◎シンポジウム・アジアのなかの教科書裁判

開会のあいさつ

水上健造 和光大学総合文化研究所所長/経済学部教授

 

 本日は和光大学までお越しいただき、ありがとうございました。

私どもの研究所は、三年前に和光大学が三〇周年を迎えた折にできたものでございますが、アジアについては開学以来ずっと追求してまいりまして、共同研究という形で一つの形をとったのはちょうど六年前になります。そして、研究所の中に三つの系を設けてございまして、一つはアジアを中心に、一つは教育、もう一つは表現文化という、三つの系がございまして、本日の公開シンポジウムは、アジアに関するフォーラムの共同研究を母体として開かせていただいております。

 今年、一九九七年の夏に、通称「家永訴訟」と言われております教科書裁判の最終の判決がありました。三二年の長い裁判だったわけですが、単なる家永先生個人の裁判というだけでなく、国民的な運動という性格を持っていたと思います。そうしたものを現時点で考え直してみたい、現在アジアの新時代などと言われておりますけれど、アジアの歴史と現代の中で考えてみたいという趣旨で、今回のシンポジウムを企画いたしました。

 今回の催しに際しまして、家永三郎先生にご連絡をいたしましたところ、メッセージを、お送りいただきました。それをご紹介させていただきます。

 

 和光大学で「アジアのなかの教科書裁判」というシンポジウムが開かれるとお知らせをいただきました。私のように今年の夏に裁判を終わった者としては、これから教科書検定問題に対する問題関心の輪が一層広がることを望んでおりますので、大変貴重な企画と存じ、ご盛会を心からお祈りするものです。一九九七年一二月六日 家永三郎

 

四人の先生方から問題提起をしていただきますが、最初にお願いする佐藤伸雄先生は歴史教育に永く携わってこられ、歴史教育者協議会の副委員長を務められておりますが、家永裁判には当初からかかわり、歴史研究者・教育者の立場から支援をされてきた方でもあります。

「『朝鮮』と教科書裁判」についてお話しいただく林哲先生は、四〇年ほど前に日本に来られ、現在、津田塾大学で教鞭をとっておられます。朝鮮の近現代史と国際関係論が専門でございます。

「中国から見た教科書裁判」というテーマでお話をいただく殷燕軍先生は、北京の生まれで、長年中国の社会科学院等で研究をされた後、九〇年に来日され、現在は一橋大学客員研究員として、日本の戦争加害や賠償の問題について研究しておられます。

最後は「教科書裁判と近現代史認識」と題して、永原慶二先生にお願いいたします。永原先生は、一橋大学で長く教鞭をとられた後、本学で歴史学等を担当されました。また「教科書裁判を支援する歴史研究者の会」の世話人として活躍されたので、それも踏まえてお話しいただけると思います。

 

本日は、一二月という最もせわしい中にもかかわらず、問題提起をしていただく先生方をはじめ、このシンポジウムに多数ご参加いただきまして本当にありがとうございました。感謝申し上げます。


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