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 "東西南北"の意味するものについて思案する中で、英訳についてロバート・リケットさんに話したところ、"anything & everything"かな、ということでした。
 さしずめ仮称「東西南北研究所」は"Institute for the Study of Anything & Everything" (IAE)ということになるのでしょうか。英語に強い学生は、「否定的な意味で、皮肉っぽくanywhereにしたら」と考えてくれました。
 ところでこれらの回答が、東西南北の原義を見事に言い当てていることに気づかされるのです。
 それは、『今昔物語』の用例として出ている「東西南北求め行(あ)るけど」の場合の〈あちらこちら〉であったり、『礼記―檀弓上』の用例としてある「今丘也、東西南北之人也」における〈居所が定まらず、さまよい歩く者〉の姿であったりするわけです。後世になって、次第に「東西南北の人」は〈諸方の人〉という形に意味が限定されていったのでしょうが、概念としては暖昧模糊としたものが背景にあったのでした。

 『東西南北1993』は、昨年度に共同研究機構委員会が主催したシンポジウムの報告書ですが、シンポジウムのテーマ「文化としての言葉―あなたと私の世界―」は、人文学部と経済学部という、学問的にも学部成立の歴史的背景でも異質な二つの学部が共有する課題とは言い難い、という批判もあり得るでしょう。  大学が従来より学部自治を基本に据えてきたのは、権力の介入を阻む意味と学の尊厳を守るということからでした。ですが、これはそれぞれの学部間に越え難い障壁を作る事にもなりました。
 当然の事ながら、いずれの大学でも調整・連絡装置としての評議員会や運営委員会を設けていますが、それは学内行政のみを受け持つに過ぎません。
 学部自治を尊重しつつも、大学がその大学にふさわしい学風や気風を育てていくためには、学内行政の調整のみでは事足りないはずなのです。実際のところ、多数の学部を擁しているところでは、これが一つの大学かと疑うほどに質的にも学風の上でも差異を見せるものです。

 梅根悟初代学長が、教員の控え室にこの大学には不似合いな"サロン"というしゃれた名を付けたのは、そこが相互の知的交流や啓発の場となる事を期待したからでありましょう。残念ながら現在、サロンは食堂としての機能が優先しているようです。今回のシンポジウムはサロンに代わって梅根先生の遺志に添えたのではないかと、これに関わった者の一人としては自らを慰めるのです。

 現在、大学が社会的に問われるのは、知的営為においても研究成果においても最高水準を保ち得ないからでありましょう。確かに国家や企業の研究機関が、潤沢な資金と充実した設備の下に成果を挙げている事は認めざるを得ません。
 しかし唯一大学に誇り得るものがあるとすれば、それは国家目的や企業目的を至上命題にしなくても良いという点であります。自らが課題とするものを、市民の立場から論じ続ける事は、大学とは違ってそれらの場では望むべくもない難事ではないでしょうか。
 その意味で、シンポジウム「文化としての言葉―あなたと私の世界―」は存外、好個のテーマだったのではないかと思うのです。

◎鈴木勁介





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