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影山裕子◎経営学科教授

 経済学部の影山でございます。私は和光大学に四年前に採用していただきました。その前35年間、入社当時は電電公社で、数年前に民営化されてNTTと呼んでいる組織におりました。
 最初にいただいた杉山先生のレジュメの文章が非常に難しかったので、これは理解を超えているからということでおろしてくれるようにお願いしたのですが、自身の体験した事実を語れと言われまして、きょう現れ出たわけです。最初のご三方の発表のように格調もなく、また今のご発表のように問題点をうまく突いたのではなくて、ただ体験と事実だけを申し上げたいと思います。
 同じNTTといいましても事業所がたくさんございます。部所によって呼び方は違ってくると思うのですが、私が体験したことと、 いくらか情報収集をやってきたことをもとに申し上げます。
 職場で仕事中にお互いをどう呼び合っているかということから話します。
 職制中心で呼んでいる職場では、部下が上役を呼ぶときには「部長」「課長」「係長」という呼び方をしています。上司が部下を呼ぶときには「課長」「係長」、平の方に対しては「何々さん」とさんをつけて呼んでおります。

 年配の女性になりますと、上司を「課長さん」と呼んでおります。若い部長の場合に、抜擢されて部長になって自分よりはるか年上の部下、次長というような部下がいる場合には、その人に気配りして「山田さん」という呼び方をしております。  現場の第一線で部下が上司を呼ぶ呼び方では、「さん」をつけて呼んでいる職場もあります。課長がいて係長が三人いて、あと若い社員が何人かいるというところでは、部下は上司の課長に対しては「課長」と呼びますが、係長が二人なり四人いますと、「係長」とは呼ばないで「何々さん」という形で、平の人が係長を呼ぶ場合に「さん」づけで呼んでいます。
 上司が部下を呼ぶ場合、部長だったら課長、課長だったら係長と呼ぶところですが、これも何人か部下がいる場合には「何々さん」と役職名ではなく個人名を呼んでいます。
 自分自身に対しては、「わたくし」「わたし」「ぼく」「おれ」等々幾つかありますが、一番多いのは「わたし」です。「わたし」というふうに自分自身を呼んでいます。

 電電がNTTに民営化するときに真藤さんという石川島播磨重工の社長さんだった方が天下ってこられたのですが、その方は名経営者として大変業績を上げたということでマスコミで評価は高かった人ですが、どんな席でも「お前」と「おれ」なのです。「お前たち」と「おれ」というわけです。
 社内では、大企業の経営者であるのに「おれ」しか使わないというのは品性に欠けるところがあるのではないかという批判もございました。そのほうが親しみがあっていいのかもしれませんが。
 では仲間同士ではどのように呼んでいるかといいますと、二十代の人の例で言いますと、男が女が呼ぶ場合には「何々さん」と呼びます。ところが男が男を呼ぶ場合には「山田君」か、または呼び捨てで「山田」という形で呼びます。
 女が女を呼ぶときには「君」という呼び方はしないのですが、女が男を呼ぶ場合には「何々君」と言います。男が女を呼ぶ場合には「君」ではなくて「さん」で、女が男を呼ぶ場合には「君」か「さん」です。  これは一体どういうことかというと、最近入ってくると女性のほうが張り切っていて男性よりも元気があって仕事もよくやる。だからテレビの影響もあるのだろうけれども、とにかく女が男を「君」と呼んで、男が女を「さん」と呼ぶというのは非常におもしろいと思って見ておりました。
 気のおけない仲間同士のときは、あだなといいますか、例えば花田さんという人がいると「花ちゃん」とか、渡辺さんという人がいると「なべちゃん」とか、そういう呼び方をいたします。

