[第四章]

中国語能力を有する人材の育成について

 

 ――はじめに
白石裕一* 和光大学教員
   現在日本の大学では中国語の授業が比較的多く行なわれている。中国語の授業において、学生は何のために中国語を学ぶか、あるいは教師は何のために中国語を教えるかといった動機付けは重要である。なぜなら目標があった方が学生にとっては学習意欲が高まるし、教師にとってはより効果的な授業運営が可能になるからである。小論では中国で働く日本人の意見を参考にして、学生が将来中国語を使って仕事をするためには、どのように中国語の授業をしたらよいかということを考察する。大学教育において、学生が将来企業で働くことを前提とした人材育成という視点は馴染まないかもしれないが、将来中国語を使って仕事をするかもしれないという学生にとっては、このような視点は大事であると思われる。以下中国語の授業のあり方について、人材育成の視点から考察していく。

 ―― 大学生が中国語を学習する理由

 現在日本の大学では中国語を学ぶ学生は英語に次いで多い。中国語学科・中国文学科などで専門に学ぶ学生もいるし教養として学ぶ学生もいる。学生は何のために中国語を学ぶのだろう。筆者は二つの大学の中国語を履修する経済学部の学生七三人(一年生三八人、二年生三五人)にアンケート調査をした。[注1 ]結果は表1のようになった。

 この結果から読みとれることは、学生は中国語学習に対して受動的な面も持っているが、中国語使用の可能性も高く認めているということである。

 教養中国語はいくつかの外国語のなかからの選択必修科目で好むと好まざるとにかかわらず学ばなければならないが、そのなかで将来仕事で使うかもしれないと考えている学生が四五パーセントいるということは、現在の密接な日中の経済関係を反映しているのか、その数は少なくない。また、旅行に行くかもしれないと考えている学生(五九%)も多く、経済学部の学生にしては、中国へ留学するかもしれないという学生(一二%)も多い。中国は今や身近な国なのである。

 ――大学生が求める授業

 同上の大学生に中国語の授業に何を求めるかというアンケートもした。結果は表2のようになった。

 この結果を見ると、日常会話表現をたくさん覚えたい(七八%)という項目の比率の高さが目につく。次いで正確な発音を身につけたい(六〇%)、中国の文化や生活習慣を知りたい(五六%)、ヒアリング能力をつけたい(五一%)と続く。語彙、文法、作文を学びたい学生の比率の低さと併せて考えると、学生が漠然とではあるがコミュニケーション能力を重視していることがわかる。また文化面に興味を持っていることも窺われる。

 学生の具体的記述にも「文章を訳せて、たくさんボキャブラリーがあっても、いざ中国で中国人とコミュニケーションすることは難しかった。どうせなら使える中国語を勉強したい」など、コミュニケーション能力をつけたいとするものがいくつかあった。場当たり的なコミュニケーション能力では問題があるが、言葉の本質とされるコミュニケーション機能を学ぶことは当然重要視されてよい。

 ―― 人の往来と日本人長期滞在者数

 ここでは日中間の人の往来と中国における日本人長期滞在者数の推移を見ておきたい。中国の総人口は一二億九五三三万人で、日本の総人口は一億二六九二万人である。中国の人口は日本の人口の実におよそ一〇倍である。この二〇年ほどの推移を見ると、日本から中国に行く日本人の数および長期滞在者は着実に増加している。中国から日本に来る中国人の数も日本人と比べて少ないものの着実に増加している[表3、表4]。人的交流が多くなれば、必然的に日本人にとっては中国語、中国人にとっては日本語の必要性が高まるといえよう。

 ――現地日本人の中国語に対する考え方

 筆者は、二〇〇二年夏に沿海部のいくつかの都市(天津、青島、東莞、上海)の日系企業を訪問した。上海では一五人の日本人に簡単なアンケート調査をお願いし、数人からは直接さまざまなお話をうかがった[表5]。以下アンケートの結果にそって考察していく。

