アジアにおける環境問題と多国籍企業

大石芳裕 明治大学経営学部教授

 

1―はじめに

本稿は、アジアにおける環境問題の現状をできるだけ多くの資料で明らかにする。そして、アジアにおける環境問題に対して日系多国籍企業がどのような取り組みをしているかに言及する。結論を先取りして言えば、ますます深刻さを増しているアジア環境問題に対して、個別企業ではさまざまな努力をしているものの、日系企業総体としてはお粗末な対応しかしていない。今後、より一層の環境対応活動が望まれる。

2―伝統的公害問題と地球環境問題

1 伝統的公害問題から地球環境問題へ

先進国においては、一九六〇年代から七〇年代前半にかけて伝統的公害問題が発生し、尊い人命が失われたり自然が破壊されたりした。伝統的公害問題は、最小投入―最大産出という効率性のみを追求してきた産業社会の限界を露呈した。伝統的公害問題が、現在でも未だ完全に解決されたとは言い難いが、エンド・オブ・パイプ技術の発達もあり七〇年代末には一定の収まりを見た。そして、一九八〇年代に入ると、伝統的公害問題に代わって地球環境問題がクローズアップされるようになる。とりわけ、一九八七年のモントリオール議定書調印(フロン規制)や一九九二年のリオ・地球サミット(前後に地球温暖化防止条約や生物多様性条約などが締結)以降、地球環境問題は現代産業社会が克服すべき最大の課題となったのである。

 

2 伝統的公害問題と地球環境問題の相違点・類似点

伝統的公害問題と地球環境問題については表1に整理している。地球環境問題は、伝統的公害問題と異なり、発生源を特定できないまま被害が地球規模で発生する。しかし、被害実態を五感で感じることが困難なことも多く、危機意識が乏しい。したがって防止対策への取り組みも不十分なものになりやすい。また、その曖昧さゆえに、経済成長を優先する国家の恣意的な思惑が働きやすい。そのため、防止対策の負担を巡って国家間の対立が顕在化する。とりわけ被害者意識が強く先進国に経済的に追いつこうと目論む途上国と、防止対策の責任を負わされる先進国間の対立は激化する。

一方、両者の類似点も正当に見ておく必要がある。地球環境問題は、伝統的公害問題同様、企業を主な排出源としており、防止対策の責任・能力を有するのも主として企業である。これは企業にのみ責任を押しつけることを意味するのではなく、企業が有効な防止対策を講じるよう政府や生活者が働きかけ支援すべきことを意味している。企業・政府・生活者のそれぞれが防止対策を講じなければならないことは言うまでもないが、それら三者が三位一体となって問題解決のために尽力するようなシステムが必要なのである。この点は伝統的公害問題解決のシステムと類似している。また、被害が主として社会的・肉体的弱者あるいは貧困者に集中することも、伝統的公害と類似している。地球環境問題は全世界であまねく被害が生じるが、現実にそのツケを支払わされるのは弱者である。例えば、地球温暖化で海面水位が上昇した場合、先進国にはそれに対処する余裕があるが、途上国とりわけ貧困地域では甚大な被害が生じるであろう(表2参照)

3 途上国における伝統的公害問題と地球環境問題の重合

加えて、途上国では伝統的公害問題と地球環境問題が重なり合って発生している事実を忘れてはならない。途上国においては七〇年代にも先進国多国籍企業による「公害輸出」で伝統的公害を経験しているが、八〇年代後半以降の急成長で現在も伝統的公害問題を抱えている。工場排水や生活排水による水質汚濁、有害廃棄物による土壌汚染、工場や自動車の排気ガスによる大気汚染など、伝統的公害問題(ブラウン・イシュー)は激しくなる一方である。このような伝統的公害問題が未解決なまま地球環境問題にも対処しなければならないところに、途上国の苦悩がある。

