小さい存在の「わたし」と「われわれ」

岡本喜裕

◎経営学科教授

 ご紹介いただきました経営学科の岡本でございます。ご案内のパンフレットに書きましたように、きょうのテーマは〃世界のなかの「わたし」と「われわれ」〃という大きなテーマですから、私にとりましては、大平洋の真ん中に投げ飛ばされまして、そして、大平洋は広いから存分に泳いでみろというふうに言われているくらい、非常に大きな難題です。

 その中で強いて〃世界のなかの「わたし」と「われわれ」〃というふうに言うとするならば、私にとっては多くの国々でマーケティングという研究をやっている方々がたくさんいる中で、そういう研究者の一人になるのかなというのが実感です。

 マーケティングの研究活動のために、一九八○年に和光大学の学外研修員ということでヨーロッパとアメリカに行かせていただきました。そのときに私はアジアの一員なんだなということを強く感じてまいりました。具体的に言いますと、アメリカのワシントン州シアトル(現地の人はシアローと発音します)にワシントン大学という大学があります。この大学は州立大学としてシアトルで一番大きな大学です。そこで数カ月を過ごしたわけです。その際、教員の食堂には行かないで、学食に食事に行きました。学生と一緒に食べるほうが気が楽だったからです。そのときにアジア人や黒人の人たちは私のそばに席があいていると気軽に寄ってきて、比較的違和感なく食事をしていました。白人の人たちは席が空いていても座りませんでした。そうした体験から私は世界の中の一人というよりは、特にアジアの一員だなというようなことを強く感じて帰ってきました。こんなことが和光大学から派遺していただいた学外研修のときの感想のひとつでした。

 そして、一九九○年、ちょうど十年後になりますけれども、そのころから私は中国とか香港などに出かける機会がふえてまいりました。マーケティングの勉強を通して、中国とか香港といった地域の人たちとも接する機会がふえてきたわけです。

 静岡県の熱海で小さな八百屋さんから出発しまして、今では世界の一流企業に成長したヤオハンという企業があります。日本では知っている人は少ないのですが、外国へ行きますと非常によく知られている企業です。これは流通業からスタートした企業です。私はこの企業に比較的早くから関心を持っておりまして、この企業について研究をしています。

 この企業は流通業が主体なんですが、今は世界的な経営戦略を展開しており、特に最近では東南アジアとか、中国に親近感を持ち、他の企業と比較して早くから中国に進出していった流通業の一つです。もちろん中国への進出、あるいは東南アジアにしましても、メーカー(製造業)は早くから進出しているわけですが、流通業の進出ということになると、生産物をつくったり、あるいは外貨を稼ぐということにあまりならないものですから、外国としては流通業を参入させたがりません。その理由はその国にとって外貨の獲得には貢献しませんから、なるべく流通業の参入は排除しようということになるわけです。けれども、今は東南アジアも、それから中国も、それを開放するようになりました。ただ、NIES諸国で韓国はまだ流通業に外国の企業の参入をほとんど認めていません。韓国よりも、その周辺の国々の方が開放しております。

 話はまたヤオハンに戻りますが、この企業は一つの経営哲学を持っています。実は「生長の家」という宗教を企業理念としています。その宗教には、「生命の実相哲学」というのがありまして、その理念を経営哲学に取り入れ、そうしてその哲学を現地の人々に対しても役に立たせようとしています。そして中国に対しては、特に中国の恩に報いたい、中国のために尽くしたいという、そういう精神で臨んでいます。中国の恩に報いたいというのはどういうことかというと、第二次世界大戦のときに日本が随分と中国に対して迷惑をかけてきた。それにもかかわらず戦争が終わってから中国は日本に対して賠償請求を一つもしなかった。このことが日本の戦後の経済成長にとって大変に有益であった。ドイツは二つに分断されたし、そしてまた朝鮮も二つに分断された。日本も北海道は実は半分に割られるところだったんだけれども、難を逃れたわけです。それに対して、特に中国は日本に対して賠償請求をしなかった。これについて生長の家の谷口雅春氏は、中国に恩返しをしなくてはならないと言っているんだそうであります。私は生長の家の信者でも何でもありませんけれども、「生長の家」の哲学を実践しているというのがこの企業(ヤオハン)の特徴であります。

