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編者造言

 1992年秋の第一回シンポジウム「文化としての言葉―あなたと私の世界―」は、 いくらかの御批判はあったものの大筋において好感を持って受けとめられたようでした。

 課題としてあったのは、言語を文化の一部として捉えるのか、言語を文化そのものの根元と把握するかという、認識のあり方への問いだったと考えることができましよう。これは、続けて行われた今回のシンポジウムにも引き継がれました。

 現代に限らず時代の転換期には、何時の時代も言語論に立ち返ったように思います。それほど昔ともいえない大学紛争の時代に、おびただしいまでに登場した論議の中での課題の一つが言語論であったことは忘れられません。

 当時は、中国に端を発した〈文化大革命〉の大合唱が渦巻いていたのでしたが、文化的な大変革と連動する形で言語も問われました。〈文化〉への問いとは、共時的現在における空間的差異の中にのみあるのではなく、通時的な時間軸の変化の中でも常に問われるべき課題として登場せざるを得ないのだと思います。

 人々が既存の秩序や既成の価値観に不信や疑問を抱き、新たな世界を模索せざるを得なくなったときに最後に行き着くのは〈人間とは何か〉と問い直すことであり、それはまた既存の文化や言語ヘ問直しの作業だったからでしょう。

 シンポジウムの課題が「文化と言葉」でも「文化の中の言葉」でもなく「文化としての」という設定になっていたのは上記を踏まえての認識からでした。少なくとも「不用意にいきなり〈文化としての言葉〉論議に花を咲かす」ものでないことは、この馴染まない表現からも理解が得られると考えてのことでした。

 付言すれば、当初の副題は「君と僕の世界」でしたが、「女がいない」という指摘を受け入れて「あなたと私の世界」に改題したという経験があります。この指摘の背景には、二十数年前の〈文化大革命〉当時では考えられなかったような、女と男に関わる社会的な意識変革が底流として存在するようになったからでしよう。

 それは女と男という両者の間で形成される関係認識の上で、文化変容が現在生じていることの証であろうと考えています。

 表現としての「君と僕」を容認するか否かは、指摘した側からすれば己の全存在をかけた切実な課題だったと理解したのです。したがって女と男の問題を合めて言葉と文化の問題は、今回にも引き継がれることになったのです。

 即ち、前回の副題であった「あなたと私の世界」が主題となり、副題が「個人と集団」となりました。

 第一回シンポジウムでの「あなたと私の世界」は、主催者側の意図として、必ずしも個人対個人という個的な関係に限定して我と汝の関係を捉えていたのではありませんでした。〈私〉が属する社会や集団との関係が、〈私〉もしくは〈我々〉と〈あなた〉ないしは〈あなた方〉との関係を規定してしまうという、抜き差しならない「存在の被拘束性」の中でそれぞれ生きていかざるを得ないのが現実の姿でありましょう。

 そのことを合めての「あなたと私の世界」だったのですが、個対個の関係で解釈されやすかったと思います。このため、今回は副題に「個人と集団」を掲げましたが、己と他者の関係について更なる検証を深めることができたように思います。

 ともあれ、この間の二度にわたるシンポジウムにおいて、大学創設以来30年近くを経て初めての、教員が全学的な形で己の研究領域に即しつつ主体的に行なう討論の場を持つことができたのでした。

◎鈴木勁介
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