3―地球環境問題の分析視角

1 人類を含む生物多様性の危機

表3は、地球環境問題の分析視角を図示したものである。まずもって、地球環境問題を「人類を含む生物多様性の危機」と捉える必要がある。地球環境問題は、単に「自然が破壊されている」とか「ある種の動植物が絶滅の危機に瀕している」とかいった人類を取り囲む「環境」の問題ではない。「人類の危機」、「人類の生存を確保している生物多様性の危機」なのだ。「人類の危機」と捉えなければ、なぜ地球環境問題が喫緊の課題なのか緊迫感が湧かないだろう。地球の成層圏にオゾン層ができ、有害な紫外線を遮断して、初めて生物は地上に出ることができたことを思い起こしてみるがよい。オゾン層を守るということは、単にお肌にシミができやすいとか、皮膚癌になりやすい、という問題を解決するだけではないのだ。人類を含む地上の生物が今後も地上で生き延びられるかどうか、という深刻な問題を解決することを意味するのである。

 

2 地球環境問題と南北問題の融合化

この視角の特徴は、地球環境問題を南北問題と融合させて捉えようとしていることにある。すなわち、環境破壊の主因が先進国側にあり被害を受けるのは主として途上国側である、という認識に基づいている。このような視角が一方的過ぎることは十分承知している。環境破壊の主因が途上国側にあり被害を受けるのが先進国側である、という例もいくつも挙げられる。例えば、日本の酸性雨原因物質の二〜三割は中国で排出されるSOx、NOxが原因とする調査結果もある(*1)。中国からの影響をまともに受ける北陸地方では、pH四・五前後の強い酸性雨が観測されている(*2)。とはいえ、いたずらに「万人責任論」(日本国内では「一億総懺悔」)に陥ることなく現実を直視することが大切である。責任を明確にしなければ、対策も明確にならない。ここでの視角は、これによって途上国の責任を免責するつもりは毛頭なく、むしろ先進国に住む我々自身の責任あるいは日系企業の責務を明確にしようということが目的である。

 

3 ブラウン・イシューとグリーン・イシューの複合的発生

表3では、先進国が生み出す四つの主要な地球環境問題、すなわち過剰廃棄物、酸性雨、オゾン層破壊、地球温暖化が、相互に連関しながら途上国における天然資源枯渇、大気・土壌・水質の汚染、森林破壊、砂漠化・干魃・洪水などを引き起こしていることを示している。先述したように、途上国では伝統的公害問題(ブラウン・イシュー)と地球環境問題(グリーン・イシュー)が同時的に、複合して発生している。一九九七年のカリマンタン島における森林破壊が四カ月以上に及ぶ山火事を発生させ、一〇〇万haの森林を焼き尽くしたばかりでなく、インドネシア・シンガポール・マレーシアなどで耐え難い煙害をもたらしたことは記憶に新しい。この山火事の直接的原因は異常乾燥と焼畑にあると言われているが、その背景には石鹸の原料になるヤシ油を取るために日系商社などが森林を伐採しヤシ・プランテーションを造成したことにある。山火事は貴重な森林資源の消失と、CO2を吸収しO2を排出する緑の喪失、それに煙害による気管支系の病気と農作物の不出来を複合的にもたらしたのである。

4―アジアにおける環境の現状

1 森林面積

表4は、一九八〇年代における熱帯雨林面積の変化を示している。この一〇年間に天然林は一五〇〇万ha減少している。中南米・カリブ海地域が減少面積のちょうど半分を占めている。アジア・太平洋地域においては、この間、三九〇万ha減少しているが、八〇年当時の残存面積に対する減少比率は一・一%と他の地域よりも高くなっている。世界保護基金(WWF)は、世界の自然林は文明が始まった八〇〇〇年前に比べ、約三分の二が消滅し、森林消滅が現在のペースで進めば、五〇年後にはマレーシア・タイなど自然林を完全に失う国が出ると発表している。ここでもアジア・太平洋地域は、消滅率が八八%ともっとも高い(*3)。

 

