どうなる? 家族法改正

 

吉岡睦子 弁護士

 

一、家族法改正の経過と背景

 家族法の改正問題について、ある程度基本的なところもご説明しながら、最新の法改正情勢も含めて、お話ししてみたいと思います。

 まず、家族法改正の経過と今回改正の背景についてですが、資料の家族法改正年表を見ていただけるでしょうか。これは明治民法以来の家族法改正の動きをまとめたものです。明治民法は、現在の民法から見れば、かなり男女差別的な規定も多くて、いわゆる家制度に基づく家族法でしたが、明治民法でさえ、できるときにはわが国古来の祖先崇拝を中心とする大家族主義に反するとして、大反対の議論があったようです。「民法いでて忠孝滅ぶ」というふうなことが言われたくらいで、今と隔世の感があるんですけれども、そういう議論もあって成立したのが明治民法です。

 戦後日本国憲法の下で、この明治民法が一九四七年に大改正されたのは、家制度そのものが、日本国憲法の個人の尊厳と両性の平等という理念に反していたからです。特に男女不平等の部分は、ほとんどの部分が改正されまして、現在の民法になったわけですけれども、一つは非常に改正作業を急いだのですね。しかも、当時の日本の状況ですから、依然として家制度を残したいという存続派の強硬な反対論も強かったわけで、そういう反対論をなだめすかしながら急いで法改正ということでしたので、改正が不十分に残った部分があったわけです。ですから当時衆議院の附帯決議として、今後残った部分については改正を行なっていくということがわざわざ付け加えられているくらいです。

 ところが、当時の予測に反しまして、家族法、特に今回問題になっています結婚・離婚法の部分については、前回のこの大改正から五○年近く経つわけですけれども、ほとんど手直しなしに今日まできています。戦後のこの大改正のあとの法改正部分というのは、限られておりまして、一つが七六年の婚氏続称を認めるということですね。これは結婚・離婚規定の部分ですが、それから八○年の相続法改正、それから八七年の養子法の改正。この三つだけなんです。相続法の改正は妻の法定相続分を三分の一から二分の一への引き上げを含むものだったのですが、養子法の改正は、特別養子制度が新設されたものでした。婚氏続称というのは離婚の時に、それまでは氏を改めた配偶者は離婚でもとの旧姓に戻るということが義務付けられていたわけですが、結婚後の名字を使い続けてもいいし、旧姓に戻ってもいいという選択権が認められたのです。結婚の出口の部分で選択を認めたという改正だったわけです。これが結婚の入口で選択権を認める選択的夫婦別姓という議論につながっていくわけです。

 それからもう一つは、五○年近くの年月の中で、当時は十分と思われていた民法の規定の部分でも、今日の感覚では不十分だということで改正が問題になった部分があります。

 この間の内外の動きなんですけれども、七五年の国際婦人年を契機として、国際的な女性の権利が進展しまして、女子差別撤廃条約が採択されました。日本も、八五年にこの条約を批准し、二○○○年に向けての男女平等実現のための国内行動計画が作られました。この新国内行動計画の改訂版に、結婚・離婚法の見直しがはっきり明記されています。ですから民法改正は外圧を受けての政府の公約というべき行動計画の中で予定されていた作業であるということが一つの背景です。

 国内の動きとしても、女性の職場進出が進む中で、権利意識が高まってきて、夫婦別姓について、女性たちの市民運動が起きてきました。これはあんまり古い話ではなくて、本格的に夫婦別姓の運動が高まったのはだいたいここ一○年ぐらいなんですけれども、弁護士会もそれ以前は必ず戸籍上の名字で登録しないといけなくて、弁護士活動も戸籍上の名字でしかできないということだったのですが、約一○年前に通称使用を認められた第一号の女性弁護士が出ました、それ以降最近の登録している若い人をみますと、多数が通称使用という状況です。通称使用している方は弁護士名簿の下に括弧で戸籍上の名字が別に書いてあるものですからすぐわかるんですが、かなり一般化していると思います。ただ、日本全体で見ますと、通称使用のみとめられているケースはまだまだ少数派で、最近の調査ですけれども、企業に対して採ったアンケートではだいたい二割ぐらいの企業で通称使用を認めているという結果がでています。

