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 鏡花幼年期回想小説における人称について

塩崎文雄◎文学科教授

はじめに

 本日のシンポジウムをお引き受けしたことを後悔しています。まず、本日のシンポジウムに向けて、と題した杉山さんの委曲を尽した基調報告が出ている。さらに、鈴木さんは学生の意識調査を通して、永澤さんは西洋図像を読むことから、松山さんは英語における人称の問題から、劉さんは韓国の近代化と韓国語という観点からといった風に、それぞれ日本語を相対化する立場からお話しになった。それに対して、私はこの場にいらっしゃるみなさんにとってほぼ自明の母語である日本語の立場から、しかも日本語としては特殊な用法である文学言語の立場からしかお話しできない。大変なことをお引き受けしたと後悔しているわけです。
 そこで、と言うわけでもありませんが、変なタイトルを掲げました。(よし) の髄から天井を覗いたら何が見えるかほどのつもりです。お話するのは鏡花の幼年期回想小説ですが、作品論や作家論をやるつもりは毛頭ありません。鏡花の幼年期回想小説を素材に、〈子ども〉と〈神隠し〉という二つの補助線を引いて、そのなかからゆらぎ立ってくる〈わたし〉の諸相を考えることで、本日の責を果たせたらと思っています。

 最初に取り上げたのは、柳田国男の『山の人生』(1926.11)の文章です。〈神戸の叔母さん〉と題してもいいような〈神隠し〉のエピソードが、そこには語られています。幼い時分のある日、「しきりに母に向って神戸には叔母さんがあるか」と尋ねていた〈自分〉が、母親のちょっと目を離した隙にいなくなって、何時間かのちに「家から二十何町離れた松林の道傍」で発見された思い出です。

 「山に埋もれたる人生あること」を、自己の体験に即して考えようとした柳田のモチーフは明確ですが、いま私の興味をひくのは、このエピソードが柳田の想像力の最初の発動として物語化されていることです。そしてそこに見られる物語行為は、二つの顕者な特性を備えています。
 まず第一に、〈神隠し〉の原因・理由がきわめて合理的に意味づけられていることです。「いわゆる虫気があって機嫌の悪い子供であった」という風に、自己の性情に原因・理由の一つが求められています。あるいは「四歳の春に弟が生れて、自然に母の愛情注意も元ほどでなく」なった、おろそかになったといった境遇の変化に、もう一つの原因・理由は求められています。
 第二に、ほかならぬ「自分の遭遇」として語られた〈神隠し〉体験であるにもかかわらず、〈神隠し〉などいう不可思議な衝動がこみあげてくる情動のプロセスは、 ついに語られないということです。〈不可思議な〉という定義自体が、柳田にとってはことばの綾にすぎないので、それが説明可能な衝動であることは第一の特色として述べました。それはともかく、大事なのは非日常的な情動がその生起・発展・変化・消滅のプロセスとして語られることがない、という点です。「あまり小さい時の事だから他人の話のような気がする」、「ことごとく後日に母や隣人から聴いた話である」といった風に枠取られて、内部からではなく外側から、子どもの視点からではなく大人の常識から〈神隠し〉体験はなぞられています。
 では、鏡花作品ではそこのところはどうなっているのか。
 鏡花が〈神隠し〉体験をくりかえし作品化したことはよく知られています。結論に先まわりして言えば、鏡花文学は〈神隠し〉体験――つまリアイデンティティの危機を、外側からではなく内部から物語ろうとしているのではないか。柳田が性情と境遇というかたちでいとも簡単に片づけた〈(エテ)() ままれる〉ということを、自己内部の闇・分節しえないなにか・名状しがたいアモルフなものの噴出として、あらためて掘り起こそうとする努力のうちに、鏡花幼年期回想小説の営みはあるのではないか。とりわけ、〈神隠し〉体験の小説化の過程において、〈わたし〉という人称を問題化しうるのではないか。そうした仮説を立てて、これ以後のお話をしたいと思っています。
 なお、これから見ようとする鏡化における人称の〈ゆれ〉は、 一つは新しい表現領域を切り拓こうとすることから生ずる〈ゆれ〉であるわけですが、それと同時に、〈わたし〉の融解と噴出との両義的(アンビバレンツ)な〈ゆれ〉のなかで自己存在それ自体を同定できないこと――だからこそ〈魔に魅ままれる〉わけですが――それゆえに生ずる〈一人称の誕生〉のすぐれた言表行為として位置づけたいと思っています。