2 乾燥地域

表5は、世界の乾燥地帯の広がりを示している。世界全体で、乾燥地帯は六一億五〇〇〇万haもあり、これは地球上の土地の約四〇%に相当する。地域別に見ると、ここでもアジアが一九億四九〇〇万haとほぼアフリカと匹敵する広さを示している。森林破壊は、強い日差しを大地に届けて直接的に土地を乾燥させる。また森林破壊は、土壌の保水能力を奪い、洪水を引き起こすことによって養分のある上土を流し去ってしまう。河川を流れる水量が大きく変動するため、水量不足の時には地下水を過剰に汲み上げて塩害を発生させ、豊かな土地を不毛の土地に変えてしまう。森林面積の減少と乾燥地域の拡大は密接に関連している。中国は一九九六年、北京で開かれた「アジア・アフリカ砂漠化防止フォーラム」で中国全土の三四・六%が砂漠化していることを明らかにした。中国の黄河では一九七二年以降、「断流」という現象が報告されている。春から夏にかけて黄河が干上がり、川の水が海に注がなくなる現象である。一九九六年、その期間は一〇〇日を超えた。川が干上がる河口からの距離は次第に長くなり、一九九七年には過去最大の一〇〇〇緖近くになる恐れがあるという(*4)。

 

3 酸性雨

表6は、中国における酸性雨の出現頻度を示している。酸性雨とは、一般に、空気中の二酸化炭素(CO2)が水に溶けた時の酸性濃度pH五・六以上のものを指す。主因はSOx、NOx、とりわけ酸性度の強いSOxである。二酸化硫黄(SO2)は水(H2O)に溶けると硫酸(H2SO3)になる。表6によると、長江流域の内陸部で出現頻度が高い。これは成都、重慶、武漢といった内陸工業地帯が重厚長大産業を主軸としており、工場の煙突から出るSOxが酸性雨を発生させているためである。長江流域からやや外れている貴陽でも同様のことが言える。表7は、酸性雨の主因であるSOx発生地域をアジア全域について見たものである。ここでは上海から北京、大連と連なる産業先進地域で大量のSOxが発生していることになっているが、いずれにしても中国の単位面積当たりのSOx排出量は他のアジア諸国と比べ極めて高い。匹敵するのは工業中進国である韓国、台湾だけである。何の対策も施さぬまま従来通りの経済成長を続けたとすると、中国のSOx排出量は膨大なものになるであろう。この分野では日本が世界最高峰の技術を有しているだけに、緊密な技術協力が望まれる。

 

4 固体廃棄物

表8は、中国における一九八一〜九一年の固体廃棄物発生量等を示す。この間、工業生産による固体廃棄物発生総量は三億七六六四万トンから五億九〇〇〇万トンに増大した。この数値は、年率八%ほどの経済成長率から考えると過小であると思われる。概して、途上国においては環境関連の数値は過小に報告されることが多い。「少なくとも」このくらいの発生量がある、と考える方がいいだろう。また、処理量や再利用量も継続して報告されていないことも問題である。数値が判明している八六年で検証すると、発生総量六億三六四万トン、そのうち処理された量が三億二三五二万トン(五三・六%)、再利用された量が一億四七二九万トン(二四・四%)である。残り一億三二八三万トン(二二・〇%)はミッシング。通常だと埋め立てられるが、不法投棄されることも多い。

 

5 水質汚濁

表9は、東南アジア地域における河川水質汚濁の現状をBOD負荷量で表している。BOD(Biochemical Oxygen Demand)とは生物化学的酸素要求量のことで、水中の有機物が好気性微生物によって酸化分解されるのに必要な酸素の量を示す。値が大きいほど水質汚濁が進んでいることを意味している(*5)。ここでは、マレー半島西岸(首都クアラルンプール)や東ジャワ(スラバヤ)、マニラなどで水質汚濁がひどいことが分かる。タイ湾岸やバンコクなどもかなり悪い。これらの数値は七〇年代のものであり、その後の本格的経済成長を考えると現在はもっとひどい状態にあると推測される。国連環境計画のデータによると、一九八八年のインドネシア・スラバヤ川のBODは一五・〇〇ミリグラム/リットルである。同年の淀川におけるBODが二・九〇ミリグラム/リットルであるから(*6)、スラバヤ川がいかに汚染されているか分かる。また最近では、中国・太原市の河川でBOD一八ミリグラム/リットル、タイ・チャオプラヤ川で一五〜二〇ミリグラム/リットルという数値も示されており(*7)、アジアの水質汚濁は深刻な状態にある。

表9はまた、水質汚濁が生活系排水によるものなのか、それとも産業系排水によるものなのかを示している。ほとんどすべての地域で、生活系排水が産業系排水よりも水質汚濁に貢献していることが分かるが、これは下水道の未整備と排水処理施設の不足・低水準によるところが大きい。産業が急速に発達するのは八〇年代以降であり、近年では産業排水による汚染の比重が大きく伸びているものと推測される。

