問題提起1◎シンポジウム・身体表現とジェンダー

写真表現のなかでのジェンダー

笠原美智子 東京都写真美術館学芸員

 

はじめまして。今、私は東京都写真美術館というところで学芸員をしているのですけれども、美術館の学芸員の仕事っていうのは裏方ですから、普通の世間一般の人には知られていませんし、かなり分かりにくい所だと思います。けれども、なじみのない新しい分野なのでできることもいろいろありまして、そこのところを今日お話しさせていただきます。

写真というと、特に日本の場合、何もかも一緒くたにしてしまいますけれども、アメリカとかヨーロッパでは、五〇年ぐらい前から状況が変わっています。和光のような総合大学には必ず写真学科があって、もしくは美術の学部に写真学科があって、文学部に学生がくるように写真学部に来てしまう、まあこれは私の先生が嘆いていた言葉ですけれども、そういう状態です。そこで何をやるかというと、日本のように撮影技術をうんぬんするのではなく、まあそっちの方もやるのですけれども、どちらかというと社会学であったり文化人類学であったり、哲学であったり、そういう他分野も交えた写真史の研究とか、写真評論の研究を学部でもそれから大学院の修士、博士でもやります。

美術館についてお話しすると、日本の美術館は学芸員というわけの分からない称号をだれもかれもが持っていますが、海外の美術館はかなり役割分担がしっかりしていて、絵画の部門、写真の部門、版画の部門、彫刻の部門などがあっていろんな美術館に写真の専門家がいて仕事をしています。特に六〇年代後半から七〇年代にかけて、先ほど井上先生がおっしゃられたようにフェミニズムの大きな波が起こります。そのフェミニズムの波というのは、写真に非常に明確に現れました。一つには写真を巡る環境の変化がかなり大きく作用しています。これからお話しする写真のアーティストたちの、いろんなきっかけは本当にふとした事なんですね。

写真、特に身体表現においては、多くは男性が撮る方で男性が見る方で、観客も男性を想定して、特にヌード写真は男性を想定して、女性は見られる、という視線のポリティクスが成り立っています。これに対して、大学教育をずっと受けて来た女性の写真家たちがちょっと待ってと。

写真の中にも名作と言われているものがあります。絵画においてのマチス、ピカソがいるように、例えばいま写真美術館でやっているスティーグリッツなどはその最たるものです。

しかし、スティーグリッツやエドワード・ウヱステトンの撮ったヌードは名作と言われているけれども、私たちにとってこれが本当に名作なのか、このイメージは前提として男性が見る、男性が作り上げた女性のイメージではないかと、男性が作り上げた女性のイメージにかなり多くの女性の写真家たちが違和感を感じるわけです。特にヌードとは男がイクためのもの、というふうにずっと見られて来ました。だから、エロスを感じないヌードというのは名作ではない、などと言われてきました。だけどエロスを感じないヌードに名作はない、という言葉自体がもうその観客は男だと想定しているわけです。今まで描かれて来たその女性の像、女性のヌードは被写体を、被写体になったモデルを、人間として、その被写体自身を語るのではなくて、男の人の思っている女性像をその被写体を使って、もしくは被写体を物化して、男性の思う、男性の理想とする女性像を創って来た。それはちょっとおかしいのではないか、と思い始めた女性たちは次に何をするかというと、自分の身体を使い始めます。

どうして自分の身体かというと、私たちはもうずっと生まれ落ちた頃から社会のジェンダー役割、女の役割とか男の役割とかにずっと染められて来ているわけです。それを社会化といいますが、女とはそういうものであるとか、女らしさとはこういうものであるというのを、意識的にしろ無意識的にしろ本当に毎日空気を吸うように触れています。例えばテレビでちょっとした女のしぐさとか、駅に貼ってあるポスターとか、ちょっとした言葉、お母さんたちの教育など、空気を吸うように社会化を受けています。だから、生物学的にセックスが女であるからといって、男と異なる見方ができるとは限りません。男の人が今までモデル、被写体を物化し、抽象化してきた事を、生物学的に女である人が撮っても男性の見方はもう女自身の、内部に入って来ているので、そういう女の像がちょっとおかしいのではないかと思って、新しい像を創ろうとしても、自分自身がそういう姿に慣らされて来ているから、もし他人を使ったら、男の人がやってきたこと(身体の抽象化、身体の抽象化は精神の抽象化につながりますから)を、また繰り返すのではないか、と恐れたわけです。彼女たちはそういう危険を冒さないために自分自身を使い始めます。その流れの中でかなり有名になったアーティストにシンディー・シャーマン、ジュディー・データー、レザミー・ファイタルなどがいます。

これからお見せするスライドは、ハンナ・ウィルケの作品のスライドです。ウィルケは去年の『ジェンダー│―記憶の淵から』という展覧会に出品していただいた方です。といっても、もう三年前にお亡くなりになっている方ですが、彼女の作品を通して現代の身体表現を考えていきたいと思います。