 1、中国語の必要性

 日本人が仕事のうえでどの言語を使用するかについては、その日本人の言語能力や中国人スタッフの言語能力との兼合いでケース・バイ・ケースである。中国における日系企業では中国人の専門の通訳がいたり、通訳ほどでなくても日本語のできる中国人スタッフがいる。上海で調査に協力してくださった日本人一五人のうち一〇人は中国に来てから中国語の学習を始めたということで、来たばかりのときは中国語がほとんどできなかったわけだが、職場に日本語のできる中国人スタッフがいてあまり不自由しなかったようである。しかし今では多くの人が中国語の必要性を感じている。

 現在仕事のうえで中国語の必要性を感じますか?

 (非常に感じる=一〇 どちらかというと感じる=四 どちらかというと感じない=一 まったく感じない=〇)

 中国で中国語を学習する人は、大学の中国語クラスに入ったり、家庭教師をつけたりしている。中国では一般的に外国人に対する中国語教育は大学で行なわれていて、働きながら大学で学ぶ人は、授業が午前中だけなので、午前中は授業に出て、午後は出社するというかたちをとることが多い。また自分の都合にあわせて家庭教師をつけて学ぶ人もいる。

 銀行に勤める二〇代の男性は午前中大学の中国語クラスで学んでいるが、一年の間にHSK八級を取得することがノルマであるという。[注2]  また、マスコミ関係の三〇代の男性(N氏)は、日本語のできる優秀な助手もいるし、地方の取材においては日本語のできる通訳が付くことが多いのだが、普段は中国語を独習し、週に一度昼食をとりながら家庭教師をつけて学んでいる。つまり多くの人が何らかのかたちで中国語を学んでいる。

 また、青島のある機械関係の工場では、日本人責任者が一人で数十人規模の工場を運営していた。ある問題に対して、同じ地域から採用した多くの従業員が団結して反対し、さらにはその地域の親類縁者までもが押しかけてくるような事態があったが、自ら直接話しあって解決したという。このように日本人一人で工場を運営する場合などは特に中国語能力が要求されよう。

 さらに、中国語は中国で仕事をするうえで今後も重要であるという意見が多かった。英語も一定の重要性が認められる。

 今後中国で仕事をするうえでどの外国語が重要であると思いますか?

 (中国語一三 英語六 その他〇)*重複あり

 上海のある保険会社では中国人従業員採用に際して、日本語か英語のどちらかができることが採用の条件になっているという。将来中国で働く日本人は中国語ができて英語ができれば言葉の上ではほとんど不自由しないに違いない。

 2、求められる中国語能力

 仕事のうえで中国語が必要だと答えた日本人は特にどのような中国語能力が必要であると考えているのだろうか。結果は次のようになった。

 現在仕事のうえでどのような中国語能力が必要だと思いますか?

 (聞く=九 話す=九 読む=一 書く=一)*重複あり

 ここで「読む」「書く」を必要と考える人は「聞く」「話す」も必要と考えている。総じて「聞く」「話す」が必要とされていることがわかる。

 東莞の電気部品の工場でも、言葉にかんしては、日本人が中国語を話し中国人が日本語を話し、互いに十分に話せなくても意思疎通ができているという。そして重要なことは通訳に訳してもらうとのことであった。

 上海の企業で働いている数人の話でも、書くことは中国人に書いてもらう方がいいし、読むことはなんとかなる、やはり重要なのは聞いたり話したりすることであるという。それに普段の生活で聞いたり話したりできないと不自由であるともいう。

 また、話すとき正しい発音でないと、しばしば通じないことがあるので、正しい発音を習得することも必要であるという。

 正確な発音を身につけることの必要性を感じますか?

