教員の活動 |  2016/12/18



昨年は、学生たちとともにフィールドワークで訪れたハワイ諸島。
今年度は研究調査のため、9月からハワイのホノルルに滞在しています。

さて、11月下旬の「感謝祭」(Thanksgiving Day)より、ホノルルの街は本格的なホリデーシーズンに入りました。

ダウンタウンのシティ・ライツ、そしてホテルやショッピングモールのXmasデコレーション、派手さはなくても上品に彩られています。世界中の観光客であふれかえるワイキキも、あいかわらず毎日がお祭のような雰囲気に包まれています。

 
▲カハラモール             ▲アラモアナセンター

ただXmasだけが、12月に注目されるイベントではありません。
日本航空(JAL)が協賛するホノルルマラソンや、ノースショアで開催されるサーフィンの世界大会など、他のイベントも目白押しです。

とりわけ、今年は旧日本軍が行った真珠湾攻撃(1941年12月7日)から75年を迎える年。オアフ島では、真珠湾攻撃75周年を記念する追悼式典、講演会や展示会、チャリティーコンサートなどが各地で行われました。

  
▲パールハーバー アリゾナ記念館        ▲Honolulu Star ☆ Advertiser の記事

日本にいると、観光目線でしかハワイを見ることがないかもしれませんし、12月7日も特に意識されることのない一日に過ぎないかもしれません。けれども、ハワイはいくつもの歴史を背にして起こった真珠湾攻撃を、いまなお強烈に記憶しています。

ワイキキのFt. DeRussyで7日に行われた追悼式典には日本からの訪問者は見かけませんが、日本人観光客を乗せた何台ものトロリーバスが式典の横を通り過ぎていきます。その対照的な光景は、記憶の温度差を象徴しているのでしょうか...

 
▲Fort DeRussyでの記念式典       ▲カラカウア通りにおけるパレード


他方で、翌週の12月16日には、マウイ島に残る唯一のサトウキビ工場Hawaiian Commercial & Sugar Co.から最後の砂糖が アメリカ西海岸に向けて輸送され、19世紀から続いたサトウキビ・プランテーションの歴史に幕が下ろされました。

ハワイにおけるサトウキビ産業の歴史は、真珠湾の軍事化の歴史とも深くかかわっています。さらに、この双方の歴史の接点には、日本人移民労働者の歴史も存在しています。



ちなみに、12月下旬に安倍首相が真珠湾を訪問することになりましたが、この地を訪れる日本の現職首相は、安倍首相が初めてではありません。真珠湾攻撃から10年後の1951年9月に吉田茂首相(当時)が訪問しています。わずか20分程度の訪問だったようですが。


▲「安倍は真珠湾を訪れる日本で最初の首相ではない。」
    Honolulu Star-Advertiser , Dec 9, 2016

それはさておき、2016年の12月は、 複数の歴史的な転換期が重なった印象的な月となりました。


次回は、更新が滞っていた「ハワイ・フィールドワーク2015 〜オアフ島編〜」です。

挽地康彦(和光大学 現代社会学科)


▲ホノルル港にそびえるアロハタワー。移民船が到着した、かつての玄関口。

授業風景 |  2016/12/15

2016年12月14日(水)、3限から5限の時間を使って、プロゼミ2A(担当教員:馬場淳)では横浜市中区寿町でのミニフィールドワークを行いました。 

今年度後期のプロゼミ2Aのテーマは「現代の貧困を生きる人々」です。後期は、グループワーク形式で、このテーマに関する基礎を勉強してきました。それを踏まえてのミニフィールドワークでしたが、実際の現場を参与観察することで得られたことは多く、かつ座学で得た理解をより深められたのではないでしょうか。

ご協力いただいたのは、横浜市健康福祉局寿地区対策担当の職員さんたちです。本フィールドワークを許可していただいた課長の小田切巧さん、フィールドワーク全般を担当してくださった秋津透さん、ありがとうございました! 他の職員の方々にも格別の配慮を賜りました。

























ミニフィールドワークの内容を時系列的にかいつまんで言うと、次のとおりです。まず寿福祉プラザ相談室にて、町歩きのルートを確認したうえで、学生は2グループに分かれ、簡易宿泊所の林立する町を回りました。学生グループは、それぞれ小田切課長と秋津さんに解説・案内してもらいました。なんと贅沢なひととき!再びプラザ相談室に戻り、寿の歴史、高齢化が進む現状、健康福祉局寿地区対策担当の業務内容などを講義していただきました(写真上)。そこから浮かび上がってきたのは、「日雇い労働者の町」から「福祉ニーズの高い町」へ変貌した寿町の姿でした。 

なおこのブログで町回りの写真を掲載していないのは、部外者がカメラを向けることによって被写体を見世物化してしまう危険性への配慮から、撮影そのものを控えたからです。つまり町の写真は撮らなかったのです。もちろん、『毎日あほうだんす〜寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界』(2013年、キョートット出版)を書いたトム・ギルさんのように、そこに生きる人(々)とのラポールを築けば、話は別でしょう。ただそれには、長いお付き合いが必要です。なお上述した寿町の変貌は、トム・ギルさんの著書の「あとがき」でも触れられています。


ミニフィールドワークを終えて、僕らがどこに向かったかというと・・・クリスマス・ムードが漂いはじめていた横浜中華街でした。

僕らは、小籠包、餃子、フカヒレ饅、タピオカ入りのココナッツジュース/ミルクティなど、お決まりの食べ歩きを楽しんで、現地解散したのでした。

























たっくさんサービスしてくれたお店の「お姉さん」、ありがとぉぉぉ!
えっ、どこだって?
・・・自分で探してね(^_-)-☆ 

馬場 淳 (和光大学 現代社会学科)

1
このページの先頭へ