ウィルケは六〇年代、七〇年代のポップ・アートやハプニングといった、アメリカの大衆文化の中でスター扱いをされた女性です。彼女の作品は写真だけではなく、どちらかというと絵や彫刻、それから特にパフォーマンスが有名な方です。今お見せしているのは一九七四年の作品です。彼女のテーマは若い頃からずっと後にお見せする死の直前に撮られた作品までずっと変わらず〈女のエロティシズム〉です。女のエロティシズムというのは、この九〇年代も終わろうとしている今は女性も恥じらいもなくエロティシティズムを表現するようになった、と言われていますが、これについては私は反論があります。

けれどもウィルケが発表していた六〇年代、七〇年代はアメリカでさえ、女性が自分自身で自分の性、自分のエロスを表現したり、語るというのは非常にまれなことでした。その先駆者がジュディー・シカゴだったと言われ、彼女は膣を形どった《ディナー・パーティ》という作品を発表しました。その前にウィルケはやはり膣の形をチューインガムで創って、自分自身の身体に張り付けて女のエロティシズムを表現するという非常に先駆的な作品を作った人です。けれども、彼女の作品は、特に若い頃の作品は非常に誤解をされました。どうして誤解をされたかと言うと、彼女の身体というのは見ておわかりのように、今までの男の理想像そのままだったからです。つまりはプロポーションが非常に良く、美しい顔をもっていて、それで亜麻色の黒髪と言う、今まで男性の理想像として描かれて来た女性像にぴったりだったのです。それゆえに、いくら彼女自身が自分自身のエロティシズムを女性が表現したいんだと言っても、逆に男性のこれまでの理想像を助長する、評価するような形で受けとられて来ました。

そういう若い頃のウィルケの作品から、今お見せしているのは遺作となった《イントラ・ヴィーナス》という作品です。若い頃の作品から急にここに飛ぶとギャップがあるように思われますが、彼女はずーっと自分自身の身体を使って、特にヌード、裸体を使って女のエロスを、女の身体で女の言葉で、女の身体表現で表現して来た人です。

 《イントラ・ヴィーナス》はガンに冒されて病院の中で自分自身を撮った、かなり大型の写真です。左は抗ガン剤で髪の毛が抜けおちた自分を表現しておりますし、右はマリア像に自分自身を見立てて撮っています。彼女はずっと自分自身の姿を撮り続けました。たとえガンになったとしても、たとえ年老いても、ずっと自分のエロスを追求するわけです。今私が「たとえガンになったとしても、たとえ年老いても」と言いました。「今まで女の性やヌードはずっと撮られる側だった」と言いましたが、実はその言い方も間違いで、若くてきれいで、人種的に言えば多くは白人女性が撮られて来たわけです。

ウィルケの主張をかい摘まんで言えば、「世間では病気になればまず病気を優先して病院に入り患者にならなければならない。自分でも女でもなくて、まず患者というものが優先する。だが、そうじゃないんだ、たとえガンに冒され、患者という状態になっても、その前に私は自分自身であり、女であり、病気という変化によって私のエロティシズムの追求は変わらないし、もっとはっきり言えば、私の性的な欲求というのも全く変わらない」と、それをずっと表現するわけです。

次にお見せするのも《イントラ・ヴィーナス》のシリーズです。若い頃の作品が非常に誤解を受けて来た、と言いましたが、この作品によって彼女が一生かけてやって来たことが非常に明確になったと思います。私は年齢を重ねることによって女としてあがらない。あがってしまうと思うのは男の創った幻想である。私は死ぬまで女だし、死ぬまで性的な欲求をもっているし、死ぬまで自分自身のことを見つめる。そういう表明が《イントラ・ヴィーナス》という作品に非常に徹底して流れています。

初めて見る人はびっくりする、非常に衝撃的な作品なのでたじろぐ方もいらっしゃると思うのですが、ウィルケだけが例外的な存在というわけではなくて、女性のアーティストたちが女の像や身体表現を自分で獲得し、自分で表現していこうという彼女たちの一連の動きは一つの流れです。はっきり言ってしまえば、今までの美術史、写真史では一般的な歴史の中であたかもこれが本流、これが一つの価値、これが美、という普遍的なものだと言われて来たのですが、それは今までの男の人たちが見て来た美の一つの価値観であって、もっと違う価値観があるのだと。本流に対しての傍流ではなくてそれぞれが独立してあるのだ、という試みを始めたわけです。

ウィルケの作品が続きます。これも《イントラ・ヴィーナス》シリーズの一つです。これは、陶でできた作品です。見てくださると分かるように若いころにチューインガムで膣の形を作って体中に張った、その膣の形を陶で造って色をつけています。この作品は、《青い空、ブルースカイ》と言うタイトルです。彼女は自分の死、死を自覚して創っている作品なんですね。《イントラ・ヴィーナス》というのは。「死んだ後に自分自身が焼かれて灰になった自分」というように見立て、なおかつ青い空というタイトルをつけている非常に感動的な作品です。

