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「文化としての言葉―あなたと私の世界」に向けて

杉山康彦 ◎前 共同研究機構委員長

 共同研究機構としては各研究グループに共同研究機構の研究発表集会への参加をお願いし、昨年度は六回、今年度は既に一回開催していますが、それとは別に機構委員会主催のシンポジウムを企画しました。このテーマは私が教員の皆さんとの、いろいろな場での雑談の中から出たもので、その後委員会その他の教員の方と話し合う中で、このテーマなら学部学科を越え、今までの人間関係を越えた形で、それぞれの専門が接触し、スパークし、和光大学の教員スタッフならではのなにがしかのものを追求できるのではないかと考えたものです。
 このシンポジウムで何を目指すのか、私自身明快ではないのですが、以下いま漠然と私が考えていることを申し述べさせていただきたいと思います。ここのところ日米経済摩擦ということがいわれ、その基底には文化摩擦があるのではないかということもいわれます。日本人ははっきりものをいわない、日本人はうそつきだ、日本語は論理的でない、そういわれて見るとそうなのかなと思わせられることもありますが、ことはコトバということに深くかかわっているということがあると思います。コトバが文化を決定するということもいわれます。そういう観点からこのような問題をコ トバを通して考えたいと思います。
 最初教員仲間で、私が学生のことを「ちゃん」づけでは呼ばない、呼べないといいますと呼ぶという人と呼ばないという人とがあり、私は夫婦間では自分のことを、つい時々「オレ」と呼ぶことがあるが、夫婦げんかのときは「ボク」になるなどということまでまた色々な話が出ました。日本語の場合このような人称、呼称が相手との関係、その場によって微妙に変っています。英語では I,you,he,she と常に明快で、この点著しい相違があるようです。フランスの言語学者、É・バンヴェニストにいわせますと「動詞のなかになんらかの方法で人称の区別が示されていない言語は、知られているかぎり、存在しないものと思われる」(『動詞における人称関係の構造』1964 高塚洋太郎訳)ということですが、日本語はバンヴェニストの視野に入っていないようです。日本語は主語である人称代名詞によって述語である動詞が変化しません。この点韓国・朝鮮語も日本語に近いようです。
 また言語学者柳父章さんにいわせますと「『私』『君』『あなた』のようなことばでも、日常私たちはできる限り使わないようにしている。西欧文を日本文に翻訳するとき、直訳すると、どうしても日本文としては多すぎる結果になる」(『翻訳とは何か―日本語と翻訳文化―』1976・8 法政大学出版局)ということのようです。こういうことが我々の思考の仕方、文化のあり方に関係があるのでしょうか。
 仏文学者であり、哲学者でもある森有正さんは『経験と思考』(初出『思想』1970・11〜72・1の論文を没後に集めたもの)という本の中で、このような問題に取り組んでいます。そこで森さんは「日本人においては、『汝』に対立するのは『私』ではないということ、対立するものもまた相手にとって(...............)の『汝』なのだ」ということを強調します。そして例えば親子の場合、「子は自分の中に存在の根拠をもつ『私』ではなく、当面『汝』である親の(..)『汝』として自分を経験」しているのだとし、すべては「私と汝」でなく「汝と汝」の関係の中に相対するといいます。このような関係 を森さんは「二項結合方式」「二項方式」さらに「私的二項方式」と名付けています。
 そしてこの二項方式の自他は「互に相手に対して秘密のない関係」という親密性を持っており、あらゆる他人の参与を排除するのだといいます。さらにこの二項方式は垂直性を持っており、身分関係が深くかかわっていることも強調します。そして森さんは、 といい、日本語について極めてペシミスティックです。我々のこのような思考のあり方が、日本語にかかわっているとすればことは重大です。

 国語学者、佐久間鼎さんの「言語における水準転移(特に日本語における人代名詞の変遷について)」(1937)などはこうした問題に目を向けた先達的論文であると思われますが、言語学者、鈴木孝夫さんはこのような問題に早くから取り組まれた研究者です。それは『ことばと文化』(1973.5 岩波新書)に要約されていますが、その最終章は「人を表わすことぱ」となっています。鈴木さんはここでは、日本語では英語のように人称は明快でなく、「わたし」「おれ」「おまえ」という呼び方が多様であるというだけでなく、お父さん、おじさんといった親族名称、課長、先生といった地位名称、職業名称で呼ぶことも多く、これらは一人称、二人称、三人称と呼ぶより、それぞれ「自称詞」「対象詞」「他称詞」と呼んだ方が日本語に即しているといっておられます。そして森さんのいわれる垂直性について其体的な分析をされ、例えぱ親族同士の対話については、五つの原則を提示されます。
(五)は例えば、弟が兄に対して「兄さん」と呼ぶが、兄が弟を「弟ちやん」とは呼ぱないように、話し手は地位の下の者を相手にするときは、自分を相手の立場から見た親族名称で呼ぶことができるが、逆の場合はそれができない。というように大変明快に論理化されています。またこの「親族名称の虚構的用法」ということで、例えば夫の帰宅の遅いことを「パパ遅いね。どうしたのかしら」などというときの「パパ」は自分の子供を基準とした虚構的な呼び方で、この子供の視点への歩みよりを、共感的同一化と呼んでおられます。そしてこのような親族名称の使い方は日本人のある種の行動様式と対応する点があるともいわれています。鈴木さんは、このような研究がいままでなかったということは、日本の近代の言語学が師と仰ぎ、模範とした西洋の言語学にはこのような視点が欠けていたからではないかということをいわれていますが、最後は、 とし、さらに外国人を相手にするとき、 ということで、これは森有正さんの二項方式の論と重なります。鈴木さんも森さん同様大変ペシミスティックな仕儀になります。