 特に注目されるのは、裁判に訴える形で動きがでてきたということです。まず、住民票続柄裁判といって、武蔵野市の職員の事実婚夫婦、つまり婚姻届を出さないカップルが、子供につき婚外子として差別されるのはおかしい、つまり婚外子の住民票の続柄の書き方を、めぐっての憲法訴訟を起こしました。それから関口礼子さん、図書館情報大学という国立大学の教授の方です。別姓を通称として使用したいということで大学に求めたのですけれども、大学から拒否されました。八八年に裁判に提訴され、去年東京地裁で判決がでたのですが、残念ながら、まだ通称使用する権利というのは、権利として社会的に容認されていないという理由で、敗訴しました。先に述べた住民票続柄裁判も、結果としては敗訴だったのですが、理由の中で裁判所は続柄の表記自体は憲法違反だという判断をしています。

 具体的な法務省の改正作業は、九一年から始まりまして、今年で四年目なのですが、九四年にようやく要綱試案という形で法制審議会の審議結果がまとまりました。これは最終案ではなくて、もう一度最終的な要綱がでる予定なのです。法務省の一応のスケジュールとしては、来年の二月くらいに最終案をまとめると言ってますので、スムーズにいけば来年の通常国会で成立というスケジュールになっています(注:九六年二月末に要綱が答申されたが、通常国会提出は見送りとなった)。

 次に、内圧外圧と申し上げたのですが、そのさらに背後にある結婚・離婚観の様変わりということが、改正作業の大きな背景になっています。この結婚・離婚観の様変わりという具体的な内容につきましては、井上輝子先生たちが出されています「女性のデータブック」などの統計資料などを見ますと、如実に表われています。簡単に言いますと、今の結婚の状況として、少子化とか晩婚化とか、ライフスタイルが多様化しているということがあるわけです。今まで結婚の目的をどこに求めるかというアンケート調査をしますと、経済的に安定するという選択肢を選ぶ人が多かった。特に女性の場合が多かったわけですが、結婚して子どもを産んでというのが、女性の唯一の人生、女の幸せと思われていた。それが最近では、結婚に対して経済保障よりは精神的な結び付きを求める人たちが増えてきています。そして結婚が唯一の選択肢、永久就職でなくなってきているわけですね。それから離婚についても、結婚観の裏返しとしまして、相当イメージが変わってきていまして、今まで離婚した母子家庭というと、本当に暗いイメージで、かわいそうな家庭という捉え方がされていたわけですが、バツイチという言葉が流行りましたように、前向きというか、明るいイメージで捉えられるようになりまして、子どもとの関係についても、従来は子どものためにいくら夫婦の仲が悪くなっても我慢するという人が圧倒的に多かったわけですけれども、むしろ最近の調査を見ますと、子どものためにも仲の悪い夫婦は一緒にいない方がいいんだという人たちが増えてきています。子はかすがいでなくなってきているわけです。離婚件数は日本でも増えてきて、年間二○万件に近づいているのですが、そういう中でも中高年の、子どものある夫婦の離婚が増えてきているという状況です。こういう結婚・離婚観の変化を、改正作業の中で反映していこうというのが今回の動きです。

二、要綱試案の内容について

 具体的には要綱試案の中身ですが、大きくわけて論点としては六つくらいあります。一つは結婚年齢の問題、二つ目が再婚禁止期間、三つ目が夫婦別姓、四つ目、五つ目が離婚の問題なのですが、離婚における破綻主義の導入、それから財産分与、そして六つ目が婚外子差別というふうに分かれています。