 何年か前に佐藤栄作という総理大臣がいまして「栄ちゃんと呼ばれたい」と言ったのですが、あまりにもおっかない総理大臣だったので誰も「栄ちゃん」と呼んでくれなかった。
 ところが田中角栄さんの場合には周りの人が皆「さん」づけで「角さん、角さん」と呼んでいたわけですので、あだなのような形で呼ばれるというのはみんなに好かれているということになるのかなと思っております。
 私が部長をしていたときに、お互いに「部長」「課長」などと言わないで、「さん」づけで呼んだらどうだろうと提案したのですが、なかなかそういうふうに呼んでくれませんで、「やはり部長とか課長という呼び方でないと呼びづらいから、そういうことは言わないでください」と言われました。
 幾つかの部所の部長さんがそういうふうに言っても、なかなか「さん」で呼び合うことはできませんでした。本社とか支社では職制で呼んでも、現場は「さん」だということでしょうか。
 米沢さんという総裁がおりまして、この方は総裁を三期、合わせて十二年なさったのです。ご本人はいつも、余人をもって代えがたいと言われて私は総裁をやっていると言っていたのですが、この方に対しては、中で「上御一人」ということで天皇に祭り上げて呼んでおりました。
 その方がやめられてから次の総裁が参りまして、非常にフランクな人だったので職場が明るくなりました。やはり上御一人というのはちょっと……という事になりましょうか。ついでになりますが、米沢さんは十二年間総裁をやっておりまして、余人をもって代えがたいと言われているので自分はなっているんだ、自分がなりたいからなっているんではない、と言っていたのです。

 総裁が代わるのが一月で、中国の公式訪問が二月に控えているのでよろしくと官房長官のところに報告に行ったというのです。
 どこまで真実かわかりませんが、大体真実に近い話です。そしたら「あなたはもういい。 一月でほかの人に代わってもらう。ご苦労さんでした」と言われたのです。それで挫折感に打ちひしがれたせいだと思いますが、自殺未遂をいたしました。
 余人をもって代えがたいから四期目も自分のところへ口がかかるだろうと思ったのがそうでなかったと。今は小さな団体の会長さんをやっておられまして、自殺未遂後は穏やかな生活を送っていらっしゃるということでございます。
 言葉によるコミュニケーションが今日のテーマの中心ですが、NTTの場合にはよく親指を出して「これがわからないから困るんだよな」と言います。親指というのは職場のずっと上の人のことです。総裁も親指の中に入りますし、部長も入りますが、親指によるコミュニケーションということも盛んに行なわれていました。

 あと、電電の話ではないのですが、私が東大に入る前、高等学校の頃、東大の先生はすごく偉い人なんだ、近寄りがたい人物なんだろうと憧れていたのです。そうして入ってみたら、先輩が、例えば民法の我妻先生だとすると、ご本人に対しては当然「我妻先生」と呼ぶのですが、仲間内の話のときには「我妻さん」とか「加藤さん」とか……。
 加藤さんも民法の先生で今は国際何とか大学の学長さんですが、偉い方なんです。東大事件があって、安田講堂に学生達が立てこもったときに、24時間くらい、体力の続く限り学生と団交していた方なのですが、「加藤さん」と呼び合っているのでちょっとびっくりしたことがございます。
 大体、NTTという職場の中の状況はそういうわけですが、私は考えてみまして、呼び方が女性的じゃないかなというように思います。「さん」と部下を呼んでいるし、自分のことは「わたし」と呼ぶ。NTTという職場は、組織は大きいけれども同じことを全国的にやっているだけでございまして、仕事そのものは電報を打つとか104に応対するとか単純なので、女性的な職場ではないであろうかと。
 もっと男性的な職場ですL、同じ民間企業ではどう呼ぶかという場合でも今私が申し上げたのとは違う方が出てくるのではないだろうかなと感じております。

 もう一つは、労働組合がものすごく強いのです。各電話局ごとに労働組合の分会があって、電話局に次長がいて、次長以下五名が団体交渉員なのです。今では支店と呼んでいますが、現場の電話局では管理者いじめが徹底的に行なわれています。
 どうせおれたちは出世しても課長までなんだ、そこまでも行かないかもしれない、だったら組合の幹部になるというので、上が分会長で、その次に書記長とか調交部長とかいうことで肩で風を切って職場の中を歩いて、ちよっとしたことでも文句をつけて団体交渉をやれと言ってくるのです。そんなことで管理職が萎縮しておりました。ですから、組合が強い職場では「さん」とか「わたし」という呼び方が出てくるのかなと。
 今はかなり方向が変わってきていますが、いじめられたあの厳しい体験は――私もいじめられたのですが――忘れられなくて、若い管理者は思い切っていろいろな施策をやるが、年配の管理者はだめなんだということで、今でもいじめられた昔が忘れられないようです。
 そんなことで報告を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。



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