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教員ブログ

Coccoと沖縄

2011年7月16日

 大学には講義という形式の授業があります。基本的には教員が学生さんたちに向かってひたすら語るという形式の授業です。私は今年度は、「Coccoと沖縄」というテーマで講義をしています。今週が前期の最終回でした。

 Coccoというのは沖縄出身の女性歌手。ジャンルはロックと言ってよいでしょう。しばしばTVの「ミュージック・ステーション」に出演されるので、ご存知の方も多いはず。彼女の歌う歌はほぼ全て自作。歌手としてもソングライターとしても天才だと私は思っています。なぜ「Coccoと沖縄」が講義のテーマ、つまり、研究テーマになるのかと言うと、Coccoの歌は沖縄の文化に深く根ざしていると私には思われるからです。だから、Coccoの歌を通して沖縄文化を考えるということも可能だと思っているのです。

 沖縄には「オナリ神信仰」と呼ばれる信仰がありました(現代でも部分的には残っていると思います)。「オナリ」とは姉妹のこと。「オナリ神」とは、一言で言えば、姉妹(女性)は兄弟(男性)を霊的に保護する神(または神の代理者)である、という観念を表す言葉です。これは一種のジェンダー・バイアス(文化が作り出す「性」または「性差」についての偏見)ですが、ともあれ、前近代の沖縄社会にはこの信仰を機軸にしてできあがっているという面がありました。「女性は神に近い存在である」という信仰が社会の中で具体化するとどうなるか。巫女さんだらけの社会になります。(^_^;) 実際、沖縄はそういう社会でした。

 沖縄の巫女には種類がありました。大きく分けると「ノロ」と「ユタ」です。ノロは村の公的信仰を担う巫女、ユタは個人の私的領域に関わる巫女のこと。ノロは村の神を祭り、村の祭をとり仕切ります。ユタは個人の依頼による占いや悩み相談を行いますが、神と会話し、神の言葉を伝えることで依頼者に答えるという方法をとります。

 Coccoは十代の頃、霊感少女で、ユタに見てもらったら「あなたはユタになるべき人だ」と言われたと、昔のインタビューで自ら語っています。そう思ってCoccoの歌を聴くと、なるほどユタが歌ったとしてもおかしくないような歌があります。

 ユタはかつては(青森県のイタコのように)死者の口寄せも行いました。人が亡くなって四十九日目に、葬家ではユタを招き、死者の霊を降ろしてもらって、ユタの口を通して思いを語らせ、何も思い残すことがないようにしてからあの世へ旅立たせたそうです(桜井徳太郎『沖縄のシャーマニズム』)。 

 Coccoのデビュー・アルバム『ブーゲンビリア』のラストの曲「星の生まれる日」は、死者の魂に向かって、「わたし」の肋骨や髪を伝わって天に昇りなさいと語りかける歌です。まさにユタの仕事をCoccoが引き継いだような内容です。これだけ書くと、おどろおどろしい際物(きわもの)の歌みたいですが、そんなことはありません。むしろ、傷ついた人間の心はどのように癒され再生されるのか、その秘密を深々とつかまえた歌と感じられます。そして、圧倒的に美しい歌です。この深みと美しさは、死者の霊の悲しみと向き合い続けてきたユタたちの知恵の蓄積があって初めて可能になったのではないか、と私には思われるのです。

 Coccoを聴いたことのない方はぜひお聴きあれ。(^o^) 写真は沖縄フィールドワーク(2004年度授業)で訪れた久高(くだか)島にて。ここはかつては島の女性全員が巫女になる島でした。

               久高島にて  

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