 最近私は竹内真澄さんという方の「三人称としての社会科学〈コミュニケーション的生産力〉に立脚した新しい言語形成へ向けて」(季刊『窓』1992 春号)という文章を読みました。この冒頭の節は「三人称なき今日の精神状況」とあります。ここでは今の大学生の学生たちに「『歴史』や『社会』のことを話題にするのは、ダサイ、つまらない、退屈なことでしかない」という風潮があり、森有正さんのいう三人称の弱さではないかといっておられます。そしてそれは社会科学にとって内在的な重大な問題としてとらえておられます。
 そして竹内さんは今この「三人称」の間題が歴史的転換点を迎えているのではなかろうかとされ、

といっておられます。そして竹内さんは森風の三人称を「人格権としての三人称」と呼び、この三人称が著しく弱いということは、逆に言えば「効率主義」「貨幣」が異常に強いということであり、それを「物権としての三人称」と呼んでおられます。そして日本では、この両者の緊張が極めて弱いことを強調され、このようなジレンマを乗り越えるために、言語的コミユニケーションによる生産力の制御ということで〈コミュニケーション的生産力〉というものを提唱しておられます。このように考えるとこの「三人称」は、現在の若ものの世代ではいよいよ弱体化、哀退化しているということであり、それは東西の冷戦構造が崩壊した現在の世界構造の問題でもあって、両者は相呼応しているということです。