1 婚姻年齢

 まず、結婚年齢は、いわゆる何歳から結婚を認めるかという問題です。ご承知のとおり今の民法は、結婚年齢について男性一八歳、女性一六歳というふうに二歳も年齢差があります。この年齢差がなぜあるかとか、合理的な差なのかという問題について、女性差別撤廃条約批准のころから、これは憲法違反だという議論が盛んにされていました。弁護士会も条約違反だという意見書を当時出していました。明治民法の中で男性一七歳女性一五歳と二歳の差があったのですが、戦後民法改正した時に、一歳ずつ引き上げて一八歳と一六歳というふうにしたのです。今まで憲法に違反しない理由として言われてきたのは、女性のほうが肉体的精神的な成熟が早いという説明です。不合理な差別には当たらないということだったのですが、現在、そういう成熟度の問題として一般化する議論というのは、あまり説得力がない。女性差別撤廃条約批准の際の議論はこの年齢差は、性別役割分業意識が前提にあるという指摘です。男は結婚したら妻子を養わないと一人前ではないが、女は家事育児ができれば良いのだから一六歳ぐらいで十分だということです。諸外国の立法状況を見てみましても、男女同一の結婚年齢としている国が圧倒的多数で、一八歳で統一という国が多いです。しかも諸外国では成人年齢と一致させまして、成人年齢と結婚年齢をともに一八歳にしています。子どもの権利条約でも、「子ども」の定義は一八歳未満です。日本でも、今回成人年齢も改正することは不可能ではないのですが、一応、結婚・離婚の問題だけに限っているため、成人年齢には触れていません。成人年齢に触れだしますと、選挙権の問題もあり、国会議員は神経質になります。それから少年法の関係で、刑事処罰年齢との絡みでも成人年齢が関わってきますので、かなり大問題です。そこで議論をそこまで広げないで、とりあえず結婚年齢のところだけ一八歳で統一しようということです。いずれは一八歳を成人年齢にするという方向に日本もなっていくのだろうと思います。アメリカの裁判例などを見ますと、むしろ婚姻の自由、子どもの自己決定権との関係でもっと早くから結婚の権利を認めてもいいのではないかという裁判例がけっこうあるのですね。一八歳と定めている州で、一六歳で婚姻の自由を認めることを求める裁判が起こったりなど。ですから、今回一八歳に統一するというのは、一見子どもの自己決定権という意味では、逆行する動きというふうに見えないこともないわけです。その議論が多少あるのですけれども、現実に国際的に見ると、特に女性の場合、女性が早婚の国というのは、女性の社会的地位も低いということで、識字率を見ましても、学校に行っていない子どもの割合を見ましても、女性が圧倒的なのですね。そういう女性の教育権、十分な教育を受けさせるという趣旨からすると、また日本の今の進学率等を考えても、一八歳にそろえる方がベターであろうという説明がされています。ただ将来的には子どもの自己決定権の関係で、一六歳に統一しろというような裁判が出てこないとも限らないわけです。今日本でも一六歳以上一八歳未満の婚姻をしている人が、年間三○○○人弱いるんですね。そういう人たちを切り捨てていいのかどうかという問題もありまして、例外的に家裁の許可があった場合にだけ、認めてもいいのではないかという議論もあったわけです。

 ところが家裁の許可を条件にしますと、ではどういう基準で許可するのかということが問題になるわけで、妊娠したから許可するという、そういう理由もまさか裁判所で付けられないですし、たとえば相手が暴力団だったという場合に、暴力団員だから結婚してはだめということも言えないでしょうし、結局許可の基準を、みつけるのが難しいということで、この案も見送りになりまして、最終的には一八歳で統一して、例外を設けないということになりました。だから、今の三○○○人弱の人たちというのは、一八歳になるまでは事実婚という形になるわけで、一応要綱試案ではそういう結論になっています。

 ところで、試案では、未成年者の婚姻につき、父母の同意の制度は維持するということになっています。この制度は沿革的に見れば、家制度からきていまして、明治民法では結婚に男三○歳、女二五歳まで、戸主と父母の同意がいるとされていました。戦後の改正では未成年者の婚姻だけに限って、父母の同意を要求しています。この父母の同意というのは中途半端な制度で、父母が死んでいる場合、あるいは行方不明の場合、同意はいりません。また、父母の同意があるように見せかけて、父母のサイン欄に子どもが勝手に書いて出したらどうなるかというと、他の婚姻要件ですと、取消しになる場合があるのですが、父母の同意だけは出したらもう取消しはできないということで、まさか勝手に書きなさいと奨励はできないのですけれども、そういう中途半端な制度なのです。だからそれならばいっそ廃止した方がいいのではないかということです。あまり一気に過激な改正をしたくないというのが、法務省の意向ですので、とりあえずお父さんお母さんの意見は聞いてくださいという趣旨で、父母の同意は残しておくという結論になっています。

2 再婚禁止期間

 それから次に再婚禁止期間ですけれども、これも沿革的には、寡婦の服喪期間、あるいは、「貞女二夫に見えず」という、インドのようにサッティという夫が死ぬと妻も殉死するという習慣があった国もありますけれども、そういう倫理的な意味合いがあるわけです。でもこれは国によって相当違っていまして、日本の再婚禁止期間は六ヵ月間あるわけですがフランス民法を参考にしたと言われています。フランス民法では三○○日の再婚禁止期間があります。それがどうして六ヵ月になったのかという説明ができないのですが、三○○日では少々長すぎるから半年ぐらいにしておけという、どうもここもあまり厳密に議論した形跡がないのですが、ともかくそういう経緯で再婚禁止期間はあるわけです。

