問題提起1
伝統中国による人権概念

橋本堯 人文学部教授


ご紹介いただきました文学科の橋本でございます。私はこの分野の専門家ではありませんが少しでもこのテーマの参考になれば幸いに思います。

まず、「伝統中国に『人権概念』はあるだろうか」という問いに対して、私が「ない」と答えてしまったのでは実も蓋もありませんから、それならば「なぜ『人権概念』がないのであろうか」という二番目の話題に移りたいと思います。その解答を求める手がかりとして、三つほど考えてみました。

一つは、伝統中国の思想や政治にラディカルな批判を行なった人物の言説を参考にするのがよいかと思われます。その中で二人とりあげてみます。一人は李贄(一五二七〜一六〇二)、字は卓吾、日本の方には李卓吾の名前で知られていることと思います。もう一人は譚嗣同(一八六五〜九八)、字は復生、この人は字ではなく譚嗣同の名で知られています。両者の言説の説明をすることから話を進めていこうと思います。

李卓吾は明代(一三六八〜一六四四)末の人であり、陽明学〈左派〉の学者として有名な人物です。著書として代表的なものに『焚書』『蔵書』などがあります。また文学評論も試みており、これまで俗な文学とされていた戯曲や小説に初めて価値を見いだし、例えば『水滸伝』について『史記』と肩を並べられるほどすばらしい文学であると評価した人でありました。実は私は修士論文でこの人物をとりあげたという縁があります。

彼の言説特徴を簡単に言いますと、中国史上初めて孔子を相対化したといえます。それまで中国では長らく孔子は聖人として位置づけられていた絶対的な存在でありました。それに対し李卓吾は「天、一人を生ず、自ずから一人の用あり」と説いているように、人間は孔子の存在に関わりなく、その人間がこの世に生まれてくるのはその人でなければならない存在価値があると反論したのです。これは孔子を相対化したと同時に人間そのものの価値を説いたといえます。

中国では、ありのままの人間では価値がなく孔子の教えを身につけてはじめて人間としての価値を認められるという考え方が長い間支配的であったのです。しかし李卓吾の言説はあまりにも急進的であったため、彼は〈妖人〉として逮捕され、北京の監獄で自殺してしまいます。その後李卓吾の著書は版木ごと全て焼かれ、明代の次の清代には禁書とされ、復活は清末まで待たなくてはならなくなります。せっかくの李卓吾の言説は、そこで立ち消えになってしまうわけです

もう一人の譚嗣同はきわめて短命でありました(西太后らによって処刑される)。変法派であり、その著書『仁学』は現在では岩波文庫版で容易に読むことができます。彼はたとえば支配者のための徳目としての忠、孝とは逆用はできないものであると説いています。どういうことかと申しますと、忠、孝とは君主が家来に向かって忠を尽くせといい、親が子供に向かって親孝行せよというように上から下に要求する徳目であり、その逆に下(家来、子ども)から上(君主、親)に対して批判する際、忠や孝を問題にたてられないというのであります。つまり上から下への一方的な支配のための徳目であるというのです。したがって、中国では長い間上から下を押さえつけるためのイデオロギーが支配してきたことがわかるわけです。

二つ目は、伝統思想の再検討ということが必要であると思われます。とりわけ中国にない概念に注目していくと、より中国の特徴が見えてくると思います。ない概念とは、神、悪魔、聖霊(spirit)、天皇などであり、それに代わって中国にある独自の概念は、天、聖人(先王)、皇帝などがあります。

まず、ない方の概念を順番に考えていきますと、中国には本当に神がないかといえば、実はあります。しかし中国の神は西欧や日本でいう神とは全く異なり、それは地方的な神(地方で信仰されている神)にすぎないわけです。あるいは個人との関係でいうならば、私的な神といえます。もちろん古代にさかのぼればまた違ってきますので、中国的な価値体系が成立してくる(儒教が正統的な思想として認められてくる)漢代(BC二○六〜AD二二○)以降の話であります。私的な神とはつまり、個人の利益や個人の家の利害に関係し天下国家には無関係なものです。

つぎに悪魔ですが、悪魔は本来キリスト教の概念ですから中国にはもともと存在しません。そもそも悪という概念が異なっており、例えば荀子が〈善・悪〉を悪魔のような絶対的な悪とは考えず、二つのものを比較したとき材質が優れているものを〈善〉、劣っているものを〈悪〉と定義したようなものにすぎないわけです。よって、最終的に神によって滅ぼされなければならない西欧的な悪とは異なるわけであります。したがって悪魔はいないといえます。詳しくは中野美代子さんの『悪魔のいない文学』(朝日新聞社)を御覧下さい。

次の聖霊ですが、どんな愚かな無学な人であっても、この聖霊が本人の中に入ってしまうとたちまち雄弁になるというような話が、ヨーロッパ中世の文学によくでてきます。したがって、ヨーロッパ中世は教養よりも聖霊が宿るということが重要であったわけであります。これは、孔子の教えを身に付けなければ人間ではない、という中国の考え方とは大きく異なります。反対にヨーロッパ世界には聖人が必要ないわけです。日本の天皇ですが、これは実態はともかく名目的には万世一系であり、昔から今日に至るまで天皇の血筋は脈々と続いているとされています。しかし中国の歴代皇帝はそれぞれ異なっています。