 (非常に感じる=九 どちらかというと感じる=五 どちらかというと感じない=〇 まったく感じない=〇)

 3、中国語の学習以外に必要なこと

 言語以外にその国・地域の文化を理解する必要性があると考える人は多い。こういった面は「実際に経験してみなくてはわからないところがある」(K氏)という意見もあったが、国内でも「文学」「映画」「音楽」などさまざまものから、その国・地域の文化を知ることができる。単に言葉を学ぶだけでは不十分で、こういった文化的面も学ぶ必要がある。

 中国の現状、中国人の思考・行動等を学習することの必要性を感じますか?

 (非常に感じる=一〇 どちらかというと感じる=四どちらかというと感じない=一 まったく感じない=〇)

 また中国には多くの方言があるが、上海では上海語がよく話されている。そして上海では上海語を話せることがある種のステータス・シンボルになっている。それは「上海人」であることが、就職・結婚などに有利に働くからである。政府は共通語を普及させているが、方言も健在である。上海で働くなら上海語も少しはできた方がよいという意見があった。理由は「上海人従業員が何を話しているかわかるから」(C女史)とか「うちの従業員はみな上海人だから」(J氏)ということであった。共通語の習得が先決であろうが、方言学習の必要性もある程度認められる。

 上海語の必要性を感じますか?

 (非常に感じる=一 どちらかというと感じる=八 どちらかというと感じない=五 まったく感じない=一)

 以上から、十分な調査内容とはいいがたいが、現地で働く日本人の声を通して、彼らがコミュニケーション能力の必要性および文化を理解することの必要性を感じていることがわかった。このことは学生が漠然とではあるが感じていることと一致する。文化理解については稿をあらためて考察するとして、以下ではコミュニケーション能力を重視する教授法について考察する。

 ――中国語教授法の後進性

 外国語を学ぶあるいは教える方法を考察する学問を「外国語教授法」「教科教育法」「応用言語学」などというが、現在、日本国内の中国語の教授法に関する研究はあまり進んでいない。最近になって一つの学問分野として、ようやく整備され始めた観がある。例えば、日本中国語学会では最近「これからの中国語教育について、学会としてどのように対処すべきか」ということで「まず現状の把握」をしている。[注3]

 したがって、英語や日本語の教授法に関する知見は現在のところとても重要である。以下では英語におけるコミュニケーションを重視する研究を、中国語に応用することを考える。

 ――コミュニケーション重視の教授法

 英語の教授法に関する研究はかなり進んでいる。その中から、コミュニケーションを重視する説を検討する。『コミュニケーションとしての英語教育論』に収められている吉田氏の説を見ていきたい。

 氏はコミュニケーションを第一に考える立場から、一つの考え方を提示している。先ずコミュニケーションでは三つのスキーマが作動しているという。「個人的スキーマ」「社会的・文化的スキーマ」「普遍的スキーマ」の三つである。「個人的スキーマ」とは個人的な思考・行動パターンの知識、「社会的・文化的スキーマ」とは社会的・文化的集団の共通の思考・行動パターンの知識。「普遍的スキーマ」とは全人類の普遍的な思考・行動パターンの知識である。そして氏はこういったスキーマの個人差・ギャップに対処するために、「対話」する能力を身につける必要があると主張する。ここでいう「対話」とは話し手と聞き手の相互理解とその調整をいい、特に互いに協力しあって、何らかの共通認識に至ることが重要とされる。

 またスクリプトという、規則性のはっきりした、決まった手順を表す一種のスキーマを学ぶことの必要性を主張する。スクリプトとは具体的にはある文化共通の「挨拶の仕方」「道の尋ね方」「電話のかけ方」「タクシーの乗り方」などといったものである。

 以上重要なことは大きく分けて次の二つである。

 ①社会的に明確な形を持ったスクリプトをロールプレイなどを通して学ぶこと。

 ②スキーマ利用の個人差に対応するため、相手との間にコミュニケーション・ギャップを感じ取った時に、そのギャップを埋めるべく「対話」する能力を身につけること。

 ―― 中国語への応用

 小論は基本的にコミュニケーションを重視する吉田説に賛成する。しかし、今日の大学における中国語学習者はほぼ中国語をゼロから学び始める者であり、いきなりコミュニケーション中心の授業をすることは不可能である。吉田説の二つの重要な考え方は中国語の基礎を学びながら志向されるものでなければならない。というわけで小論では次のような考え方を提出する。