 諸外国を見ますと、大陸法系の国はわりにあるのですね。英米諸国とか、北欧諸国、これは一切なしです。東南アジアとか、その他の国々は私も調べたことがないのでわかりませんが、ご存じの方教えていただきたいのです。要するに大陸法系ではある。しかも期間もわりに長くて三○○日というところが多いのです。ドイツ、フランス、イタリア、スイス、ルクセンブルグ、オランダあたりですね。ただドイツは廃止の意見が出ているという話を聞いています。法案も作られているということです。おもしろいのはスイスでして、スイスは男女とも再婚禁止期間があるということです。しかも離婚原因で区別しまして、姦通者については一年から三年と期間が長くなっています。オランダは寡婦についてだけ三○六日と中途半端なのですが、そういう規定がある国もあります。

 日本での議論というのは、まさか寡婦の服喪期間だなんていう説明は絶対できませんから、今、憲法に違反しない説明としては、子どもの福祉のためということです。これは、子どもの嫡出推定という規定がありまして、いわゆる父親を推定する期間というのが、法律上きちんと決まっているわけです。結婚して二○○日後、離婚して三○○日以内、離婚でも死亡による解消でもいいのですが、三○○日以内に生まれた子は夫の子と推定するとしています。その期間との関係で、すぐ再婚を認めますと、父親が前の結婚の父親か、後の結婚の父親かわからないケース、父親推定が重複するケースが出てくるわけですね。そういう事態を防ぐために、再婚禁止期間を設けたという説明がされています。

 現在の議論では、六ヵ月は長すぎるという点では、ほぼ異論はないわけです。今の嫡出推定との関係でいいますと、一○○日というのがぎりぎり重複しない期間です。ですから一○○日に短縮するか、あるいは女性のみに婚姻の自由を制限する規定だということで全面的に廃止するかという、短縮か廃止かという議論です。

 要綱試案は、短縮説をとっています。ところで本当に一○○日いるかという問題ですが、実は唯一根拠としている子どもの父親の推定の問題は、結局、婚姻届け、離婚届けを基準に全部決められているわけです。ところが、事実上、再婚禁止期間の問題となるケースはどんなケースかといいますと、離婚する前から夫婦関係が破綻していて、ただ離婚が成立しない。そして次のパートナーとの同居とか、事実上の婚姻関係が生じている。そういうケースでやっと離婚が成立したから、再婚をすぐしたいということで、問題になることが多いのです。そうすると、そういうケースですぐ子どもが生まれるという圧倒的多数の場合が、後の結婚の子どもなのです。ですから、そういう意味では、結婚届け、離婚届けを基準に、いくら嫡出推定をしていても、事実上の結婚、再婚というのは防げないわけですから、子どもの福祉といっても、現実には意味がないのではないかということです。

 私が実際に扱いましたケースでも、夫の暴力がありまして、妻は命からがら逃げたわけです。その逃げるときに、「離婚届けに判押してね」ということで夫のところに離婚届用紙を置いて逃げたわけです。ところが、夫の方は「わかった」と言っていたので、妻の方は離婚届けはもうとっくにでていると思っていたのですが、その後新しいパートナーが見つかって、妊娠したわけです。子どもが生まれて、出生届を出そうと思って、戸籍係に行きましたら、なんとまだ離婚が成立していないことがわかりました。

 そのまま出生届けを出しますと、妻がなんと言おうと、新しいパートナーがなんと言おうと、自動的に新しい子どもは、前の夫の戸籍に入ってしまうのです。これは嫡出推定の関係で、たとえ前の夫が嫌だと言っても、入ってしまうのです。ですから、その妻は出生届けを出せないで、前の夫に対して離婚届けを出すよう促して、その後親子関係不存在の調停を出したのです。しかし、前の夫も迷惑がって、裁判所に出てきてくれないわけです。そうこうするうち子どもは六歳になって、小学校入学も間近に迫っているのに出生届けが出せないという状況で、地方裁判所で前の夫との親子関係はないという判決をもらって、その上でやっと新しい夫を父親とする出生届けを出せたということです。

