ウスイヒロシさん

カメラの向こうに輝く宝物を発見し、届ける

映像ディレクター・映画監督 ウスイ ヒロシさん

人文学部 人間関係学科(現 現代人間学部 人間科学科)1993年卒

profile

椎名林檎、東京事変、斉藤和義、いきものがかり、スキマスイッチなど、数々のアーティストのミュージックビデオを手がける。映画『いちばんきれいな水』では監督を務め、以降WEB MOVIEにも携わる。

好きな世界に足を踏み入れた、学生時代

高校3年生の担任の先生が旅好きな先生で、インドを放浪した話などを聞き、自分の目や足で社会を体感する価値観に影響を受けました。その先生と進路について話し合った中で、新たな自分に出会える予感がしたのが和光大学でした。入学した年は、興味のあった音楽同好会に入る勇気やバンドを組む勇気がなく、中学・高校の延長で剣道部に入りました。それだけでは変化がないと思い、トライアスロンを始めるという体育会系の方向に走っていました。

しかし、もともと音楽が好きだったことと、「何かを作ってみたい」という気持ちが湧き上がり、同じゼミの仲間が、映像メディア研究会に入っていたことがきっかけで映像を作ることに興味を持ちました。学生でありながら、当時すでにプロとして活動していた先輩たちが、和光大学をロケ地にミュージックビデオ(MV)を撮っていて、僕もよく手伝わせてもらいました。本業の勉強の方は社会学に関心を持ち、地域論や文化人類学のゼミを取りました。学生同士でテーマを決め、調査して、発表していくことで、「知的好奇心が爆発するー!」と仲間と熱く語ったのを覚えています。もしかしたら、その時初めて主体的な学びを体験したのかも知れません。

現場に飛び込んで仕事を覚え、プロとして独立

卒業後はTV局やCM制作会社を志望していましたが、希望はかなわず、「それなら現場から叩き上げよう!」と、楽観的な性格を発揮してアルバイトで映像の世界に入りました。それからはMVだけでなく、映画やドラマ、CMなども経験しました。撮影チームの一番下のポジションで、とにかく人に聞いて無我夢中でやっていると、次の現場を紹介してもらえるという繰り返しでした。そこから縁がつながり、仕事を覚え、25歳位からフリーランスとして仕事を受けられるようになっていきました。当時、特にMVは予算が少ない分、自分で探す、調べる、作ることが多かったことと、とにかく音楽が好きだったのでやりがいを強く感じ、現在活躍するアーティストたちの初期の作品に携わる機会に恵まれました。映像の仕事は、撮影対象の最も素敵な瞬間を発見し、輝きを届けること。MVなら、何度も同じ曲を聴き、何度も歌詞を読んで、何度もライブに足を運び、その作品の周辺を行き来するうち、「これだ!」という発見があります。そういう宝物を見つけるまで諦めず探し続けること。これに尽きます。

作りながら考えて、変わっていけばいい。

作りながら考えて、変わっていけばいい。

もしMVを観て、自分でも作ってみたいと思ったら、ぜひやってみてください。MVは、「こんなものを作りたい!」という作り手の初期衝動だけをパワーに制作できる奥深いフォーマットです。今は、スマホやAI(人工知能)も使えますし、作り方はネット上にもたくさん上がっているので、やる気としつこさがあれば、大丈夫。むしろ一人の方がびっくりするくらい簡単にできます。とにかくたくさん作ってみて、自分の癖や自分の好みなどを発見するとよいと思います。どんな被写体が好きなのか?どんな音楽が好きなのか?どんな映像が好きなのか?作りながら考えることで、作りたいものが変わってくるかも知れません。技術が必要になるかもしれません。仲間も必要になるかも知れません。そうなってくると、また進め方が変わってくるはずです。映像の奥深い世界へ、ようこそ!

ウスイさんへ5つの質問

  • 01キャンパスの思い出の場所は?

    D棟前の自動販売機のあたりでよく小田急線を眺めていました。

  • 02今も役立っている学生時代からの習慣は?

    ふらっと散歩すること。

  • 03大学の友人との思い出は?

    思いつきで目的地を決め、夜から朝まで走ったドライブ。

  • 04学生時代のアルバイトは?

    映画館。映画制作会社。音楽映像制作会社。

  • 05和光大学とは?

    可能性の滑走路。