社会と学問をつなぐ視点

自由と希望がどれだけ大切か。

自由と希望がどれだけ大切か。

酒寄進一 教授

表現学部 総合文化学科
専門 ドイツ文化

「文学」を通して、自由と希望の大切さを考え続けてほしい。

私の専門領域は、ドイツ文化。その中でも、ナチ時代とその前後のドイツ文学、その時期を描いた文学(児童文学を含む)を中心に演劇、音楽、映画などを考察しています。例えば、私のゼミでは、2021年度はハンス・ペーター・リヒターの自伝的児童文学である『あのころはフリードリヒがいた』(岩波少年文庫)を読んでいます。また「ヨーロッパの文学」という授業でも、1938年のナチによるオーストリア合邦の時期を舞台にしたローベルト・ゼーターラーの小説『キオスク』を題材に、当時のウィーンの状況を考察しています。この時代の作品に共通しているのは、個人が社会のうねりの中で自由と希望を剥奪されていくところにあります。「自由と希望が人間にとってどれだけ大切か」ということは現代も変わりません。「文学」を通してそのことが浮き彫りになると考えています。また、自由と希望の大切さを考えることは、日本の現状とも無縁ではありません。学生たちには作品を通して考え続けてほしいと思っていますし、私自身も常に考え続けています。

「文学」を通して、自由と希望の大切さを考え続けてほしい。

翻訳をきっかけに
演劇の世界に関わる。

「自由と希望が人間にとってどれだけ大切か」というテーマ。これは研究や論考を通してでは、なかなか一般社会に届きにくいものです。そのため、ドイツにおける作例(小説、戯曲、映画、楽曲)の翻訳や講演活動に力を入れ、多くの人に追体験してもらう努力をしてきました。チャレンジしていると、いろいろな縁が生まれるものです。私自身もそこからたくさんの刺激や影響を受けました。たとえば、演劇の世界です。15年も前のことですが、私が訳したファンタジー小説を読んだ、演出家の白井晃さんから連絡がありました。それは、 ベルトルト・ブレヒトの劇「三文オペラ」の制作に協力してほしいという話でした。「三文オペラ」のような古典になると、専門の研究者による既存の解釈があります。白井さんは全く新しい解釈で作品をつくりたいと考えていて、私の訳文がうってつけと考えたようなのです。私は稽古から参加したのですが、稽古場でのやりとりがとても新鮮でした。役者の言い方、話し方で、セリフの意味合いが変わってくる。ひとりで読むのと、相手がいて発話するのとでは全然違うのです。ひとつのセリフにいい意味で広がりと深みが生まれてきます。この作品制作に参加したことは、翻訳家としても、研究者としても大きな転機になったと思います。

翻訳をきっかけに演劇の世界に関わる。

好奇心を持つこと。
外からの視点を持つこと。

どんなことでも、好奇心を持つことはとても大切です。一見、研究に関係のないようなことでも、自分の研究に関係してくるし、社会との接点も見出せると思います。例えば、愛知県の山奥で行われている「花祭」。名誉教授である山本ひろ子先生とのご縁から興味を持ち、一時期足しげく通いました。私はファンタジー文学を通して、人間の想像力や空想について考えています。小説は個人としての空想で成り立っていますが、共同幻想としての空想についても考えるようになり、祭りを追いかけたのです。祭りや神楽は人がみんなで舞い、神と出会うものです。そこに共同幻想としての空想が見出せると思ったのです。その場に同席することで、エネルギーをもらえたことがはまった理由です。もうひとつ、外からの視点を持つことは自分を客観的に見るために有益だと思います。ドイツは明治以降、日本に多大な影響を及ぼした国で、日本を逆照射する材料に事欠きません。学生たちにはドイツを通して、日本について、社会について考察を深めてほしいと思っています。