1 鏡花幼年期回想小説の輪郭
 十九世紀の最期の五年間の、鏡花の作品と幼年期回想小説の主だったものを掲げておきます。○※の施してあるものが幼年期回想小説です。

 一覧表に若干の補足説明を加えておきます。ここに掲げた作品に先立って、鏡花には『冠弥左衛門』や、滝の白糸で知られる『義血依血』等の初期作品群があります。また『夜行巡査』から『貧民倶楽部』にいたる作品群は、通常〈観念小説〉と呼び倣わされているものです。日清戦争下に生じた社会的諸矛盾を性急かつ声高に弾劾した作品群で、鏡花はこれらの作品によって文壇に登録されました。
 ○※を施した作品群が幼年期回想小説です。もっとも、幼年期回想小説というジャンルは、必ずしも鏡花の独創ではありません。この時期、若松賤子の『少公子』(1890・8〜1892・1)、森鴎外の『即興詩人』(1892・11〜、単行本1902・9)といった大きな翻訳がありましたし、鏡花がライバルとして強く意識した樋口一葉に『たけくらべ』(1895・1〜1896・1)を初めとする作品があることはよく知られています。
 しかし、〈子ども〉と〈神隠し〉といった二つの補助線を設けることによって幼年期を描いた小説は、これは鏡花の独創と言ってさしつかえないように思われます。※の作品がそれに該当します。このことを別の観点から説明すれば、○の作品は成長した一人称の語り手が少年であったころの自己と年上の女性との甘美な交渉を物語ったものであるのに対して、※の作品は、語り手が隠蔽されたままで、幼時体験が幼児の心性に即して物語られているということです。
 幼児の認識や心性の界域はある意味で狭窄ですから、自己の内部や外側には分節化しえないもの・名状しがたいなにか・存在の闇といったものが数多く横たわっている。つまりそれらとの接触と、接触によって生ずる混乱とが〈神隠し〉とか〈(エテ)()ままれる〉体験として物語られているということです。そしてそうした事態のなかで、〈わたし〉は存在の枠組を喪失する。あるいは、枠組自体が融解してしまう。そうした状況に見舞われた〈わたし〉が現実世界に帰還して来るとき、融解・喪失された〈わたし〉を弥縫するというか、再構築しなければならない。そこにゆらぎ立ってくる〈わたし〉の諸相を考えたいと思うわけです。
 なお、幼年期の間に深く垂鉛を下ろそうとしたこうした試みは、鏡花においてはこの時期特有のもので、『高野聖』に端的なように、不可知なもの・異常なもの・アモルフなものへの関心を自己内部の深淵に手まさぐることから、それを山中孤家(ひとつや)の美女に想定するといった風に外化・敷衍することによって物語に編んでゆく方向に、以後の鏡花文学は展開してゆくと言えましょう。
 それはともかく、以下、鏡花の幼年期回想小説のなかにゆらぎ立ってくる〈わたし〉の諸相について考えてみたいと思います。

2 『龍潭譚』における〈われ〉
 最初は『龍潭譚』について、お話しします。念のために、下手な梗概をつけておきましたので、ご覧ください。

 ここに語られているのは、柳田国男の〈神戸の叔母さん〉と同様な、〈神隠し〉体験です。しかも、柳田がそれを外側からしかなぞらなかったのに対して、鏡花はまさに魔に魅ままれた〈われ〉の心性に即して語っている。そこに、この作品の画期性はあるといえます。〈われ〉が魔に魅ままれるくだりを挙げてみましょう。

 そのときどきの事態の進捗のなかではごく自然な行為が連鎖してゆき、いつの間にかとんでもなく遠いところへ連れ出されてゆく。「あふ魔が時」がここには巧みに描かれています。ただ、『龍潭譚』は幼児の心性に即して物語が展開している反面、語り自体は若松賤子の『少公子』に倣った、きわめて整然たる文語文脈によってなされている。そういつた矛盾もまた持ち合わせた作品です。作品の冒頭を掲げてみましょう。

 〈われ〉の歩行につれて周囲の景色が展開する、きわめて整序された語りの形態を取っています。そのことの端的な言表が「ありくにつれて汗少しいでぬ」でしょう。こうした語りが四、五歳の幼児の語りであるはずはありません。現に語りの〈現在〉は、物語の〈現在〉から20年後?の〈いま〉のようです。もっとも、そのことは作品の末尾にいたるまで、読者には知らされません。

 鴎外の『文づかひ』(1891・1)がその冒頭に小林士官の語りと断っているのと、ちょうど逆になっています。言うなれば、読者は読みの過程において背負投げを喰わされるわけです。先に幼児の心性に即して物語が展開している反面、語り自体は整然たる文語文脈によってなされている矛盾、と述べたのはそのためです。
 それはともかく、『龍潭譚』において、 一人称はどのように出現するのでしょうか。

