卒業制作の150号は大きい。前に立ちはだかる相撲取りに体当たりで挑んで行くようで、初めての人には大変だと思う。
画面に向き合い手を動かせば、自分との対話は進み、少しずつ絵は出来ていく。試行錯誤の連続で、まったく見通しの立たない時も少なくないが、絵から離れている時間も、気持ちが絵に向かっていれば内的な絵画は進行している。途中で絵を壊したり、すっかり絵を塗りつぶしたとしても気力が有る限りその絵の生命は終わらない。絵を描くとは、いつも自分の内的なものとの対話でありそれの具体化とすれば、絵を描くことはとても勇気と研究心とエネルギーの必要なものだといえる。
卒業制作は上手く出来たかどうかはそれほど問題ではない。むしろ試行錯誤の過程に意味があると言えるし、過程の面白さが絵の内容をきめるとも言える。そして結果としての作品の中に、これからの芽というか、色々な可能性が詰まっているものだ。ほんとうの過去は未来の方向にあり、ほんとうの未来は真の過去にあるという言葉があるが、卒業制作にかかわった全ての時間は良くも悪くも作品の中にあるものだし、言葉を変えれば、出来上がった作品は描く者がどの様にその絵と向き合ってきたかの反映したものと言える。そして、その作品の本当の答えは制作者のこれからの未来にあるものだろう。
<左上写真:卒業制作最終合評会の様子、右下写真:ゼミ室での制作風景>
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