虚淵 玄さん

未知の領域に踏み込む
冒険の先を見るために

ゲームシナリオライター・小説家・脚本家 虚淵 玄さん

人文学部 (現 表現学部)芸術学科 1995年卒

profile

コンテンツ会社ニトロプラス所属。PCゲーム『Phantom PHANTOM OF INFERNO』でデビュー。小説『Fate/zero』の執筆やTVアニメ作品『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本も担当。日本のコンテンツと台湾の伝統的な人形劇を融合させた『Thunderbolt Fantasy Project』では原案・脚本・総監修を務めた。

小説家志望からゲームシナリオの世界へ

高校生の頃から図書館の海外冒険小説を読みあさり、自分でも趣味で小説を書くようになりました。当時すでに小説家志望でしたが、和光大学では芸術学科に籍を置き、他学科の授業を片っ端から一口ずつかじっていくような学び方をしていました。学者としておもしろい先生ばかりだったので、その授業を受け、おすすめの専門書を手に取っているうちに、どんな本に欲しい知識が詰まっているかがすぐにわかる直感力が培われていきました。

卒業後は、夢をかなえるまでの足がかりに、とりあえず日々の糧を稼げればよいという考えで親戚が紹介してくれた会社に就職しました。その後、デザイン事務所に転職しましたが、そこにたまたまゲーム制作の案件が舞い込んだのです。すかさず「小説家志望でした」と手を挙げたのがゲームシナリシオの世界に踏み込んだ最初です。1990年代後半はゲームの技術が進化し、複雑で深いストーリーが求められ始めた時期で、細かいことは覚えていませんが、大学までの読書経験がだいぶ役立った気がします。

チャンスを掴むには怖いもの知らずでいい

ゲーム業界に何のツテもなく新規参入したので、何もかもが手探りでした。運よくゲームシナリオの仕事が続き、忙しくもなりました。ともかく仕上げなければすべてが御破算、という意識のもと、常に実現可能なステップを見定め、まずは納期最優先で、妥協できる場所を探しつつ、決して譲れない場所を絞り込むという取捨選択が一番の要でした。その後は、未知の領域に踏み込むという成功体験が癖になり、チャンスが訪れるたび新しいジャンルに挑んできました。小説も仕事として書くことになったり、アニメ脚本の依頼を受けたり、自ら仕掛けて映画の原案から総監修まで行うこともできました。

いかなる業界でも新参者として扱われている時期が、一番モチベーションが上がります。わからないことを躊躇なく聞けるのもビギナーの最大の特権です。好奇心を持って学びながら、自分の世界を広げていくというやり方は、今も変わっていないように思います。そんな怖いもの知らずの冒険を仕事で楽しんでこられたのも、和光大学でやりたいことを躊躇せずやりきった時代があるからかもしれません。

歩き出せば、回り道にこそ“財宝”がある

歩き出せば、回り道にこそ“財宝”がある

これを読んでいる人でゲームやアニメの世界で仕事をしたいと考えている人がいたら、大学時代は、とにかくバイトなどで資金を稼ぎ、パソコンとネット環境を整えることをおすすめします。それができたら、無料でアクセスできるゲームエンジンや3D制作ソフトを片っ端から触ってみましょう。必要な知識はネットですべて揃います。今の時代は技術の習得そのものが“探索ゲーム”のようなものです。そういう心意気で探るだけ探っているうちに、本当に情熱を注げるジャンルを見いだせるはずです。いきなりプロフェッショナルの洗練された技術を身につける必要はなく、回り道にこそが“財宝”があります。かつて愚かな試行錯誤を重ねたという思い出は、その後末永くあなたの勇気の源となることでしょう。

虚淵さんへ5つの質問

  • 01大学時代に出会って影響を受けた本や映画は?

    アメリカの古典洋画で、とりわけセルジオ・レオーネの西部劇。

  • 0220歳の頃の自分に伝えたい言葉は?

    その調子で頑張れ。

  • 03現在の創作を支えるためのルーティンは?

    睡眠。眠い時に良い仕事なんてできません。まずコンディションを整えましょう。

  • 04学生時代の思い出深い場所は?

    鶴川駅からキャンパスまでよく歩いた道のり。

  • 05和光大学とは?

    最後の遊び場。