 そこで、私のゼミに、何かアジアやアジアの人たちのために役に立てるようなことはないのかなというようなことを思っている者が何人かいます。そういう意味で、アジアのために貢献したいと思っている国際流通グループ、ヤオハンについての研究は、私や、私のゼミの何人かの者にとってはとてもいい研究材料になっているというわけです。

 話はここで中国に進出している別の企業の話になります。昨年の三月、経済学部の海外派遣の援助といったものもありまして、私のゼミの学生何人かと、中国の深●と、それから香港にまいりました。深●というのは中国で一番最初に経済特区をやって成功したところですけれども、そこは香港から地続きになっていて、香港の九竜島の駅を出て、一時間ぐらいでしょうか、電車に乗りますと、中国本土に入ることになります。そこで中国への入国手続きをして深●に入るわけです。

 そこに実は日本の企業のサンヨー電機が、一九八三年という非常に早い時期からこの深●の蛇口というところに進出しています。サンヨー電機の本社は大阪ですが、苦労をしながら、現在深●で成功している企業というわけです。中国の経済開放が始まりましたのは一九七九年ですから、その四年後には早くもサンヨー電機は深●に進出していたということで、日本の企業ではかなり代表的な企業になると思います。

 そこの会社にまいりまして、学生ともども、まず一緒に工場を見学させてもらい、生産工程を見せていただきました。学生の中には特に一人、中国から来ていた研究生がいたので、通訳とかそういった面でだいぶ活躍してくれました。工場では若い女子職員が一生懸命働いている姿を見て、日本でも昔、昭和三十年代に就職列車に揺られて大阪や東京に私たちと同じ世代の人たちが来たわけですけれども、そのころの状態によく似ているのかなと思って、随分と感動を覚えました。

 工場見学をして、その後、会議室で質疑応答を交わしました。いろんな質問に答えていただき、私たちの知らなかったこととか、あるいはまた日本で経験することのできなかったことを体験することができました。そして私たちは中国に対する親近感をさらに強くしていった、そういう経験をしました。

 以上、ゼミの学生ともども、「わたし」並びに「わたしたち」はこういうことをやっているということの一つを紹介させていただきました。

 それから、その研修の際に深●から香港にまた戻りまして、先ほど申しました香港のヤオハンの本部を訪れました。そこでヤオハンの世界戦略、特にこの企業の中国への取り組みについて、聞き取り調査をして、この企業とこの地域に対する理解を深めました。

 つぎに、日本の企業が現地に進出していて、そこでどんな貢献やら、あるいは逆に軋轢を生ぜさせたり、また迷惑をかけているのか、それについて考える必要があると思います。貢献している面もあれば、また逆に迷惑をかけている面もあるわけです。それについて一般的に言われていることは、流通業も含めて現地への貢献ということになると、一般的には日本の枝術を現地へ移転して枝術水準を向上させるとか、あるいは現地の資源を活用するとか、雇用を促進する、それを通じて所得を向上させる、そしてまた生活水準の向上に役立つ、こういったことが一般的にいわれていることかと思います。

表1(大手小売業の主なアジア出店計画)

 流通業について言えば、流通の近代化のために、流通のノウハウを教えるといいますか、提供するという、そういったことが考えられます。現地はこの面が大変おくれています。

 そのひとつに、先進国のような卸売業が存在していないことがあげられます。日本のように二次卸、三次卸というように流通過程に卸売機関が介在しすぎると、余計な流通費がかかることになりますが、適切な機能を備えた適切な数の卸売であるならば、介在する方がはるかに社会的流通費を削減させることができるわけです。それは、十人の小売商と十人の生産者がそれぞれ取り引きすると百回の取引になる、ところが、その間に卸売商が一人介在して、それぞれ十人の生産者・小売商と取引すれば、取引回数は二十回で済み卸売が介在することによって、スムーズな取引と経費を節滅することができるわけです。そのためにヤオハンは、シンガポールや中国の北京や上梅にIMM(International Merchandise Mart)という、国際卸売センターを建設して世界中から商品を調達しようとしているわけです。