今、美の基準を私たちはあたかも普遍的なものとして教わったり、教育をされて来たと言いました。それにはちょっと説明が必要です。六〇年代後半から七〇年代のフェミニズムの影響から出て来た女性の写真家たちの動きには色々な段階があって、初めは今までの女性の描かれ方とか男性によって色々に規定されて来た自分を解放して行く、もしくは自分たちの像を自分たちで創る、というような所から始まったのですが、その中にもやはり批判が起こって来ます。どういう批判かというと、「あなたたちはそう言うかもしれないけれど、あなたたちがやっていることは中産階級の女の白人のスタンダードであって、例えば黒人の女性の立場だったら同じことは言えないだろう。例えばアメリカに住むアジア系の女性たちだったらまた違うことを言うだろう。例えば二〇代と五〇代と八〇代の美はまた違うだろう。時代によっても違うだろう。宗教が違ったらまた違うだろう」と。

一つのスタンダードに対してのアンチをひとつ創り始めたのだけれども、そのアンチをつくることさえも違うのではないか、もっと色々な美の基準があって、それぞれに等しく重要な価値をもち、同じ強さをもって存在するんだ、ということが九〇年代以降出て来たことです。

これは劉虹さんという人の作品で、『ジェンダー展』に出た作品で、先週まで世田谷美術館の『アメリカン・ストーリー』という展覧会にも出品されていました。劉虹さんは中国に生まれて、今四三歳ぐらいかな、お父さんは彼女が生まれてすぐ国民党にいたために投獄されるんですね。劉虹さんは知らずに中国本土でずっと教育を受けるんですけれども、中国の文化大革命で農家に下放させられます。彼女は下放した三年後に北京に戻って美術大学を出て、それからアメリカに渡って、UCLAバークレー校を卒業します。そしてそのままアメリカに住むことを自分で選択して、今アメリカのミルズ・カレッジで先生をしています。彼女の作品は非常に分かりやすい作品なんです。テーマは中国の女性たちが歴史的にいかに扱われて来たか、それから現在の自分自身の像、歴史と自分自身の像を見つめるということを劉虹さんはずっとテーマにしています。

次の《レジデント・エイリアン》という作品はグリーンカードを題材にしています。アメリカの在留外国人に永住権を与えるときに供給されるカードです。彼女は名前の欄に「フォーチュン・クッキー」と書いています。フォーチュン・クッキーというのはご存じのように、アメリカの中華レストランに行くと最後にデザートみたいな形で請求書と一緒に出てくるおみくじ付きのクッキーのことです。何でフォーチュン・クッキーという名前を自分自身でつけたかというと、フォーチュン・クッキーというのはアメリカでは中国人のシンボルというか、アメリカ人にとっては非常に中国的なものなんですね。だけれども実際に中国にはないんですよ。フォーチュン・クッキーに彼女自身が自分のアイデンティティを重ねて描いているわけです。自分自身がアメリカにいて非常に中国的に思われるのだけれども、フォーチュン・クッキーのようにそれは幻想ではないかと、自分自身の非常に不安定な立場というものを表しています。こういう流動するアイデンティティ、色々な価値観の連立、かなり色々な面で女性作家たちに出て来ます。

後で浅野さんが話されるので、これを選んだのですが、これはローリー・トビー・エディソンとデビー・ノトキンの共同作業で《Women En Large》という作品です。これはファット・フェミニズムの一環として製作されています。さっき美の基準に一定のものはない、と言ったのですけれども、まあ詳しいことは浅野さんが後に話されるので、簡単に彼女たちの活動というか、主張を言っておくと、「わたしたちは美しいんだ。わたしたち〈も〉美しいのではなく、わたしたち〈は〉美しいんだ。細いあなたがきれい、と言うのだったら、わたしたち〈は〉美しいんだ、両方とも同じ強さで美しいんだ」ということを彼女たちは言っているわけです。

男性が創って来た美の基準に縛られている。特にプロポーションとか若さとか、そう言ったものに縛られている、それは女だけではないのですね。こういった女の動きによって男性の像というのも変わって来ています。ヌード写真といわれるものの九〇%以上は女性が被写体だった。男性は描かれないことによってその権威、威厳を保って来たという歴史があります。男性のヌードというのは数は少ないながら、それでも撮られて来ました。〈描く〉ときには、例えばギリシャ彫像のような非常に理想的な像、筋骨隆々でそれこそプロポーションが整った理想形を創ってきました。女以上に年を取ったり、体の線が崩れたり、形が悪かったり、ちっちゃかったり、というようなものは描かれて来なかったわけです。女以上にそう言った身体表現に縛られて来た、という歴史があります。そういった男性像にクサビを打つような作品も最近出て来ています。

お話しする時間がないのでぜひ、写真美術館にいらして下さい。最後は宣伝になってしまいますけれども、現在開催している『スティーグリッツとその仲間たち』展は、どちらかと言えば、いま私が話した批判となる近代写真を創ったといわれているスティーグリッツの作品です。ぜひ、批判的に観ていただきたい、と思います。来年はその批判的な視点でのヌードの展覧会を企画しておりますので、それにもぜひいらしてください。本当に時間がないので要旨だけのつたない話になってしまいましたけれども、私の発表はこれで終わりたいと思います。


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