 (1)スクリプトに基づいて語彙・文法を学習する。

 (2)モダリティを学習しながら表現力を身につける。

 詳しく説明すると、

 (1)は「挨拶の仕方」「道の尋ね方」「電話のかけ方」「タクシーの乗り方」などといったスクリプトに基づいて、スクリプトの表現を語彙・文法の面から理解していくという考え方である。常に具体的な場面を設定しながら、各種表現を学ぶ。

  例「タクシースクリプト」

 a¨儿?(どこまでですか?)

 b¨我去王府井。(王府井まで)

 (2)は表現力を身につけるために、モダリティの表現を習得していくという考え方である。モダリティというのは決まった定義がないのであるが、小論では「文中の命題部分に対する話者の心的態度を表す部分の意味」であるとする。具体的には「平叙」「疑問」「命令」「感嘆」「緩和」「必要」「願望」「推量」などさまざまである。こういったモダリティの表現を習得することによって、表現力が高まり、ひいては「対話」能力が高まる。

 例えば、質問したい場合は「疑問」のモダリティ表現を使用すればよい。

  例

 是什?(これは何ですか?)

 是留学生?(あなたは留学生ですか?)

 また、婉曲的に言いたい場合は、「婉曲」「緩和」といったモダリティ表現を使用すればよい。

  例

 菜太咸(おかずがひどく塩辛い)

 我覚得菜太咸(おかずがひどく塩辛く感じる)

 この場合蕫我覚得﨟が「婉曲」「緩和」を表している。

 以上の二つの考え方を実践すれば、基礎力をつけながら、スムーズにコミュニケーション中心の授業に移行していくことができると考える。

 ――終わりに

 実際に中国で仕事をしている日本人の意見から、仕事で必要な中国語能力はコミュニケーション能力であることがわかった。そして小論は吉田論文を参考にして、中国語を学ぶあるいは教える際の一つの基本的な考え方を提出した。それは要約すれば、「スクリプトとモダリティの学習を通じて蕫対話﨟する能力を身につける」というものである。この考え方は商談や貿易など具体的な実務のためというよりも、中国語を使って仕事をするうえでの基本的な能力(聞く・話す)の習得を第一の目的としている。したがってコミュニケーション能力をつけたい学生すべてに適用可能である。個別の具体的な方法については今後の課題としたい。

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 しらいし ゆういち

 現代中国語文法専攻。具体的な場面との関係から意味を考察する「語用論」を研究対象としている。現在和光大学で初級中国語を担当していくなか、効果的な授業の進め方を模索している。


 《主要参考文献》

 日本中国語学会中国語ソフトアカデミズム検討委員会編『日本の中国語教育――その現状と課題・二〇〇二』好文出版、二〇〇二年

 吉田研作「異文化コミュニケーションとしての外国語教育」(鈴木祐治・吉田研作・霜崎實・田中茂範『コミュニケーションとしての異文化教育論』アルク、一九九七年)

 吉田研作「自己表現力と対話力の育成について」(鈴木祐治・吉田研作・霜崎實・田中茂範『コミュニケーションとしての異文化教育論』アルク、一九九七年)















 *1 この調査は二〇〇二年九月に行なった。

 *2 HSKとは「漢語水平考試」のことで、中国の教育部(日本の文部科学省に相当)が設けた中国語(漢語)を母国語としない中国語学習者のための唯一・公認の中国語能力認定標準化国家試験のことをいう。八級は中級のなかでいちばん難しい。

 *3 『日本の中国語教育』(好文出版)「はしがき」参照