 このように、嫡出推定というのは、父子関係が決められない、それこそ引っ張り合って、強く引っ張ったほうが親だとか、いや手を離したほうが親だとか、そういう非科学的な時代もありますけれども、そういう親子の認定が難しい時代における子どもを保護するための規定という言い方もできるわけです。今の親子鑑定の進歩から言いますと、たとえばDNA鑑定などをしますと、ほとんどの場合、親子関係が一○○%に近い割合でわかるわけです。そういう現状で、こういう硬直的な、しかも強力な嫡出推定規定を存続させていること自体不合理だという批判がされています。

 再婚禁止期間は、この嫡出推定の問題と非常に密接に関わっているものですから、そこの部分とセットで改正できると一番いいのですが、法務省は、夫婦別姓の改正だけでも大問題なのに、加えて嫡出推定の問題まで含めると、もう改正などできなくなるということを言っていまして、今回嫡出推定の規定には触れない。再婚禁止期間だけ最小限の短縮という手直しをする。こういう結論です。

 弁護士会は廃止説をとっていまして、そんな不合理な規定を前提にした禁止期間というのは、意味がないと言っています。では、もし父親の推定が重複した場合はどうするのかということですが、弁護士会の意見では、さっき申し上げたように、現実的にみて、後婚の子どもの場合が多いということで、後婚の子どもと推定するという考え方をとっています。

3 選択的夫婦別姓

 次に夫婦別姓についてですが、明治民法では家制度をとっていましたから、「妻は結婚によって夫の家に入る」と定められていました。当時、氏というのは、家のマークというか、家の氏ですから、家に入ることによって、イコール夫の氏を名乗る。そういう夫婦同姓制度だったのです。

 戦後の改正の時に、日本政府側としては、妻が夫の氏を称するというシステムを変更したくなかったわけです。民法の改正案の草案を見ますと、妻は結婚により夫の氏を称するという中身になっていたのです。ところが、GHQから、夫の氏を称するというのは、男女平等に反するというクレームがついたわけです。この当時から、中川善之助さんという家族法学者は、同姓制度というのは、結局女性の方が夫の氏を称するという結果になるから、夫婦別姓になってからこそ初めて対等なのだという主張を強力にされていたのです。しかし、結果的には夫婦別姓という案は入れられませんでした。夫または妻の氏を称するという形にしておけば、今の日本の状況から見て、圧倒的多数は夫の氏を使うだろうと。GHQに対しては、男女平等ですよという形をとって、夫の氏を選択の自由という名目で称させるということで、今の夫婦同氏制度ができたのですね。

 この立法者の意図は見事に当たって、戦後五○年経っても、九八%近くの夫婦が夫の氏を使っているということで、形式的平等は達成されているのですが、結果の平等は達成されていないという状況にあります。

 氏というと日本古来のものと思っている人が多くて、別姓の議論をしても、日本古来の氏の制度をなくしてはいけないだとか、家を崩壊させるという議論になるのですが、氏というのが一般的になったのは、明治以降なのですね。それまで庶民は名字がなかったわけです。苗字帯刀は武士などの支配階級のみでした。明治政府が氏を国民全体に広めて、家制度との関係で、戸籍制度を整備してきたわけですが、氏の制度が定着しない頃は、勝手に氏を変える人がいたりとか、あるいは早くつけなさいと言ってもなかなかつけない人がいたりとか、徹底しなかったようです。ところが戸籍制度の完備とともに氏制度が定着しまして、現在では本当に古くからの制度だと思っている人が多いわけですね。

 古来という意味では、いわゆる律令制度の頃には氏姓制度があるわけですけれども、その当時は明らかに、支配者階級の一定のランクづけとするという目的に使われていたわけです。明治政府の氏というのも、ある意味で家を一つの単位として、支配の道具に使われているという点では同じなのです。支配する側の天皇家は、氏がないわけです。

 そういう氏の歴史的な経緯がありますが、この一○年、一五年の間に、夫婦別姓を求める運動が起こってきたということはお話ししました。理念的な問題だけではなくて、女性の職場進出が進みますと、現実的にも、名字を変えると不便、不利益を被る人が多くなります。せっかく得意先に氏名を覚えてもらったのに、また業績が振出しに戻ってしまうとか、名字が変わったためプライバシーに立ち入られる等です。そういう現実面での不都合というものも出てきました。