例えば、チャオプラヤ川の有機物負荷割合は一九八八年でも生活排水が七五%を占めているが、タイにおけるその他の河川では工場排水が主因となっている。チャオプラヤ川の下流でも生活排水と工場排水の双方で汚染されている。同川に工場から排出されるBODは年間約二万トン(一九八九年)にもなる。また、バンコクとその近郊にある砂糖、タピオカ、皮なめし、アルコール、パルプ・製紙などの工場からは排水が直接チャオプラヤ川に放流されている。さらに、タイ南部の水産加工工場における工場排水や廃棄物も未処理で垂れ流し状態にある。このため、タイ湾には二二の河川からカドミウム、鉛、マンガン、マグネシウム、クロムなど一万四〇〇〇トンの重金属が流れ込んでいるという(*8)。

 

5―地球環境問題への対策とその費用

1 環境破壊をもたらした急速な成長と都市化

前節で概括したような環境悪化をもたらしたものは、アジアにおける急速な経済成長である。表10は、途上国における一人当たり実質国民所得の推移を表している。そこで際だつのはアジアNIEsの急速な発展である。とりわけ八〇年代後半以降、先進国を上回る速さで成長していった。九〇年代にはASEAN4(タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン)および中国が、日本・アジアNIEsと雁行型を成して成長していく。ASEAN4は表では「急速に工業化しつつある経済圏」の中に含まれている。

経済成長に伴い、都市化率も急上昇していった。表11は、主要アジア七カ国における都市化率推移を示している。一九五〇〜九四年というほぼ半世紀の間に、日本は五〇・三%から七七・五%に上昇したが、韓国は二一・四%から八〇・〇%へと急上昇した。台湾の推移は不明だが、やはり八〇%近い都市化率である。ASEAN諸国や中国も九〇年代に入り都市化率を急上昇させている。急速な都市化は、一方で都市における環境インフラの未整備もあって都市環境を急速に悪化させる。騒音、水質汚濁、大気汚染といった伝統的公害ばかりでなく、地球環境問題も発生させる。電気使用量増大や自動車保有量増大による二酸化炭素排出量の拡大、冷房などのためのフロン使用量増大、急速な工業化によるSOx、NOx排出量の増大、大量の過剰廃棄物、などがそれである。急速な都市化は、他方で農村における過疎を生み出し、土地放棄による土壌劣化や手入れ放棄による森林劣化などをもたらす。森林破壊の過半数は生活用伐採や焼畑農業によると言われているが、昔からの農民は自然と共生する術を知っていた。しかし今日では、都市で喰えない人びとが勝手を知らない森林に入り込み、自然を回復不可能なほどに破壊しながら生計を立てている。

 

2 地球環境問題の解決手段

表12は、世界のCO2排出量構成比である。アメリカが二二・四%と最大の排出国であるが、中国が一三・四%で第二位である。表13は、アジア一一カ国におけるCO2排出量の推移と今後の見通しである。一九九二年には排出量一三億トンで、世界の二一・一%を占めていた。これが二〇〇〇年には一七億トンを超し、構成比も二四・五%に拡大するであろう。二〇一〇年には二五億トンを排出し、世界の二五・三%を占めるものと予想されている。

CO2のような地球温暖化ガスを削減するにはどのような手段があるのだろうか。一般に、地球環境問題の解決手段には、(1)公的規制と(2)経済的手段があるとされている。OECDは表14のような分類を行ない、公的規制より経済的手段がより有効であると主張している。OECDによれば、使用制限や排出量規制などの公的規制は膨大な情報を必要とし、情報の収集・分類・分析・活用コストを増大させる。規制を遵守しているかどうかを監視するコストも膨大である。さらに、規制は環境問題解決のための技術革新を促進しない。「政府の失敗」というものがあるように、「規制のための規制」、「規制の虜」に陥る可能性が高い。最後に、規制は政府になんら収入をもたらさない。