 家に連れ戻された〈われ〉がこれまでの〈姉上〉との幸福な二項結合を失って、隙あらば九ッ谺の美女を慕って家からあくがれ出ようとする場面です。自分をひとたび見捨てた姉との幸福な結合を失うことによって、〈われ〉は〈姉上〉との関係にアイデンティファイすることができなくなったわけです。それゆえに〈われ〉…〈われ〉…〈われ〉という風に、〈われ〉は無限に同義反復されていきます。従属詞を伴わない〈われ〉の反復は、自己内部の混乱を意識の明るみに引き出すことを通じて〈われ〉を同定する試みである、と言っても同じことです。『龍潭譚』の一人称はそうしたものとしてありました。

3  〈私〉/〈僕〉の世界――『化鳥』の場合――
 例によって、最初に拙い梗概を掲げておきます。

 『化鳥』は隙間もなく一体化した母子の間に生ずる微妙な亀裂を描き、あわせて亀裂の契機を抱えているがゆえにいっそう母との合一をはげしく希求する少年を描いた作品です。〈私〉意識の覚醒が、とりもなおさず母子一体化・自他融合のユートピアの解体である以上、〈私〉は永久に未生以前の母の胎内にまどろもうとします。そのことは、作品末尾のつぎのようなくだりに明らかです。
 ことに「母様(おっかさん)()らつしやるから、母様が在らつしやつたから」は、意識のゆれと語りの時点のゆれとのふたつながらを含みこみつつ、母の胎内にまどろみたいという願望を描いて、なかなかに美しい叙述です。
 ところで、『化鳥』は鏡花の最初の口語体小説の試みでもあります。作品冒頭を見てみましょう。

 見られるように、幼児の口頭語の性格を顕者にかき立てた、屈伸性に富んだ口語文脈によって、作品は貫かれています。先に述べた『龍潭譚』と比較して、その表現に一日の長があることは、たやすく諒解していただけるでしょう。ただ、その口頭語は「東京語」として発せられているので、そのあたりに鏡花文学の特性と時代の制約とを見ることができるのですが、論が多岐にわたることを恐れて、 いまは指摘するだけにとどめておきます。
 そうした『化鳥』のなかで、〈私〉はどのように出現するのでしょうか。
 母子一体化・母子融合の世界においては、少年は一人称すら用いる必要がありません。そのことは「愉快(おもしろ)いな、愉快いな」の文に端的に窺われます。それに対して、そうした母子一体化の世界が「先生」に代表される世間の相対化に晒されるとき、〈私〉および〈私の母様〉はあらためて意識の表層に上ってくるようです。そのことは少年が教室で自己を語るつぎのくだりによって明らかでしょう。

 ここにあるのは、少年が外界と接触する際に〈僕〉を用いることを通して、少年と母との二項結合の世界の内部に微妙な亀裂が走るという機微です。その微妙な亀裂を意識しつつ、あらためて母との二項結合を希求するとき、〈私〉意識がひそかに侵入してくるということでもあります。

 このように母の正当性をくりかえし言い募らざるをえないこと自体に、母との別れが内包されているといっても同じことです。世の中を呪咀し排撃しつづける母子は、((はね)の生えたうつくしい姉さん)の登場をまたずとも、〈僕〉/〈私〉の使い分けを契機として、すでに解体を始めているのです。だからこそ、〈私〉は「母様(おっかさん)() らつしやるから、母様が在らつしやつたから」とつぶやくのです。言い換えれば、少年と母との二項結合の世界に他者が介入することによって初めて〈私〉意識が誕生するので、〈私〉という人称の誕生はそうした二項結合の世界の喪失の痛みと不可分だということです。

4 『鶯花徑』の達成――〈坊や〉/〈私〉の交替――
 例によって、最初に梗概を掲げておきます。

 これまでの『龍潭譚』『化鳥』と較べてみても、大変入り組んだ複雑なストーリーということができます。入り組んでいるのはストーリーばかりではありません。作品の時間構造も四重構造になっています。まずは、〈わたし〉が〈若い母様〉に運れられて鬼子母神に詣でる〈いま〉があります。また、その途上で想起される二つの〈過去〉――一つは〈母様〉と一体化していた甘美な〈大過去〉、もう一つはその強烈さのあまりに〈わたし〉の記憶を切断した〈父上〉の惨劇を中心とする〈小過去〉――の二つの〈過去〉があります。さらには、司の自殺を含めて、生起したすべてのことがらの意味を尋ねるために語りを行っている〈語りのいま〉が全体をゆるやかに続括しています。
 そうした複雑な作品構造に見合って、口頭語の屈伸性と時制の意識的横断を最大限に励起した、きわめてテクニカルな語りが行われています。例を挙げてみましょう。