 要綱試案では、A案B案C案と三つあります。C案は一番今の法制度に近いのですね。通称使用の格上げみたいな制度で、これは夫婦別姓反対という人が、最終的にしぶしぶとる案です。ですから本来の夫婦別姓制度とは言えないので、省いて考えたいと思います。ただどうも情報では、国会議員の間ではこのC案が通説だということなのですね。ですからこれをどう考えるのかということが大問題ですが、実質的な夫婦別姓案というのはA案B案だけです。

 このA案とB案の違いなのですが、実質大きな違いは子どもの氏の決め方です。A案では、婚姻届けの時に子どもの氏を届け出させる。ですから当然のことながら、兄弟全部氏が統一されるということになります。B案の方は、子どもが出生するごとに夫婦の協議で決めるという案ですので、兄弟姉妹それぞれ氏をつけられるという案です。夫婦別姓を支持する人たち、運動をやっている方たちは、ほとんどの方がB案です。あえて反対はしないのだけれども、穏便な改正をして欲しいという人はA案という感じですね。世代によっても反応が違うのですが、この間授業で学生たちに「子どもの名字をどうやって決めたらいいと思いますか」と聞いてみましたら、圧倒的に子どもの名字は子どもごとに決めたらいい、兄弟姉妹別々でいいという意見が多かったです。

 今の状況からいきますと、強力な反対の人がいて、しかも国会議員では、C案の人が多い。一方では改正を進めて欲しいという人たちがいるわけですから、我々の裁判の和解でもそうなのですが、だいたい中をとるのですね。中をとってA案というような可能性が強いわけです。しかしA案のように、結婚届けと子どもの名前を、出産の問題を絡ませることが、果たして憲法、条約上クリアするのかどうかという点が問題だと思います。私は憲法違反の疑いがあると思うのですが、法制審では少数説でした(注:要綱では、子どもの氏は婚姻届け出時に届け出させるものとして、A案に近い考え方を採用した)。

 世間の反応ですが、去年、総理府が夫婦別姓についての世論調査をしています。その結果を見ますと、夫婦別姓に賛成が二七・四%、反対が五三・四%ということで、かなり反対が多いのですね。ところが、同じ年、朝日新聞で調査した統計ですと、賛成が五八%、反対が三二%ということで、賛成反対がちょうど総理府の調査と逆に近い結果です。

4 離婚の破綻主義

 次に離婚の破綻主義についてお話しします。今回の要綱では、裁判離婚の原因として、「夫婦が五年以上継続して共同生活をしていないとき」という、いわゆる五年別居条件を入れる案になっています。現在の民法には「その他婚姻を継続しがたい重大な事由があるとき」という一般的破綻条項があります。これは戦後間もなくできた規定ですが、その当時世界的に見ても、離婚原因に破綻条項を入れている規定というのは珍しくて、日本の民法は、破綻という意味では先進的だったわけですね。

 ところが、特に欧米の場合一九六○年代から離婚の自由化が進み、どんどん破綻主義が浸透したわけです。現在の諸外国の立法例を見ますと、ほとんどの国が破綻主義に移行しています。しかも別居期間を一定の期間で定めている国が圧倒的ということです。日本の場合は有責と破綻が併存しています。

 従来、日本の場合は、破綻と有責の併記という形だったのですが、五○年代といいますと、まだ女性の経済的な立場が弱いということもあったものですから、弱者保護という見地から、裁判所が民法の規定にしばりをかけまして、破綻条項を制限的に解釈してきたのです。それがいわゆる有責配偶者からの離婚請求を認めないという考え方なのです。これは一九五二年の最高裁の判例で、不貞行為をした夫の方から離婚を請求したというケースだったのです。妻の方は絶対離婚してやるものかということで頑張って、最高裁まで争うわけですが、最高裁は結論として離婚を認めなかったのです。それはこういう離婚の原因を作った夫が離婚請求をした場合に、離婚を認めたら、妻は踏んだり蹴ったりである。よって、離婚を認めるべきではないと宣言しまして、これが三五年間にわたって指導判例になったわけですね。

 その間、結婚観、離婚観が変化してきて、離婚に対して比較的寛容な雰囲気がでてきます。それから女性の経済的な地位が向上し、職場進出も進んでくる。あるいは、結婚に対する倫理的な意味合いが薄れた、つまりそんなに何十年も別居しているようなケースで、離婚を認めないと言っても、わかりましたじゃあ元に戻ります、なんていう配偶者はいないわけですから、ただ別居の状態が続くというだけのことで、無意味な判決になるわけです。そういう現実的な配慮もあって、一九八七年に、最高裁の大法廷が判例変更しまして一定の条件があったときは、有責配偶者からの離婚請求を認めることになったわけです。初めて最高裁が判例変更をしたケースは、別居期間が三五年というケースなのですが、最高裁はその後別居期間をどんどん短縮しまして、九二年の時点で、八年弱の別居期間でも有責配偶者からの請求を認めるというところまで短縮してきました。

