松島礼さん

表現活動を全力で楽しみ
その時間を共有していきたい。

ダンサー・パフォーマー 松島 礼さん

人文学部 文学科(現 表現学部 総合文化学科)2002年卒

profile

福島県出身。大学卒業後、パフォーミングアーツカンパニー『パパ・タラフマラ』主宰の研究所でバレエ、演劇、コンテンポラリーダンスを学び、入団。解散後はソロ活動を行う。結婚・出産を経て、家族パフォーマンスユニット『松島家』として作品上演や身体表現のワークショップを開催。

はじまりは、「私もやってみたい!」

大学進学と同時に上京。華やかな新歓ムードに馴染めず、しばらくはひたすら部屋にこもって映画ばかり観ている「引きこもり新入生」でした。そんな私の大学生活がガラッと変わったきっかけは、舞台との出会いです。プロゼミの友達に誘われ、「劇団東京乾電池」のお芝居を観に行きました。それが胸を揺さぶる演劇体験となって、私もお芝居をしてみたい!と、後日、勇気を出して「演劇研究会(通称:演研)」の扉を叩きました。

演研に入ってすぐに夏の合宿がありました。合宿といっても、昼は遊んで過ごし、夜は体育館で唐突に即興劇が始まるのです。それが衝撃的におもしろくて。その合宿には「Dancing Team BIRD!!」のメンバーも参加していたので、ステージではダンスショーも繰り広げられました。先輩がとてもキラキラしていて、「うわー!かっこいいー!」とゾッコン。こんなダンスをしてみたい!という衝動に駆られ、気づいたら「私も踊りたいです!」と宣言していました。

みんなで一つのものを作り上げる醍醐味

秋からは演研とBIRD!のサークル活動を掛け持ちする学生生活が始まりました。演劇もダンスも公演本番だけでなく、みんなで舞台を作り上げていく過程が最高にエキサイティングでした。

例えば、演研の活動は「こんなお芝居をやりたい!」「やるよー!」という発起人のもとに、参加したい人たちが集まって進行していきます。脚本家、演出家、衣装、制作、演者、大道具、小道具、音響、照明、宣伝美術・・・、みんな自分のやりたいことに挑戦し、それぞれの力を持ち寄って一つのものを作る醍醐味を知りました。

BIRD!では、年2回ある発表会ごとに、踊りたい仲間同士でチームを作って発表していました。私はリズムに合わせて踊るストリートダンスよりも、テーマ性やストーリー性のあるものが好きだと気づき、コンテンポラリーダンスをしていたメンバーと意気投合。時には険悪になりながらも意見を言い合ったり、朝が来るまで熱く語り合ったり。大学時代を共にした友人たちは、大げさではなく一生の宝です。

みんなで一つのものを作り上げる醍醐味

和光大学は私の創作・表現活動の原点

大学卒業後は『パパ・タラフマラ』というパフォーミングアーツカンパニーが主宰する研究所で学び、入団。海外遠征ではパフォーマーとして成長させてもらいましたが、カンパニーの解散でソロになりました。結婚後は夫・娘・私でつくる『松島家』の活動を中心に、ここ数年は、障がいのある方もない方も一緒に踊る「ミチタリアンズ」というユニットで作品づくりをしています。

思えば“インクルーシブ”という言葉が世の中で聞かれるようになる前から、和光大学は障がいの有無のくくりなど不要な場でした。演研には忘れられない憧れの先輩がいます。車椅子に乗った先輩は、私が抱いていた障がい者の先入観を軽々と蹴とばしてくれた存在です。ただやりたいことを全力で楽しんで、その時間を仲間と共有することは、先輩に言わせれば「あたりまえ」のこと。先輩はじめ個性豊かな仲間たちに影響を受けながら、「自分がやりたいことに、素直にチャレンジしていく心」を育んだ大学時代は、私の創作・表現活動の原点です。

松島さんへ5つの質問

  • 01学科を選んだ理由は?

    文章を読むこと、特に詩を読むことが好きだという単純な理由でした。

  • 02大学の学びで作品に活かされていることは?

    ゼミで詩を扱った経験が、説明的になり過ぎない、余白を含む作品づくりに活きています。

  • 03和光大学で得た財産は?

    サークルの仲間たちとの出会いはかけがえのないものです。

  • 04これまでの人生で一番の幸せは?

    2014年に、娘を産んだことです。

  • 05今後やってみたいことは?

    BIRD!の仲間とまた一緒に作品を作ろうと、ワクワクしながら連絡を取り合っています。

私を変えたWAKO DAYS

演劇研究会とDancing Team BIRD、2つのサークルが表現活動の原点です。