社会と学問をつなぐ視点

人が生きていくために自殺学がある。

人が生きていくために自殺学がある。

末木 新 教授

現代人間学部 心理教育学科
専門 臨床心理学、自殺学

人はなぜ、自殺するのか。

私が自殺学という学問に取り組むきっかけとなったのは、祖父でした。祖父が孫をかわいがるのはありふれたことかもしれませんが、私たちの場合、思春期になってからも二人で旅行に出かけるほど仲の良い関係だったと思います。その祖父がある日突然、自殺してしまった。私が高校生のときでした。私としては突然のことで、理由は全くわからない。「なぜ?」という疑問が拭えずにいたある日、書店で目に留まったのが高橋祥友氏の「自殺の心理学」でした。人はなぜ自殺するのか。その年齢や身体症状との関連性や特徴。読み進めるほどに「これもあてはまる、あれもあてはまる」という発見の連続でした。本のタイトルから、心理学を学べば自殺のことがわかるのではないかと素直に思った私は、心理学、特に自殺に関する研究の道に入っていったのです。

末木 新 教授

「わかった」とは、どういうことか?

心理学は人間の心や行動の法則を明らかにする学問です。ただの推測や経験則を基にわかったかのような結論を出すことはできません。科学的に「わかった」というためには、きちんとした手続きを踏む必要があります。目的を達成するために、どのようにデータを取るか、どういう手法で分析するのか。実験はするのか否か。このような科学的因果推論の枠組みで研究を進めていくことが大前提といえます。この方法論を学ぶと、「そういうものか」と思っていたことに疑問が芽生えるようになっていきます。私の場合、本から論文に目が向くようになり、どのようなデータを基にしているのか、どうして「わかった」といっているのかを理解できるようになり、正しいと思われていた理論や仮説がすべてではないということも見えてきた。「わかった」の程度を見極めることができるようになったといってもいいかもしれません。

因果推論の枠組みは他の学問でも一緒です。ビジネスでも、社会問題を考えるうえでも生かせるものなので、学生時代に身につけてほしいと思います。

本当に有効な自殺予防対策を求めて。

自殺は太古の昔からあるものですが、自殺が予防の対象と考えられるようになったのはこの数十年のことです。現代になり、日本では2006年に自殺対策基本法が制定され、個人の問題ではなく、社会の問題として認識される風潮が強くなってきました。2016年の法改正では、安定的な財源を確保するための条文も追加されました。

このような社会状況の中、2013年頃から、私はNPO法人OVAと共同で自殺予防の支援活動に関わっていくことになりました。例えば「インターネット・ゲートキーパー(※1)」という活動。インターネットの検索連動広告を活用し、「死にたい」と検索した人に相談サイトを案内し、悩みに耳を傾け、現実世界で援助者の助けを受けられるように仕組み化されています。和光大学の心理教育学科では、子どもの発達に関する心理学的な理解の深い小学校/幼稚園教諭や保育士の養成も目指していますが、最近では、子どもの自殺予防対策に関する研究(※2)にも関わっています。また、個人のプロジェクトとして、「自殺予防マガジンjoin」で情報発信も始めました。

どの取り組みでも大切にしているのは、常にその効果をなるべく科学的に検証すること。データに根差して科学的に考えるということです。効果がない、効果が薄い対策を続けていては、救える人も救えなくなってしまうからです。これからもよりよい自殺予防の対策を社会に実装するために、日々研究と実践を続けていきたいと思います。また、大学での教育においては、こうした社会的問題から子どもを守っていくために、どのようにすれば科学的に考え、それを社会に実装することができるのか、自分が実際にやっている姿を見せながら学生に伝えていきたいと思っています。


※1 インターネット・ゲートキーパー https://ova-japan.org/?post_type=blog2&p=8125
※2 子どもの自殺予防対策に関する研究 https://ova-japan.org/?p=8351

自殺予防マガジンjoin

▲誰もが文章やマンガ、写真を投稿することができるメディアプラットフォーム「note」の中で、末木先生が発信している「自殺予防マガジンjoin」。自殺予防に関わる行政や民間団体の方へのインタビューや、自殺予防のためのさまざまな呼びかけを行っている。
https://note.com/join_us