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一五世紀のシャア、あるいは優雅なる冷酷----マンガ『チェーザレ』を読む

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 歴史上、チェーザレ・ボルジアは権謀術数(けんぼうじゅつすう)をふるった悪人として知られる。実の妹(ルクレッチア・ボルジア)を犯し,弟をはじめ多くの政敵を毒殺などの様々な手段で暗殺するなど、その行為はおよそ好ましいものではない。残酷だが近代的な発想をもった人物という点で、日本史で言えば織田信長に近い。

cesare3.jpg チェーザレという名は、皇帝(カイザー)という語のもととなった初代ローマ皇帝カエサルのイタリア語読みにあたる。小説では、塩野七生の『チェーザレ・ボルジア、あるいは優雅なる冷酷』(新潮文庫)が彼に光をあてている。

 惣領冬美の『チェーザレ』(講談社、現在、三巻まで刊行、「モーニング」誌に不定期連載中)は、彼の人生を描くマンガだ。礼拝堂の壁画など、有名な芸術や、一五世紀当時の建築や生活文化がきちんと視覚化されている点も楽しめる。適度に実際の歴史的事実とフィクションが混ざりあっていて、『君主論』のマキャウ゛ェッリや芸術家ダヴィンチ、船乗りコロンブス(クリストバル)なども登場する。

 一五世紀末のイタリアは、ローマ教皇の他に複数の共和国、王国がしのぎをけずり、諸外国の勢力が入り込み、分裂状態にあった。ボルジア家は、イスラムに支配されていたイベリア半島、今のスペインの武人の家系であった。  東方貿易でかち得た莫大な富で枢機卿(すうきけい)の地位をかちとり、聖職者でありながら愛人に子を産ませ、庶子(正式ではない子供)であるチェーザレに地位を与えるために、この母に他人を亭主としてあてがった「俗物」、のちに法王アレッサンドロ六世となるロドリーゴ・ボルジアの子がチェーザレであった。

 三巻で「ユダヤであろうが、イスラムであろうが神に変わりはない」という台詞を、チェーザレが若き日のフランス王シャルルに語りかけているのは面白い。チェーザレは、イスラムがスペインを支配していたおかげで、逆に異民族の戦闘法を学べて、かつてローマ人が捨ててしまったギリシアの古典や知識をアラビア語経由で伝承することができたと述べる。ヨーロッパ近代の人文主義は、イスラム(アラブ)の支配や介入のゆえに、ギリシアの哲学や数学などをうけつぐことができた、というチェーザレの見方は、ヨーロッパの歴史の真実でもある。異文化(異質な他者)との出会いがなければ、伝統(ほんとうの自己)はありえなかった。

cesare_2.jpg ここでのチェーザレは、生まれた場所や皮膚の色の違いで自分たちキリスト教徒以外の人々、つまり信条や習慣、文化の異なる他者を排除しようとするのは間違っていると主張する一方で、全ては金銭だとうそぶき、民衆には自分で幸せに到達する自由などないと言い切り、政敵を吊るしてやるとささやく。その言葉と身ぶりには矛盾があるのに、なぜか不思議と人の心を惹きつける。

 この作品には、アンジェロという職人出身の大学生が狂言廻しとして登場する(彼のモデルは画家ミケランジェロではないか、と言われる)。アンジェロは素直で、誰に対しても思いやりがあり、裏表のない人間として、人々に接する。しかし、「仮面の男」たるチェーザレは、このアンジェロの優しさに恐れと好意をともに抱きつつ、自らの野心と策謀のために彼の優しさを利用する。

 貧困と差別にあえぐ民衆や弱者に向かって、信仰と清貧の実行を説くのみのドメニコ会などの宗派に、チェーザレは敢然と牙を剥く(二巻)。三巻でのチェーザレは、差別され、迫害された人々の苦境を信仰で救済するのではなく、そのような抑圧を生む社会と権力のゲームにむしろすすんで加担し、「神の代理人」としての権力を利用することで弱者を救おうとする(ピサの貧民区域に工場を作って労働人口の需要を作り出す)。  

 彼にアンジェロの優しさはない。冷徹に「俗物たる父親の妄念」、あるいは権力の駒でしかない自分を演じながら、少しでも世界をよりよい方向に導こうとする。このあたり、あのシャアに似てはいないか? 

 のちにマキャウ゛ェッリは、フィレンツェの外交官としてチェーザレと交渉し、そのやりとりに大きく影響され、『君主論』における「力量」(ウ゛ィルトゥー)と「運命」(フォルトゥナ)という二つの有名な概念をねりあげ、神や信仰ぬきで人間が社会をハンドリングする、という近代の政治思想の核心を作り上げた。

 総合文化学科学科では、こんなふうにマンガという「日本文化」から世界の歴史や文学を見る勉強もできるし、歴史とアニメやマンガが交差する表現の地平を考える勉強もできるのだ。





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