バローチスタン調査概報・1997年度

前田耕作 人文学部教授

 和光大学バローチスタン学術調査団は平成九年度文部省海外学術調査助成金をえて、昨年に引き続きパキスタン西南の最大州バローチスタンにおいてフィールドワークをおこなった。調査期間は八月九日から九月一七日までの四〇日間である。

 イスラマバードの在パキスタン日本大使館で現地に関する最近の情報などを聞いたり、パキスタン関係諸機関から政治状況、文化事情等の情報や文献資料などの収集をおこなった後、バローチスタン北部の地勢を空察するためペシャーワルを経由して空路クエッタに向かった。

 クエッタではまずバローチスタン地方政府の調査許可(NOC)を改めて取得しなければならない。パキスタン中央政府の調査許可は出国前に取得していても、地方政府の認可がなければ調査地での活動はできないのである。手続きはさして困難ではないが、調査立入地の確認、パスポートの写しの提出、接見と、緊張した日々を過ごさねばならない。

 クエッタでのつぎの仕事はバローチスタン大学との交流である。今回の調査の現地協力者であるバローチスタン大学のアブドゥル・ラザック・サビール博士の訪問を受け、交流のスケジュールと調査日程の打ち合わせをおこなう。

 バローチスタン大学では旧知のパキスタン研究センターの教員スタッフと今回の調査の目的とその道程について話し合う。パキスタン研究センターの学科長はバハドゥル・ハーン・ローデニ氏であるが、本年より学長に選任されたことは私たちの交流促進に大きな力を与えてくれた。同センターはバローチー語、ブラーフィー語、パシュトゥ語などバローチスタンの民族諸語とその文学・歴史の研究・教育をおこなっている諸学科とも連接している。私たちのバローチスタンにおけるフィールドワークに刺激を受けて、同センターではバローチスタンの総合的な文化研究のセクションを設置しようと計画中であるとのことであった。スタッフの中でもっとも考古学的な造詣の深いブラーフィー語講師アブドゥル・ハミッド氏は、マストゥング周辺に多く点在するダンブ(遺丘)の発掘をおしすすめ、先史だけではなく、もっとプレ・イスラームの歴史時代に光を当てるべきだと主張した。彼はかつて本学の澁谷利雄教授がこの地方の聖者廟の調査をおこなったとき、自宅を宿舎として提供し、フィールドワークにつきそい協力を惜しまなかった学究である。イスラーム以前、アケメネス・ペルシア、ヘレニズム、インド、パルティア、ササンと多様な文化の影響下にあったと考えられるこの地方の多層的な歴史は、インダス文明と深く関わっている先史を除けば、まだほとんどなにもわかっていないといってよい。私たちの調査は、現にこの地方に残っている目にしうる遺物、とりわけ宗教に関わる遺物を収集し、破壊が著しく、その痕跡を僅かに残すに過ぎない遺構などの調査を通してこの多重な文化の古層に至りつく手掛かりをえようというものである。それらはいま生きている諸宗教、イスラームやヒンドゥーの信仰の中にも、とりわけそのさまざまな表象の中にも残存していると思われるので、そこにもわけ入らねばならない。古老たちを訪ね、かすかな伝承を聞き出すこと、地方の楽師たちが伝えるリズム、語りに徹底して耳を傾けることなども、現存資料の少ない表象の歴史を追うものには不可欠な作業なのである。音・声を通して文字や表象(イコノグラフィ)の彼方にある足跡図(イクノグラフィ)を求めねばならないのである。

 バローチスタン大学との交流(写真)ののち、かつてカラート汗国の宮廷大臣であったアガー・ナスィール・ハーン氏宅を訪れ、氏の手になる『バローチスタン史』(ウルドゥ語)に関する質疑と氏による旧汗国の記録写真のコレクションの複写、移転したクエッタ博物館の再調査をし、ここから今回のフィールドワークを始めた。

 今年度は、クエッタからカラチに至る南北軸線上で昨年度の調査に加えることのできなかった地点(ヌーシュキー、ヌールガーマ)と再調査を必要とした地点(カラート、パンドラーン、フズダール、ベーラ)、それに新たにバローチスタン南西部のマクラーン管区を加えた地域で調査をおこなった(地図参照)。

 ゾロアスター教、仏教、ヒンドゥー教、イスラーム教が交錯したこの地域での複合的な宗教シンボリズムの調査はいま緒についたばかりである。なお数年に渉る持続的調査を必要とするだろう。中部山岳地域ではハラン、パンジグール、マクラーン沿岸地域ではジワニー、ハフトラール島、オールマーラ、東部山岳地域ではシャー・ビラーワルを未調査地として残している。

 立ち入りがきわめて困難な地域での活動がさしたる障害もなくおこなうことのできたのは、現地における研究協力者サビール博士と、とりわけマクラーン管区トゥルバットにおけるバダル・ハーン博士と医師タージ・バローチ博士の献身的な協力によるものであることを特記しておきたい。また、カラート、フズダール、ベーラ、グワーダル各管区の区長たちの行き届いた心配りと支援なくしては調査の安全は確保できなかったであろうことをも記しておきたい。

 以下は本年度の調査に基づく報告の一部である。報告1は、研究協力者・前田龍彦が、報告2は、同・村山和之が担当した。





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