 〈若い母様〉(=看護婦)に手を引かれて鬼子母神に詣でる途上です。「両側に森のある薄暗い小路を歩行いて居た」とあるのが、その証拠です。その〈いま〉に〈大過去〉がいわば噴出してきているわけで、冒頭の「ちやうど」以下の〈母様〉に抱かれて峰の一本松が燃えるのを眺めた記述がそれに該当します。それとは別に、「……と思ひました」や「(あきらめても居た)のらしい」といった箇所に、それらの総体を物語る〈語りのいま〉がきっかりと象嵌されています。〈語りのいま〉については、それとは別の観点から補注を施すこともできます。「およつていらつしやつた」「開けなすつた」「お出しなすつた」「おつしやつた」等の待遇表現の駆使は〈語りのいま〉を励起する徴だからです。いずれにしても、ここには大変複雑な時間構造が埋設されているので、先に、時間の四重構造と述べたゆえんです。

 さて、肝心の人称の問題は、『鶯花徑』ではどうなっているか。いま挙げた文章で、その問題を考えてみましょう。

 見られる通り、人称においても、〈私〉と〈坊や〉とが交替し、輻輳(クロス・オーバー)することで、不思議な眩暈をもたらします。そうした人称の複雑な交替はまた、心神喪失の〈私〉の内部を表現するのに似つかわしい言表と言えましょう。
 ところで、そうした〈私〉と〈坊や〉の交替はなぜ起きるのか。そこに一定の法則性はあるのか。それがつぎの課題でしょう。もう一箇所、用例を挙げておきます。

 〈私〉は〈若い母様〉(=看護婦)に手を曳かれて鬼子母神に詣でる途上である、と先ほど述べました。しかし、それはあくまで便宜上の説明なので、心神を喪失し意識の溷濁した〈私〉は、自分の手を曳いているのが〈若い母様〉とも看護婦とも、実のところ認知していません。先の用例では、それは「恐い、邪慳な、残酷なもの」と言われています。後の用例では「誰か」もしくは「悪魔(おに)」と捉えられています。煩わしいので一々は断りませんが、以下、「(おに)」→「手を曳いてる人」→「青みを帯びて練衣(ねりぎぬ)のやうな真白な服装(なり)の、ほツそりしたの」→「看護婦といふものの服を着けた、二十(はたち)ばかりの女」、そして「若い母様」といった風に、自分の手を曳いているものの実体は意識の水底から水面に向ってゆるやかに浮上してゆくように、漸層的に明らかになるように物語られています。
 発表時間も残されていないようですので、大急ぎで結論だけを言えば、自分の手を曳いているものを〈母様〉と錯覚するとき〈坊や〉は発語され、「悪魔」「鬼」等と見做すとき〈私〉が発語される、といった傾向性を抽出できるようです。〈母様〉との二項結合のなかにまどろんでいるとき〈坊や〉は発語され、〈他者〉と直面せざるを得ないとき〈わたし〉が自覚的に定立される、と言っても同じことです。
 鏡花文学における〈わたし〉の発見は、母との一体化・融合の喪失の痛みとともにあり、あわせて〈他者〉の発見とともに行われたということです。それが〈神隠し〉を契機として描かれていること、眩暈とともに自覚されていることについてはすでにくりかえし述べて来ましたので、あらためては申し上げません。

結びにかえて
 ただ、鏡花は〈他者〉に囲遶された〈わたし〉がその孤独にたえながら、同じように孤独な〈他者〉とあらためて人間関係を形成してゆく、――そういった〈近代〉に対して徹底的に背を向けるといった生き方を選んだこともよく知られています。母との一体化の世界に常に回帰し、そこで安楽にまどろむことを鏡花は希求しつづけたわけです。そうした回帰は、いわば無時間的に鏡花文学のなかに噴出します。つぎのくだりは、作家である新吉が二階の書斎に開じこもっているところに、妻のお君が押しかけてくる様子を描いたものです。

 〈夫〉―〈妻〉の関係がたやすく〈母〉―〈子〉の親族関係に移項される。こうした狎れ合いは奇妙というか、気味が悪いというか、少なくとも第三者にとってはかなり居心地の悪いものです。
 日本語の人称の問題を考えるとき、人間関係がつねにこうした二者結合の場所に転落もしくは退嬰してゆくことに注意を払わなければならないので、母との一体化という甘美な世界の持つその甘美さに甘んずることの危険は言うまでもありません。そうした状況をどう突破してゆくか、乗り越えてゆくかが本日のシンポジウムの最終的な課題なのでしょうが、いまは問題点だけを指摘して報告を終えたいと思います。



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