。あやうくおぼえそうになった。
⚪︎ジャカルタでも他の都市でも中心部をのぞき交通信号がない。ベガー(モノ乞い)が小銭目当てで交通整理していたり、ゆずりあったり、居丈高なクラクションの応酬もなく、なぜかうまく回っている。
⚪︎数人で飲食店を訪れたさい、何も注文しない人がいても文句を言われない(安い店でも高級店でも、観光地でもローカルでも変わらない)。
⚪︎ショッピングモールは冷房で涼しいので、貧乏人も金持ちも、地元民も観光客もあらゆる階級の人々が歩いている。
⚪︎トイレには必ずシャワーみたいのがついていて、大学などではトイレットペーパーがない。床がびしょびしょなときは、前の人が綺麗にした証拠。
⚪︎ヒジャブの女子たちは、講義が終わると集合写真やツーショットのセルフィーをほぼ毎日せがんでくる。
こうした生活上の謎(?)がまた、異文化に向かう身ぶりをきたえてくれることは言うまでもない。
人間科学科教員 上野俊哉