経済的手段には、課徴金、補助金、デポジット制度(ビール瓶のように消費者が購入する時に一定の額を上乗せしておいて、瓶返却の際にその額を返還する制度)、市場創出(排出権取引など)、各種インセンティブ(違反料・達成預託金などはマイナスのインセンティブ、達成報奨金などはプラスのインセンティブ)などがある。このような経済的手段が公的規制より優れているとする見解は、OECDの他、D. W. Pearce, et al.(*9)やE. U. Weizsaeker(*10)、宇沢弘文(*11)など数多い。確かに経済的手段は有効であり、不可欠であるが、公的規制がすべて不要だというわけではない。表15に見られるように、企業を環境対策へ動かす最大の誘因は「政府の法規制」である。適切な公的規制の設定、および公的規制と経済的手段の最適組合せを考える必要がある。OECDのスタッフであるD・オコンナーは、「一見、説得性のある経済学的な論議にもかかわらず、実際には直接規制(CAC)の方が普及・継続してきたのには、それなりにもっともな理由が数多くある」と述べている(*12)。

 

3 地球環境問題対策費用

それではアジアの地球環境問題対策にどれだけの費用がかかるのだろうか。表16は通産省による対策コスト試算である。日本の経験に基づいて試算すると、中国、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、インドの六カ国だけで環境修復コストが約一六兆円かかるばかりでなく、それを維持していく年間コストが約六兆円かかると推定されている。この六カ国の年間製造業設備投資額は約一六兆円であるので、その二〇%程度を環境分野に配分すれば一〇年で環境問題を解決できるという。設備投資の二〇%というのは、日本において公害防止投資割合が最高となった一九七五年と同じ比率である。これを実施すると、製造コストは約一〇%上昇する(*13)。

このような膨大なコストを途上国が長期に支出することは困難である。したがって先進国からの援助が必要になる。世界最大の援助国である日本は、一九九二年六月のリオ・地球サミット(国連環境開発会議UNCED)において、九二年度から五年間で九〇〇〇億円から一兆円を目途に環境ODAを拡充・強化することを表明した。そして、それを一年前倒しして実施した(総額九七八五億円)。ただし、無償援助はそのうちの一五・六%にすぎない。表17に見られるように、二国間環境ODAにおいては、その約六割が道路・橋梁・上下水道・ゴミ処理などの「居住環境」に向けられており、「公害対策」には二〇〇〜四〇〇億円が当てられていたにすぎなかった。ようやく一九九六年には「公害対策」に六〇九億円が向けられたが、二国間環境ODAが全体に占める構成比は一三・六%と従来とほとんど変わっていない。このような環境ODAの金額は、途上国において必要とされる膨大な環境修復コストならびに維持コストに比較すると余りに僅少なものである。

そうでなくても表18に掲げているように、環境ODAには多くの問題点が見られる。経団連は、一九九七年四月一五日、「政府開発援助(ODA)の改革に関するわれわれの考え」を発表し、責任体制の明確化や効率性改善、官民の役割分担の見直し、数量設定の廃止などを求めている(*14)。要するに、非効率なODAにはこれ以上金をつぎ込むな、ということであろう。確かに、ODAには改善すべき点が多いが、一方でアジア諸国が膨大な環境対策費を緊急に必要としていることも事実である。中国におけるSOx、NOxなどの排出量の削減が日本における酸性雨被害を抑制するなど、日本に対する直接的な効果もある。改善すべき点は改善した上で、長期的展望を持って環境ODAを一層拡大していく必要がある。また表19に見られるような「グリーン・エイド・プラン」の拡充・強化も望まれるところである。

6―日系多国籍企業の対応

1 環境配慮事項

それでは、上記のようなアジア環境問題に日系企業はどのように対応しようとしているのであろうか。マレーシア・ARE事件や韓国・温山/蔚山事件、あるいはイタリア・セベソ事件、インド・ユニオンカーバイド事件、ナイジェリア・ココ事件など、日系あるいは先進国多国籍企業の公害輸出が問題になったこともある。それだけに、国境を超えて事業を営む多国籍企業は環境問題に細心の注意を払う必要がある。