 文学研究の分野でも比較的最近、この人称、呼称の問題が文学へのアプローチのひとつの梃子になってきているようです。そこではこの問題は必ずしもペシミスティックに閉じられているのではなく、日本語の内部からそれを越えていくという形で問題にされているように思えます。例えば日本文学の方の若きホープ小森陽一さん―和光大学にも何回か講義をしていただき、今年も「小説の可能性」という講義をやってもらっています―は『構造としての語り』(1988・4新曜社)などでこのようなアプローチを試みています。そこでは「おそらくこの過程(杉山注、坪内逍遥の小説の方法)には、西欧的小説における、いわゆる『神の視点』に立つ地の文の文体をついに成立させえなかった、日本の『近代小説』の宿命があらわれている」といっていますが、これは森有正さんの「三人称」の問題とかかわることだと思います。そして「『日本語』の文章構造は本質的に二人称的、つまり発語の場(....)を、語り手と聞き手が共に生きることによって成立するものである」ともいっています。この二人称的ということも森さんの二項方式ということとかかわっていると思いますが、小森さんはこれを必ずしも日本語のマイナス要因のみとしてはとらえず、これを日本の近代小説がどのように越えていったかという文脈で追求が行われているように思えます。
 例えぱ夏目漱石の『坊ちやん』は「おれ」の一人称小説ですが、これは一方では「おれ」の全き了解者(分身)である下女「清」に向かって語る小説で、その点から見れば二項方式の、「三人称」、他者のない甘えの関係ということになりますが、この小説は同時に「坊ちやん」を「なぜそんなに無闇をしたか」と問い詰める潜在的聞き手、〈常識ある他者〉をも内包しており、この両者が葛藤するというような趣旨を論じています。つまりこの小説の背後に「三人称」が出現するという風にとってもいいと思います。
 また最近、亀井秀雄さんの「『坊ちゃん』−「おれ」の位置・「おれ」への欲望」(『国文学解釈と教材の研究』1992・5)という論文が発表されました。これはまず「なぜかれは自分を呼ぶのに『おれ』という代名詞を選んだのか」と書き始められますが、この小説は四国から帰郷し、「清」が亡くなった後に書かれたという形の小説です。それで亀井さんは「おれ」は少年時代父親からは「貴様」呼ばわりされ、「清」からは「あなた」と敬称で呼ぱれていた段階では「おれ」とは自称しなかったのではないかといい、父親が死んで一家離散して下宿する段階で「清」が「あなた」をやめて「坊ちやん」と呼び、それに対応して、「おれ」と自称するようになったのだろうと推定します。「坊ちゃん」と「おれ」は対なのです。そして とありますが、「おれ」という自称はこのようなアイディンティファイとしての意味を持つということです。清が死ぬと「清」にとっての「坊ちゃん」も死にます。つまり「おれ」のアイディンティティも失われるのですが、亀井さんはこの小説はこのアイディンティティを守るために語られた「おれ」への欲望であるといわれます。そうすると、これは私の付言ですが、読者はこの小説の末尾のところで「おれ」と「坊ちゃん」の二項方式の甘えから放り出されます。そこには孤独な一人称−三人称がかいまみられるということになると思います。
 野口武彦さんは『批評空間』という季刊誌(1992・6 5 )で「三人称の発見まで」という評論の連載を始めています。この文章は と書き始められます。そして「文学史上の『近代』は、或る基本的な視覚から眺めるならば三人称の発見だったのである。」といいます。そしてその道筋を近世浄瑠璃から探ろうというものです。
 また同じく最近のものでいいますと申寅燮(シンインソプ)さんに「呼びかける『私』、呼びかけられる『君』−『生まれ出づる悩み』論−(季刊『文学』1992・4 2)」というのもあります。このようにこのところ日本文学研究ではこの人称、呼称の問題が、語りの問題として一つの焦点になっていると思われます。
 また芥川賞受賞作家、松村栄子(1961生まれ)に『僕はかぐや姫』(1991・5)という小説があります。伝統ある女子高の文芸部の生徒たちを中心とした物語。  この千田裕生は、クラブの合宿のある事を境にして〈わたし〉と呼ぶようになります。そのおごそかな移行は私を泣かせます。女の性、その宿命を哀れむというわけではありません。女でも男でも少年から大人へどのように越えて行くのか、それは古今を問わず重い問題だと思います。源氏物語のあの顔を「赤くすりなし」、髪を「けづることをうるさが」る若紫はいかにして大人となるか、「坊ちゃん」は純粋を捨てどのような大人になるのか、「三四郎」然り、大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』の少年の〈僕〉も小説の末尾で自ら選んで大人の世界へ放り出されます。どの物語も俗なる大人を拒絶し、かつ少年と離別します。『僕はかぐや姫』はその現代版だと思います。この小説では人称、呼称というものが、主人公にも意識され、顕在化していますが、やはりそこには二項方式でない一人称−三人称の〈僕〉〈わたし〉が誕生していると思います。
 英文学者、栗原裕さんの著書『文芸のことば』(1991・1 沖積社)には「人称論」という章があります。例えば、
(イ)人の言うことはよく聞くものだ。
(ロ)人の言うことは聞きたくないね。
の人称を問題にします。そして英語の場合でも人称の I,you,he というように単純ではないことを論証しようとしているように思えます。
 またジャーナリストで作家でもある玉木明さんは『言語としてのニュー・ジャーナリズム』(1992・2 学芸書林)の中に「武器としての『三人称』ウォーターゲート事件とニュージャーナリズム」という章があります。これはカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードという二人の著者の『最後の日々』を論じたものですが、玉木さんはこの前著『大統領の陰謀』が、すべて「当事者の視点」で語られていたのに対し、この本はその「視点」では語りえなかったことを語っているといっておられます。  二人の著者は、その情報は「記録に載る」が、「情報提供者の身分は伏せる」というルールは守る。しかし例えぱキッシンジャー国務長官室の内部を再現した部分があります。極めてリアルな表現ですが、ここからは情報提供者は誰と限定できませんそして結局この文章の構文は「『キッシンジャーは……』と□□が私(バーンスタインまたはウッドワード)に語った」ということを隠し持っていると玉木さんはいいます。□□がそれです。なぜそうなるか、それぞれが「三人称」の構文だからです。「三人称」においては、その構文に含まれる内容が「語り手=私」を経由することなく、直接その構文の「主語=二人称」へと結合される。二人はこの「三人称」に依拠しなければ、けっしてホワイトハウスの内部を描くことはできなかった、ここでは「三人称」は武器だというのです。これも英語の場合の話です。
 色々な話を持ち出して恐縮ですが、問題はますます漠然としてとらえどころがありません。こういう状況の中でこのシンポジウムは何を問いうるか、私自身はっきりしませんが、これを皆さんの、そして聴衆との話合いの中でいくばくかのことをあきらかにして行きたいと思うのです。
 鈴木勁介さんには、本学学生諸君の協力を得るはずの「アンケート調査」をもとに、いまの若者の現状を報告していただく予定です。ヨーロッパの人称、呼称の特質はやはりキリスト教とかかわりがあると思います。「神の視点」ということも書きましたが、神との問答ということもあると思います。そういう視点とかかわるかと思いますが、永澤峻さんにはヨーロッパの図像についてこのような問題を論じていただけるかと思います。松山幹秀さんは英語の立場から、劉孝鐘さんは韓国・朝鮮語の立場から、塩崎文雄さんには文学の立場からお話しがあるはずです。そして大学のキャンパスではなく、社会へ出た大人たち、企業ではこういう問題は現状としてどうなっているのか、そういうことをジェンダーの問題をも含めて影山裕子さんに、その体験を通じてお話しいただきたいと思っています。
 以上が私個人の当面考えられることです。どうかその枠を越えてお話していただき、話合いを展開していただきたいと思います。

1992年5月




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