メイン | “人間性”の終わり、と、その後──『SF映画とヒューマニティ』を読む ≫

icon 【木村重樹のプロフィール】
「何か」を見つけてもらえたら

kimura.jpg

「編集論」を中心に総合文化学科で講義を受け持つ、木村重樹です。ちなみにここで言う“編集”には、いわゆる音楽編集や映像編集は含まれず、もっぱら印刷メディア……雑誌やムック、単行本やカタログといった「文字と画像が紙の上に印刷されたもの」を対象としています(以後、出版編集とします)。

そもそも私は、大学で教鞭を取る以前に、上記のような印刷メディアを主たる活動領域としてきた編集者であり、時には原稿や取材記事などを執筆する“もの書き”でもあります。ちなみに私自身は美術系大学の出身なのですが、自分が学生だった頃、編集や執筆について学校で何か教わった経験は全くと言っていいほどなく、社会人になって一般企業にまず就職し、その後いくつかの出版社を渡り歩いた過程で、いわゆる出版編集の“いろは”を学んできました。

和光大学に入学された皆さん、あるいは和光を志願する受験生の方々のなかには、本や雑誌の編集に興味を持たれている人も少なくないと伝え聞きます。大学で編集について学ぶ機会があるというのは(私自身の体験からすれば)ずいぶんとぜいたくなことのようにも思えます。と同時に、ものすごくあたりまえの話を先にしてしまうと、「大学を出たからといって編集者や物書きになれるわけではない」し、「大学を出ていない名編集者や名ライター」もたくさん存在します。

さらに言ってしまえば、いわゆる「勉強ができた」からといって、編集者になれるわけでもありません。将来、研究者や学者を志すならば、特定の学問分野に通暁(つうぎょう)していることは不可欠でしょうが、編集者というのはどちらかというと「何の専門家でもないけれど、通りいっぺんのことは知っていて、どんな専門家や表現者とも互角につきあえる」みたいなことを要求される機会が多いからです。

とはいえ、フツーに漢字が読み書きできて、小難しい言い回しを使わずとも日本語のフツーに文章が書ける……その程度の“能力”は、やはり必須だと言わざるをえません。そして、この「日本語をフツーに操れる」というスキルは、編集者や物書きに限らず、あらゆる業種やさまざまな局面で、みなさんの“得”にこそなれ、それで“損”することはありえないことです。

では、どうしたら「日本語を操れるか」って? それは日本語が上手な人を徹底的にマークするしかありません。私が受け持っている講義枠は、いわゆる体系的な「学問」に根ざした先 生方のそれと較べてみると、そこまで体系だった内容や展開を取らない こともままあります。また、限られた講義時間内で言及できることに は、やはり限りがあります。

だがしかし、願わくば、そこで紹介する作品名や人名(文芸/思想/音楽/映画/芸術/社会/サブカルチャー全般に関連する“固有名詞”)をとば口に、みなさんが興味関心をいだき、寝食を忘れて夢中になるような「何か」を見つけてもらえたらと、ひそかに期待もしているのです。
次回以降は、私が出版編集を志すきっかけ(?!)となった“固有名詞”について、思いつくまま振り返ってみたいと思います。



関連する記事

CONTENTS

COMMENTS (1)

1 : From Toshiya the tribal2009年04月25日 12:57

木村センセ〜、次回以降はまだですか?

どんな固有名詞があるのかな。
そろそろ教えてくださ〜い。

COMMENT

コメントを投稿する

(注:受け付けたコメントは、総合文化学科ホームページ運営委員会の承認後に公開されます。あらかじめご了承下さい。)

THANK YOU! GO TO TOP


Contact : t-manage@wako.ac.jp
Copyright © 2007 Transculture Department Of Wako University. All rights reserved.
Powered by Movable Type Produce by FieldWorks

和光大学