つぎに中国独自の概念を検討します。その前に神についてもう少し補足しますと、中国における神の概念はずっと古代にさかのぼっていけば、おそらくギリシャ世界でいう神とそう違いはないと思います。ところがその概念は変化しまして、万物の創造者という神の側面は聖人に移ります。しかし人間である聖人が人間を創造することはできないため、人類創造の神話はほとんど無視され、聖人は全ての文化(住居、火のおこし方、学問など)の創始者として位置づけられています。

また聖人はもう一つ完全な人格者という意味を持っております。したがって万物の創始者としての概念と完全な人格者としての概念は、中国ではそっくり神の概念から取りはずされ聖人のものとなるわけです。そして漠然とした人格もない、国家の運命だけをになった大きな存在、それが天であります。

『後漢書』に有名な〈古今人表〉というものがあり、上の上から下の下まで九段階に分けて古今の人物を並べてあります。その上の上に位置づけられたのが聖人であり、下の下は愚人です。聖人の一番最後には孔子がおります。ただし完全な人格者としての聖人概念は、この時代ではまだ明確ではありません。

最後に皇帝ですが、これは〈帝〉の字が問題であり、これ一字だけでは神を意味した言葉であります。ところが秦の始皇帝以後、最高権力者を皇帝と呼ぶと決めてしまったために、最高権力者の呼称に変わったわけです。言い換えれば、〈帝〉がもともと神という意味を持っていたので、地上において皇帝が神と同じような存在になったということになります。参考までに、ヨーロッパの言語で人を表わす言葉はすべて<死>と結びついております。

またたとえば英語にはもう一つ「神が作りたもうたもの」という意味の単語が存在します。おもしろいことにそれは、親しみ・憐れみ・軽蔑・愛情などのニュアンスがこもっている場合に使われるそうです。ところが中国語にはそれらの意味が存在しないわけです。これには先ほどの『仁学』で譚嗣同が「〈仁〉とは人と人の関係である」と述べているように、死でも神でもなく道徳と結びついているという事情があるようです。

三つ目は、中国独特の権力関係システム(権力交替のシステム)と、「官・賊・民」と「易姓革命」について考えてみようと思います。権力関係はよく「官・賊・民」の関係で表わされます。「官」とは、皇帝のもとにできている官僚システム、簡単にいえば役人であります。アウトロー、無法者集団が「賊」です。両者に挟まれているのが「民」(被支配者、人民)であり、この関係をよく物語っているのは『水滸伝』という作品であります。

『水滸伝』は一〇八人の盗賊達の愉快な話ですが、彼らはよく「こんな梁山泊みていなちっぽけな水たまりなんかにいないで、都に攻めのぼって一の兄貴は皇帝、三の兄貴は大臣になって、てな具合に豪華な暮らしをした方がいいんじゃねえか」という会話をします。つまり自分たちが権力をとって「官」の身におさまろうという会話が絶えずでてきます。「官」「民」「賊」はそれぞれの立場をよくわきまえており、この三者は絶妙な関係で成り立っています。もし「賊」が勢力を持ち権力を取れば、これが次の「易姓革命」であり、「賊」はたちまち皇帝になってしまうわけです。実際このような政権交代が行なわれてきています。

このように考えてきますと、先ほど比較しました西欧社会の場合も領主と人民の間に境界が介在します。しかし領主を批判するという緩衝地帯のようなものが中国にはないため、「官」と「賊」は互いに権力を交替しあう関係でしかあり得ませんでした。イデオロギーも両者に大差はなかったといえます。なぜなら、仏教もその他の神々も皇帝が現われてからローカルな存在になり、中央権力には何の影響力も持たなくなっていったからです。ですから中国では、宗教概念といったものが権力を相対化するというような役割を果たせなかったといえます。ではそろそろ話をまとめたいと思います。

先ほど述べました急進的な人物である李卓吾は、陽明学派でありました。陽明学とは宋学から出ており、宋学の代表が朱子であります。この宋学が体系化される過程でしきりにいわれましたのが、「公」と「私」の概念でありました。元来中国の思想・哲学の中では常に、「心」、「性」(人間の本性)、「情」(情欲)、「体」(本体)、「用」(作用)、「氣」(物質的存在)、「理」(理念)などが問題になりました。ところがある時期、「性」「情」「体」「用」にそれぞれ、公・私・公・私の観念が当てはめられてしまいます。そしてこの「公」と「私」の関係は現在まで続いているのではないでしょうか。

国家が全人民の利益を代表する「公」であり、人民は「私」であるため国家に従わなくてはならない、これが現中国の状況といえるのではないでしょうか。つまり、社会主義になった時点でも、「公」と「私」の概念がそのまま引き継がれているため、人権問題は今後も困難を極めることと思われます。

以上で終わらせていただきます。


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