 今回の法改正ではそれをもう一歩進めて、はっきり別居期間を明記したものです。ここについては、女性たちの間でも意見が分かれていまして、要するに女性の平均賃金はまだ男性の約半分という状況のもとで、そんなに簡単に離婚を決めていいのかという議論です。マスコミによっては「妻の座がどうなるか」なんていうタイトルをつけていた記事もありましたけど、私など「妻の座」なんていう「座」があるのかなあと首をかしげたのですが、反対論はそういう議論です。改正案が、妻の座を脅かしているという発想です。

5 財産分与二分の一ルール

 財産分与については、原則二分の一という基準を明確にするということです。要綱試案を見ていただきますと、どこにも二分の一なんて言葉は書いていないわけです。「各当事者の寄与の程度は、その異なることが明らかでないときは、等しいものとする」と書いてありますが、これが二分の一ルールと言われるものです。

 日本の財産分与制度というのは、歴史的には割と新しくて、戦後できた制度なのです。明治民法では財産分与というのはなかったのですね。欧米諸国では、財産分与はアリモ二ーという離婚後扶養の形で長く定着してきていまして、離婚しても一生妻の面倒をみる義務があるとされていたのです。日本の場合は、あまり離婚後扶養という概念は定着していなくて、慰謝料的要素を財産分与の中に盛り込んで、むしろそれが中心になっているのですね。しかも低額です。日本の財産分与の特徴としては、低額であること、それから有責性に依存しているということにあります。

 今の家庭裁判所の基準ですと、二分の一というのが定着してきてはいるのですが、地方裁判所のレベルですと、いわゆる専業主婦の場合だいたい三分の一程度というのが相場だというふうに言われています。ですから今回二分の一ルールというのが入ると、財産分与の水準が上がることになります。

 それともう一つ新しい理論として、離婚後補償という考え方が導入されています。従来の財産の分与は、夫婦生活中に、共同して作った財産の清算ということになるわけですけれども、その清算する財産がないというケースが多々あります。結婚期間が短くて財産がないとか、サラリーマンで貯金はないが所得能力はあるなど。そういうケースについて、それぞれ離婚して再出発する際の経済的なアンバランスを是正するという観点から、離婚後補償の考え方が提唱されて、この要素を財産分与の中に取り入れているわけです。これはまったく新しい概念です。欧米ではこれがかなり定着しています。むしろこれからの財産分与は、慰謝料中心、有責性依存ではなくて、再出発のときにどう財産的公平を確保していくかという観点から決めていきましょうという考え方です。

 今まで、死亡による婚姻解消のときは、妻の相続分は二分の一で、遺族年金がもらえるかとか、税金でも寡婦控除があるというふうに、いろいろ手当があったわけです。ところが、離婚の場合は二分の一はもらえない、遺族年金はもらえない、というふうに、離婚による結婚の解消が、死亡における結婚の解消と比べ、経済的に見て相当アンバランスになっているわけですが、二分の一ルールが入ることによって、かなりその辺のアンバランスが是正されるのではないかという期待がされています。

 もっとも、フェミニズムの学者の方たちの間では、そんな二分の一ルールなんて入れると、専業主婦の立場を固定化することになる、財産分与には、家事労働を評価する部分もあるわけですから、大きく見れば、女性のためにならないのではないかというふうに言う方もいます。家事労働の評価をどう見るかという問題はあるわけですけれども、私個人の意見としては、今の時点で、しかも破綻主義を積極的に導入する姿勢があるとすれば、二分の一ルールは取り入れた方がいいと思っています。将来的にはそういうことをきちんと入れなくても、夫婦別産制ですから、夫婦各々自分の財産を持っているという状況が理想なわけですけれども、現状ではやはり二分の一ルールが妥当なのではないかと思うわけです。