表20は、経団連地球環境憲章(一九九一年四月二三日)の「行動指針」と、「海外進出に際しての環境配慮事項」である。「行動指針」には、ISO14001に規定されているような内容が列挙されている。リオ・サミット以前に、そしてISO14001が施行される以前に、このような憲章を作成し内外に発表したことは一応評価してもいいだろう。「海外進出に際しての環境配慮事項」についても、ここで取り上げられた一〇項目はもっともなことばかりである。環境保全努力、環境アセスメント、技術・ノウハウ移転、情報提供など、「配慮事項」の指摘自体は正しい。問題は現実にそれらが実行されているかどうかである。

環境庁は「配慮事項」について、日系多国籍企業が実際にどのような活動を行なっているか調査した。その第一弾がフィリピン進出企業における先進的取組事例として紹介されている。日本でこのような調査が実施されたのはおそらく初めてではないだろうか。そこでは一四の事例が取り上げられている。表21はその中の自動車会社の例である。また同書では、日系企業の環境担当責任者による座談会記録も収録されている。その内容から得られる教訓を箇条書きに示すと、以下のようになる(*15)。

(1)日本本社の姿勢が決定的に重要なこと。

(2)環境基準を本社、日本、現地のどこに設定するかが重要なこと。

(3)現地の排水処理業者や産業廃棄物処理業者の有無・技術・能力に問題が多いこと。

(4)現地政府による環境規制の適用が不明確なこと。

(5)現地における適切な環境コンサルタントの雇用が有効であること。

(6)現地人の育成が環境対策レベルアップの最短距離であること。

(7)外注先など関連企業も巻き込んだ環境配慮活動が必要なこと

(8)工場の環境と地域の一般環境とのギャップが大きく、一般環境の改善が必要なこと。

(9)移動排出源の大気汚染対策が不十分であること。

(10)日本政府は最新の環境情報を提供したり、効率的環境ODAを実施したりすべきこと。

(11)現地日系企業は情報を秘匿しがちであり、もっとオープンになる必要があること。

 

2 環境対応活動の実態

個々の事例を見ると、日系企業もそれなりの努力をしていることがわかる。このような地道な努力の積み重ねが、地球環境問題への対応には必要であることを痛感する。

しかしながら、日系企業総体として捉え直してみたとき、海外における環境対応活動には反省すべき点が多々ある。

地球環境とライフスタイル研究会『地球環境問題をめぐる消費者の意識と行動が企業戦略に及ぼす影響《企業編》』国立環境研究所(*16)によれば、日系企業の約三分の二が「経済成長を多少緩やかにしても今のうちに対応が必要」と考えているものの、四割は環境対応コストが増大することを懸念している。LCA(Life Cycle Assess-ment)を実施している企業は全体の一・一%にすぎない。その他、グリーン調達や情報公開などさまざまな環境対応活動を、「北米・EUに輸出したり、そこで事業を営んでいる企業」と「そうでない企業」とに区別して比較すると、ほとんどの項目で前者がより環境対応に熱心なことがわかる。

言葉を換えれば、「輸出や海外事業を実施していない企業」や「アジア等の途上国のみに輸出したり、そこで事業を営んでいる企業」は、環境対応活動レベルが平均よりも劣るということである(*17)。

表22〜25は、タイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン四カ国における日系企業アンケート調査結果の一部である。表22は「環境アセスメントの実施」を尋ねている。環境アセスメントは、経団連の「海外進出に際しての環境配慮事項」にも含まれている重要な環境配慮活動であるが、「自主的に実施した」企業は全体の一五・五%にすぎず、四二・一%の企業が「実施しなかった」。

表23は「環境に関する経営方針」の有無を尋ねている。「制定している」企業は三三・四%にすぎず、「検討中である」(一九・八%)と「制定していない」(四〇・二%)を合わせると六割の企業が未制定である。

表24は「環境に関する部署又は担当者」の有無を尋ねている。「専任の部署を設置している」企業は一一・一%、「専任の担当者を置いている」企業はわずか四・二%にすぎず、兼任も含めてまったく「設置していない」企業が三五・八%もある。

表25は「排出目標の設定の方法」について尋ねている。全体の半数以上五一・五%が規制の緩やかな「進出先国の排出基準を遵守」し、より規制の厳しい日本や本社等の排出基準を遵守している企業は合わせて一五・五%にすぎない。

