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教員ブログ

圧倒的な不安定感、暴力的な創造力

2014年12月21日

 舞台中央の黒い柱を中心に、暗転につぐ暗転、遡行する時間、重なり合いつつズレ続けるテーマ‥‥‥圧倒的な不安定感。
 なぜ初日に行かなかったかと、歯噛みした。
 和光大学の卒業生と在校生とでなる、排気口と劇団にこにこちゃんの第一回合同公演『その喜劇、悲劇につき』(2014年12月17~21日、於 渋谷ギャラリー・ルデコ)の話である。
 学生演劇には、独特の熱気と新しさへの渇望とうんざりするほどの未熟さがある。学生演劇の本場早稲田で、クラスメイトから公演の度にチケットを押し付けられて学部時代を過ごした私は、だから、学生演劇をナメていた。しかも今回は、教員としてよく知る「教え子」たちの舞台だというのだから……。
 ところが――
 萩田頌豊与(劇団にこにこちゃん)作・演出の『悲劇な家族』は、シナリオライター志望の父親が、日々、売れない台本を家族に演じさせるところからはじまる。どれも、必ず悲劇的な結末へ行き着くわりには間抜けで可笑しい、ビミョーな台本。四人家族は文句をいいながらも和気あいあいと、悲劇モドキを演じていた。ある日、そんな家族をモデルに父親の書いた脚本が、TVドラマに採用されてしまう。現在の家庭にありがちなトラブルをてんこ盛りにしたTVドラマはどんどんエスカレートし、はじめは喜んで観ていた家族も、テレビ画面の中のもう一つの自分たちの崩壊に合わせるように、崩れていく。
 宿命の鎖にとらわれた不可逆なドラマを悲劇、宿命を転覆させるドラマを喜劇というのならば、『悲劇な家族』はその両極をパワフルに掴みなおし、悲劇/喜劇を書き演ずる自らを問い直す試みだろう。萩田はパンフレットの中で「この作品の中の家族はきっと幸せな家族で、僕がなりたかった家族としての形だと思う」と書くが、『悲劇な家族』は神戸冬美の好演が支えた家族関係のドラマを超えて、グラグラと大きく揺れながらも悲喜劇さえ蹴っ飛ばし、悲劇をくぐったからこそ強靭に輝く喜劇へと手が届きかけていた。
 菊池穂波(排気口)作・演出の『ナンブシモーゼン、そっと到来』を学生演劇と呼ぶのは、ためらいを感ずる。主宰が卒業生だからというよりも、その作劇法、役者、演出において。
 ゴタゴタしたゴミだらけの舞台に、くしゃくしゃの毛布をかぶった等身大過ぎるグダグダな若者、小野カズマと坂本和が寝転ぶ。片方は派遣社員だという二人の、どーでもいい会話。京都旅行を覚えている?思い出せない。五重塔行ったよね?行った?僕だけ覚えているんじゃ不公平だから、思い出して。ファミレス行ったときとか、夜寝る前とか、思い出ってそういうもんだろ?……思い出せないことと、なかったことは、違うの?
 二人芝居はスタートから一貫して、観客の違和感が少しずつ増すように仕掛けられている。リアルすぎる会話や役者の動きがチェルフィッチュ的だというのみならず、役者の目線が微妙にかみ合わない。はじめそれは、舞台中間に柱があるための苦肉の策だと思われた。が、徐々にあきらかになる、空間と時間の不安定感。場は派遣社員の部屋/京都/東京駅/病院の間で揺れ続け、時間も旅行に行った過去/「また旅行に行こうね」と約束した夜/派遣社員の死んだ日と安定せず、幕切れではなんと、柱を中にした此岸と彼岸の境界へまで連れて行かれる。
 圧倒的かつ息詰まる、壮大な不安定感。リフレインされる「グリーングリーン」が可笑しくて悲しい。「ある日パパと二人で語りあったさ/この世に生きる喜び/そして悲しみのことを」「その時パパがいったさ/僕を胸にだき/つらく悲しい時にも/ラララ泣くんじゃないと」――「思い出せないことと、なかったことは、違うの?」「忘れていても、いつか思い出せるから、なかったこととは違うんだよ」。(不正確な記憶でゴメン、正確な脚本ではどうなっているのかな?)
 舞台がはねたあと、主宰ふたりに堪らず聞いた。劇作家としての師匠はだれか?普段はどんな劇団を見に行くのか?どんな劇作家に新しさを感じるのか?役者はどこかの養成所に行かせているのか?稽古にノウハウがあるのか? 食いぎみの私に引きながら、二人は交互に答えた。役者は大学で演劇を始めたトモダチで、あまり他の劇団は見に行かない。長塚圭史くらいかな、と。そして最後に萩田君はこういって菊池君へチラッと視線を投げた。「大学は辞めるんです。僕はこの道で生きて行くんです。まだ何も決まっていないけれど死に物狂いで」。
 そうか、キミタチはキミタチだけで、強引に道を切り開いていくんだね。
 今のキミタチに上っ面だけの褒め言葉なんて、言わないよ。問題も、いくつもあったよね。まだキミタチの舞台は、観客を「陶酔」させることはできても「覚醒」させることは、出来ないよ。
 でも、今日のキミタチは素敵だった。暑苦しいというより妙に冷めていて、雑多な知識は消化不良で、未熟で不確定で、痛々しいまでに不安定で……だからこそ、とっても素敵だった。
 「いつか」ではなくいつでも、不安定で暴力的な創造力をつきつけに、和光大学へ帰っておいで。できれば、忘れる暇もないくらい何度でもなんどでも、帰っておいで。
 ややもすると安定した日常という名の自動化作用に飲み込まれ、未熟さや無茶苦茶さに目を背けてしまいがちな私たちを蹴っ飛ばし、そんな私たちに飽き足らない在校生たちを導くために。
 演劇の未来を担う、俊英諸君!!
 2014年12月21日  田村景子

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