6 婚外子差別の撤廃

 それから、婚外子差別の部分なのですが、従来の改正議論の中で全くこの部分が落ちていたのです。ところが、ここ二、三年この問題についての動きが非常に目覚ましいものがあったものですから、要綱試案に急きょ入ってきました。婚外子と婚内子の相続分を同等にするという案なのですね。これは実は、一九七九年に相続法が改正される議論のときにこの相続分同等の案が入っていたのです。ところが、その時の世論調査で、反対論の人が圧倒的に多いということで、要綱試案まで入っていたのに、法改正が見送られてしまったのです。そのあとずっと動きがなかったのですが、最近になっていろいろな裁判で憲法違反であるということを争うケースが増えて、九三年六月の東京高裁の初めての違憲決定、そのあと雪崩を打ったようにどっと違憲の判断が相次いだわけです。去年の一一月の東京高裁の二度目の違憲判決、それから児童扶養手当、これは民法ではないですが、児童扶養手当の支給差別についての奈良地裁の違憲判決、それから川崎家裁の違憲決定というようなことで、実務では違憲という判断が定着しつつあります。

 それから国際的にも国際人権規約を審議する、国際人権規約委員会というところがあるのですが、そこでも日本の民法が国際人権規約に抵触するという異例の勧告が九三年一一月に出されまして、そういう内外の状況から改正に加えられたのです。

 この問題につき、九五年六月七日に最高裁の大法廷で弁論が開かれまして、マスコミの噂では七月中にも大法廷判決が出るのではないかという状況です(注:最高裁多数意見は合憲との判断を下した)。今回こそ、法改正は大丈夫だろうと見ているのですが、子どもの権利条約が批准されたということもあって、この問題は本当に子どもの権利条約が国内で定着しているかについての一つの試金石だと思います。

 最後に家族法の今後について、どういう方向が目指されるべきなのか、という意味ですが、去年は国際家族年といわれましたが、国際家族年の宣言では、唯一の理想の家族像の追求を避けるべきであるということを言っているんです。それは、家族の多様化ということと関係すると思うのですけども、この家族だけが、唯一の理想的な家族だという考え方で、家族政策、ならびに家族法を作ってはいけないという意味です。スウェーデンは既にこの考え方が柱になっているそうで、いわゆる国家中立の原則が、家族政策の大きな柱だというふうに言われています。家族そのものの多様化を容認する方向にあるということと、家族の中においても、個人選択とか、個人の自立とか、そういう面が強調されつつある。国際家族年でも、家族そのものが、個人の権利、つまり特に女性や子ども、高齢者などの弱者の権利を侵害することもありうるのだということを言っています。家族が抑圧機能を持つ場合もありうると。ですから、家族が先にある中に個人があるのではなくて、やはり個人の生き方が先にあって、個人がどういうライフスタイル、家族を作っていくかという、そういう問題として捉えていくという方向です。それが目指される家族及び家族政策の方向というふうに言えるのではないかと思います。そうなると、今の民法では法律婚をかなり絶対視し、それ以外の婚姻形態というのは冷遇されているわけですけれども、そういう区別も将来的にはされるべきではない。それから、同性カップルとかですね、シングルなども、一つのライフスタイルと見ていく。現在は、世帯単位できちんと家族システムができていますから、これからはなかなか難しいことだと思うのですが、いずれは個人単位システムに切り替えていくということが、大きな課題です。この民法改正がそういう方向に進む一つのきっかけになってくれればいいなと願いながら改正の審議に関わっている状況です。

 

〈付記〉

 本稿は、フェミニズム・ジェンダー研究会が、一九九五年七月五日に開催した吉岡さんの講演記録に、加筆していただいたものです。吉岡さんは、弁護士として法廷活動に従事しつつ、日弁連「両性の平等に関する委員会」委員として、夫婦別姓、離婚、婚外子差別の問題などに取り組んでこられました。また法務省法制審議委員会身分法小委員会幹事として、今回の民法改正要綱試案の審議にも関与されるなど、家族法問題の専門家です。本学では一九九一年度から九五年度に講師として、「法学B」(「変わりゆく家族と法律」)を担当していただきました。

 本稿で紹介されている「民法改正要綱試案」についての各方面からの意見を取り入れて、一九九六年二月に法務省は「民法改正要綱」を発表し、国会上程を図りましたが、国会周辺には反対論が強かったようで、結局一九九六年度の国会提出は見送られ、九七年一月現在、民法改正案はまだ日の目を見ていません。民法改正の行き先が注目される現在、戦後以来の家族法改正の経緯を解説し、今後の方向性を示した本稿の意義は大きいと思われます。

(井上輝子)