日系企業全体としてみれば、アジアにおける環境対応活動は未だ不十分であると言わざるをえない。しかも、このような不十分な環境対応活動は日本本社の出資比率にほとんど関係なく生じている。前掲表20の中にも見られるように経団連は現地の合弁相手が環境対応活動の障害になっていると主張しているが、実態は完全所有であると部分所有であるとを問わず、環境対応活動は不十分なのである。いたずらに相手の責にするのではなく、日本本社の問題として再考する必要がある。

7―おわりに

岡本喜裕教授は、「ソーシャル・マーケティングから環境(エコロジカル)マーケティングへ」と主張される(*18)。企業の社会的責任が地球環境問題にまで及んできたのだ。ここでは、さらに踏み込んで「国際環境マーケティング」を提唱したい。マーケティング政策の具体的4P(製品政策、価格政策、流通政策、販売促進政策)については別稿に譲らざるをえないが、企業が国内事業ばかりでなく海外事業においても環境対応活動に尽力すべきことを強く訴えたい。我々生活者はまた、自らが環境対応活動に努力するとともに、企業をしてそのような活動に邁進するよう強制・促進・支援していかねばならない。

 


*1 『日本経済新聞』一九九七年九月二七日付け朝刊

*2 『環境白書』各年版

*3 『日本経済新聞』一九九七年一〇月九日付け夕刊

*4 『日本経済新聞』一九九七年五月五日付け朝刊

*5 海や湖沼にはCOD(Chemical Oxygen Demand)化学的酸素要求量が用いられる。これは水中の有機物を酸化剤で酸化するのに必要な酸素量のこと。

*6 『環境要覧1995/1996』、59頁

*7 通産省通商政策局経済協力部編、一九九七年、八頁

*8 林良嗣/中澤菜穂子、一九九六年、48頁

*9 Pearce, David, Anil Markandya and Edward B.Barbier, Blueprint for A Green Economy, London: Earthscan Publications Ltd., 1989=和田憲昌訳『新しい環境経済学』ダイヤモンド社、一九九四年

*10 Weizsaeker, Ernst Ulrich von, Erdpolitik: Oekologishe Realpolitik an der Schwelle zum Jahrhundert der Umwelt, Wissenschaftliche Buchgesellschaft, Darmstadt, 1990=宮本憲一他監訳『地球環境政策―地球サミットから環境の21世紀へ―』有斐閣、一九九四年