 また東南アジアや中国は商品の物流が非常に未熟です。もっとわかりやすくいうと、商品を運搬する輸送網のインフラが遅れているわけです。たとえば、輸入品を香港から北京まで運ぼうとすると、汽車で三週問もかかるため、商品がひとたび品切れになると、その補充にはたいへん時間がかかる。また、輸送の過程で商品の二十パーセントくらいはなくなるともいわれています。これは倫理・道徳の問題ですが、物流のためのインフラ整備と、倫理・道徳への教育も必要なわけです。

 このほか、ソフトな面では流通の近代化のために、店舗での品揃えや、陳列方法、接客態度、衛生的な取引、サービス精神、最近のPOS(Point of Sales)の手法などのノウハウを提供するといったことなどがあげられます。

 それと同時に日本文化の移転ということも考えられます。日本の寿司だとか、最近では外国人の間でもそういったものを好む人がだんだんふえてきていますが、それは一つの文化でもあるわけですね。商品を通じて文化を移転しているというようなことが言われています。それからショッピングの楽しみなどを定着させていく。そんなことが役立っていることかなと思います。

 ところが逆に批判されていることはどうかというと、日本の企業が進出していきますから、そうすると現地の人件費がつり上がってしまうということが言われます。それと同時に、日本型の店舗がふえていくと、現地の出店費用がつり上がってしまって、現地の人がなかなか店を出せないということがあります。さらに、日本製品を輸入さぜると現地の製品を圧迫してしまうということがあります。それから、日本のデパートがやっている返品制度とか、派遣店員とか、そういう悪い慣行を実際に台湾などへ行ってやっているわけです。そういったことが批判されているわけです。

 それで、どういう企業がどれほどよその国に行っているかという、資料として、「アジアで稼ぐ日系大型店」という新聞記事と、「日系デパート、スーパーの進出状況」を知るために、香港に進出した日本のデパートとスーパーの状況を資料として掲げました。

表2(香港への日系デパート、スーパー進出状況)

 こうした資料から、非常に多くの企業がアジアに進出し、ある面では貢献し、またある面では迷惑をかけていることがわかると思います。それでは、おまえたちが何か貢献できることや研究できることがあるのか、と言われれば、考えていることがないでもありません。ただし、それには相当のお金がかかります。研究費を二百方円ぐらいもらえればやってみたいなと思う仕事があるのですが、一つだけ言いますと、「わたし」と「われわれ」ということですので、「わたしと、わたしたちの、東南アジア及び中国の流通並びに地域研究」という、そういうようなテーマで研究ができたら、というようなことを考えているわけです。それは、東南アジアとか中国の代表的な都市、主要都市を中心に消費動向を探究し、あるいはまた消費者の志向するライフスタイルといったものを分析して、東南アジアや中国における流通業、特に小売業の指針になるようなことがやれたらいいなと、ということを考えているわけです。

 研究内容としては、先ほど言ったように主要都市の消費者が求めている生活パターン、言いかえれば求めている商品群を、地域的な特性に照らしながら研究して、そしてもうちょっと高い生活水準を目指す、そういう消費構造といったようなものを研究することはできないだろうかというわけです。特に現代中国における小売業の実態とその問題を探って、変わりゆく中国の流通機構について解明できないものだろうかと、そんなことを考えたりしております。そういった際のモデル店も概念的に提案する用意はあるわけです。

 もしも東南アジアや中国において流通業、とりわけ小売業を営むことができるとするならば、一つのモデルを提供することができる。その場合には、東南アジアや中国全土で大体何タイプぐらいの店舗が望ましいのか、また、各店舗にはどんな経営方針が望ましいのかといったようなことを研究して、そして東南アジアとか中国の人々の生活水準の向上に役立つ援助活動ができないだろうかと思っています。これは私だけでなく、私のゼミとかグループとかがそういったような形で研究することができるならば何かの役に立つのではないかと思います。

 結論的に言いますと、こういうような研究活動ができるなら、私や、私たちのゼミも、〃世界のなかの「わたし」と「われわれ」〃というきょうのテーマに少しだけ近づけることになるのではないかと思います。それにしても、世界という広さの中では、わたしとはまことに小さな存在でしかないのだということで、小さな存在としての「わたし」と「われわれ」という話を終わらせていただきます。