まえがき

 本誌は、二〇〇一~二〇〇二年度のグローバル・マネジメント研究会の研究成果をまとめたものである。グローバル・マネジメント研究会は、現メンバーの約半数が参加した企業分析研究会(一九九七~二〇〇〇年度)の成果を引き継ぐ形で発足した。企業分析研究会はアジア一〇か国(中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア)における日系企業の経営システムについて調査・研究を行なった(参考文献7、14、17参照)。これらの成果をもとに、グローバル・マネジメント研究会は、研究テーマとしては海外に進出している日系企業の経営問題の中でも重要な課題になっている人材育成を、調査地域としては日系企業の進出が最も多くなっているアジア地区を取り上げることとした。この在アジア日系企業の人材育成の問題は、以下の二つの分野に分けることができる。(一)日系企業がアジア現地の従業員を育成することと、(二)アジア現地にいる日本人の人材を育成することである。本誌はこの両方の分野についての調査・研究報告である。

マレーシア
 第一章~三章は(一)に関するものである。日系企業の経営に関する前述の企業分析研究会やそれ以外の調査研究により、在アジア日系企業では日本におけると同様に能力主義的評価・処遇があまり実施されていないため、ブルーカラーに比べホワイトカラーは有能な人材が定着せず、ホワイトカラーの日系企業に対する評価は高くないとされている。

 近年日本国内では経営環境の大きな変化により、ホワイトカラーの評価・報酬システムは業績・成果を反映させるシステムへ変わりつつあり、コア人材(将来中核を担うと目され、早期に選抜、登用される人材)の導入が検討されるようになった。このコア人材育成策は、能力主義的評価や処遇を望むアジア地域のホワイトカラーに適合すると考えられる。そこで、コア人材の導入について、日系企業の進出が最も多い中国とその中国と比較するためアセアン諸国のうち、シンガポール、マレーシア、タイの三カ国の日系企業に対して調査を行なうこととした。中国とアセアン諸国は、近年外国投資誘致で競合しているが、それは中国が今や世界の工場から世界の市場となりつつあり、そのため、世界中の企業が製造拠点としてだけでなく、販売拠点や地域統括拠点として大挙進出しているからである。したがって、アセアン諸国の中でも販売拠点や地域統括拠点機能が主となりつつあるシンガポール、中国製品と競合する製品のアセアンでの製造拠点であるマレーシアとタイを調査対象とした。

タイ
 調査は東南アジア三カ国と中国の製造業を中心とした日系企業にアンケート用紙を送付し、回答を寄せた企業にヒアリングをする形で行なった。二〇〇二年二月、東南アジア三カ国の日系企業三〇〇社(各国一〇〇社)にアンケート用紙を送付し、七〇社から回答を得、同年三月下旬~四月上旬、シンガポール五社、マレーシア三社、タイ二社に対し現地でヒアリング調査をした。ヒアリング調査は谷内と鈴木が行なった。同年六月、同様に中国で日系企業の進出が多い沿海部(大連・北京・天津・青島の環渤海地域、上海・江蘇省の長江下流地域、広東省・福建省の華南地域)の日系企業三〇〇社(各地域一〇〇社)にアンケート用紙を送付し、四〇社から回答を得、同年八月上旬、天津・青島の三社と広東省の三社に対し現地でヒアリング調査をした。ヒアリング調査は白石と鈴木が行なった。アンケート調査のデータは半谷が集計・処理した。

 調査結果の詳細については本文に譲るが、在中国日系企業は在東南アジア日系企業よりもコア人材育成策の導入が遅れているという結果となった。その理由として、①設立年数が在中国日系企業は在東南アジア日系企業よりも短く、そのため人材育成のノウハウが蓄積されていないこと、②中国経済の発展が急速で、人材不足により人材の流動化が激しいため、在中国日系企業にはコア人材を育成する余裕がないことがあげられる。しかし、コア人材が重要と思われる中国で、日系企業がコア人材の育成・活用を進められないと、他の外資系企業や勢力を拡大しつつある中国国内企業にさまざまな面で遅れをとる恐れがあると考えられる。

 第四章は(二)のアジア現地にいる日本人の人材を育成することに関するものである。上海の日系企業に勤務する日本人に対してヒアリング調査を行ない、中国で企業活動をするために日本人がどのようにして中国語能力を身につけるかを論じたものである。

 本調査研究の過程でのアジア日系企業の方々の深い理解と温かい対応に感謝とお礼を述べたいと思います。本書が現地で経営に苦労されている日本人駐在員の方たちの一助になれば幸いです。

 最後に、本研究グループは和光大学総合文化研究所より二〇〇二年度準重点研究としての助成を受けた。ここに記して感謝を述べたい。

シンガポール中国