*11 宇沢弘文『地球温暖化の経済学』岩波書店、一九九五年

*12 O'Connor, D.(1994)、邦訳73頁

*13 通産省通商政策局経済協力部、一九九七年、9頁

*14 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/pol128/index.html

*15 地球・人間環境フォーラム、一九九七年、69〜76頁

*16 地球環境とライフスタイル研究会、一九九七年

*17 詳しくは大石芳裕、一九九七年参照

*18 岡本喜裕、一九九八年、22〜25頁


《引用文献》

中国研究所編『中国の環境問題』新評論、一九九五年

地球環境とライフスタイル研究会『地球環境問題をめぐる消費者の意識と行動が企業戦略に及ぼす影響《企業編》』国立環境研究所、一九九七年

地球・人間環境フォーラム『環境要覧1995/1996』古今書院、一九九五年

地球・人間環境フォーラム『平成七年度 在外日系企業の環境配慮活動動向調査』、一九九六年

地球・人間環境フォーラム『日系企業の海外活動に当たっての環境対策(フィリピン編)―平成八年度、日系企業の海外活動に係る環境配慮動向調査結果』一九九七年

外務省編『我が国の政府開発援助:ODA白書』国際協力推進協会、一九九七年

林良嗣/中澤菜穂子「タイにおける都市と農村の関係がもたらす環境への影響」『アジア・アフリカ研究』Vol.36, No.1、一九九六年

ホセイン、サノワ「環境と開発―バングラディシュに関する見通し―」『環境と公害』Vol.24, No.3、一九九五年

環境庁『環境白書』(総説)各年版

環境庁地球環境部『地球環境の行方―地球温暖化の我が国への影響』中央法規、一九九四年

環境庁地球温暖化問題検討委員会『地球温暖化の日本への影響1996』、一九九七年四月二四日

 http://www.eic.or.jp/kisha/199704/10267.html

経済団体連合会『経団連地球環境憲章』mimeo、一九九一年四月二三日

経済団体連合会『政府開発援助(ODA)の改革に関するわれわれの考え』一九九七年四月一五日

 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/pol128/index.html

大石芳裕「日本多国籍企業の環境経営―3つの報告書の検討―」明治大学『経営論集』第45巻第1号、一九九七年

大来佐武郎監修『地球規模の環境問題〈Ⅰ・Ⅱ〉』中央法規、一九九〇年

岡本喜裕「環境志向のマーケティング」『和光経済』第30巻第2・3号、一九九八年

三和総合研究所『手にとるように環境問題がわかる本』かんき出版、一九九七年

寺西俊一「アジアの経済成長と地球温暖化問題―日本の責務と課題をめぐって」『国際問題』No.453、一九九七年

通産省通商政策局経済協力部編『アジアの環境の現状と課題』通商産業調査会出版部、一九九七年

総合エネルギー調査会国際エネルギー部会『中間報告』mimeo、一九九五年六月一日

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O'Connor,D.C.(1994), Managing the Environment with Rapid Industrialization : Lessons from the East Asian Experience, OECD, Paris,

 =寺西俊一/吉田文和/大島堅一訳『東アジアの環境問題』東洋経済新報社、一九九六年

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 =石弘光監訳/環境庁企画調整局計画調査室訳『環境と税制―相互補完的な政策を目指して』有斐閣、一九九四年

《Further Studyのための参考文献》

アジア経済研究所『開発と環境シリーズ(1)〜(10)』アジア経済研究所

 (1)小島麗逸・藤崎成昭編『開発と環境―東アジアの経験』一九九三年五月

 (2)藤崎成昭編『地球環境問題と発展途上国』一九九三年五月

 (3)野村好弘・作本直行編『発展途上国の環境法―東アジア』一九九三年五月

 (4)小島麗逸・藤崎成昭編『開発と環境―アジア「新成長圏」の課題』一九九四年三月

 (5)藤崎成昭編『環境資源勘定と発展途上国』一九九四年三月

 (6)野村好弘・作本直行編『発展途上国の環境法(改訂版)―東南・南アジア』一九九六年六月

 (7)野村好弘・作本直行編『地球環境とアジア環境法』一九九六年四月

 (8)西平重喜ほか編『発展途上国の環境意識―中国、タイの事例』一九九七年五月

 (9)小池浩一郎・藤崎成昭編『森林資源勘定―北欧の経験・アジアの試み』一九九七年五月

 (10)野村好弘・作本直行編『発展途上国の環境政策の展開と法』一九九七年三月

藤崎成昭『発展途上国の環境問題』アジア経済研究所一九九二年

藤崎成昭「成長圏アジアと環境問題」『環境と公害』Vol.24, No.2、一九九四年

磯貝記者「深刻化するアジアの公害問題」『国際開発ジャーナル』No.494、一九九八年一月

熊崎実「地球規模の森林減少:趨勢と展望」『環境研究』No.100、一九九六年

日本弁護士連合会『日本の公害輸出と環境政策』日本評論社、一九九一年

日本環境会議『アジア環境白書』東洋経済新報社、一九九七年

特集「質が問われる環境ODA」『国際開発ジャーナル』No.487、一九九七年六月

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Asian Development Bank(1996), Current Issues in Economic Development : An Asian Perspective, Oxford University Press,

Asian Development Bank(1997), Emerging Asia : Changes and Challenges, ADB

Asian Development Bank(1997), Asian Development Outlook : 1997 and 1998, Oxford University Press

Howard, Michael C. ed.(1993), Aisa's Environmental Crisis, Boulder : Westview Press

Smil, Vaclav(1983), The Bad Earth : Environmental Degradation in China, M.E.Sharpe Inc.,

 =深尾葉子/神前進一訳『蝕まれた大地―中国の環境問題』行路社、一九九六年

Smil, Vaclav(1993), China's Environmental Crisis : An Inquiry into the Limits of National Development, M.E.Sharpe Inc.,

 =丹藤佳紀/高井潔司訳『中国の環境危機』亜紀書房、一九九六年

UNCTAD(1993), Environmental Management in Transnational Corporations : Report on the Benchmark Corporate Environ-mental Survey, New York : United Nations

UNEP(1992), The World Environment 1972-92