シンポジウム◎食料関連産業と環境―アジアと日本

ディスカッション

 

司会(三浦) それでは、ここで全体討論に入りたいと思います。

 三人の先生方に前に出ていただいて、皆様からご質問・ご意見をお受けしたいと思います。どの演者の方にでも結構ですし、共通の質問でも結構です。いかがでしょうか。最初に所属とお名前をおっしゃってください。

質疑(科学技術振興事業団・田上貴彦) ブンジット先生に二つ質問があります。先生のプレゼンテーションの中で、塩類集積の特に大きな要因として、森林破壊があるということでしたが、そのメカニズムというか、それが塩類集積にどう結びつくのかというところを少し詳しくご説明いただければありがたいと思います。特に水の問題とか、栄養分の問題とか、たぶん時間の関係でスキップされた部分があると思います。今日会場にいらっしゃる方は学生の方も多いと思いますので、そのメカニズムについて簡単にご説明いただければと思います。

 もう一つは、国王のプログラムですが、ため池をつくったり、畑地と稲作と集落をセットでつくる「新理論」について、また、植林のお話がありましたが、それに対して今、タイでは金銭的な補助などは何かなされているんでしょうか。もしもありましたら教えていただければと思います。以上二点です。

 ブンジット 重要なご質問をありがとうございました。私は自然科学者ではないので、経済学者として、今の質問にお答えします。

 第一の質問、塩類化に関して。土壌学者に聞きましたところ、森林破壊を行なうと地下水位が変動します。さらに気候変動が引き起こされることよって干ばつが発生し、それによっても地下水位が上昇する。すると地下の土壌が地表に上がってきてしまい、それが塩類化につながっているということです。理論的には、タイ南部からベトナムにかけて、塩分が存在しています。地下に多くの岩塩があり、塩分自体は昔から存在しているのですが、問題にはなっていませんでした。地面の上には森林がありましたので、地下水位が押し下げられることによって、塩類化にはつながっていなかったのです。

 トゥンクラロンハイの調査に当たる前に、井上荘太朗さん(農林水産省農林水産政策研究所)と一緒にナコンラチャシマ地域の調査を行ないましたが、塩類化が非常に深刻な度合まで進行していました。衛星写真でもわかるぐらいでした。

 森林破壊を行なった後、どれほどの時間がたつとその土地が非常に深刻な塩類化を起こすかに関しては、だれも知る由がありません。どれほどの時間がたつと塩類化してしまうかは、将来に向けて、タイのみならず、ベトナム、その他の関係国にとって研究すべきトピックスになるわけです。

 第二の質問は、国王の新しい理論についてでした。国王の新しい理論、政策に関しては、官僚のみならず研究者の間でも多くの誤解があります。この理論自体は、何もタイを鎖国化させて、自給自足化しようということではありません。金融危機に見舞われる以前は、タイ国経済は基本的に対外貿易に強く依存していました。GDPの六〇%ほどが貿易によって創出されたものでした。そして、貧困の問題にも見舞われています。貧困層の三五%は地方に住んでいて、そのうち六〇%以上の人たちは土地を所有しない農民です。それで内務省は、あるプロジェクトを立ち上げ、貧困で土地を持たない農業者を支援することに乗り出しました。全般的にではなくて、ごく限られたエリアにおいて土地を提供するというものです。この支援策の一端ですが、ある農家が水産業・養殖などに進出したいと、政府が低金利で融資をするということです。これは補助金としての融資です。しかし、この融資策は国王の新しい理論のためだけにつくられたものではありません。この五年、一〇年、ずっと存在してきたものです。

 このプログラムと並行して政府が行なっているのは、森林の植栽のための苗を提供するものです。一年に一農家当たり一本を植林するという計算で、多くの村においてこれが大いに成功しています。大々的に植林されているわけです。

司会 それでは、次の質問をお受けいたします。

質疑(財団法人青少年国際交流推進センター・小楠容子) ブンジット先生におうかがいしたいのですが、タイで進んでいる塩類化をとめるために、もし日本として協力できることがあれば、それは何でしょうか。教えてください。

 ブンジット こうした施策が良いと回答が即座にできればいいのですが、多くの国際機関にしていただけることは、地方の開発の一助を担うことだと思います。地方を強化するために、生産、教育、衛生、その他もろもろの面で協力していただくことです。

 私は二〇年近く国連開発計画(UNDP)の仕事をしているのですが、計画立案がうまくなされていなかったがために成功しなかった開発事業はたくさんあります。特にこの数年見受けられていることですが、個人的な見解を申せば、地方の開発においては単に生産部門の強化だけではいけないわけです。生産部門を市場へと結びつけていかなければなりません。

 タイにおいてすぐれた成功を遂げている事例もあります。プログレッシブ・ファーマーズ・グループというものですが、このグループは先進的な農業者の集団で、ここ数年成功しております。ドイツの基金によって支援を受けている団体です。よろしければタイにいらしたときに視察の手配をして差し上げたいと思います。

質疑(経済学部経済学科教授・山田久) 銭先生に二つ質問があります。

 一つは、水資源障害の件です。非常に勝手な言い方をすれば、日本が中国の農村または農業発展に関して一番心配していることは、化学肥料の使用量が増大するのではないかということです。私の単純な考え方では、化学肥料を大量に使えば、それらは大量に川へ流れるだろう。川へ流れた後は海に流れる。先ほど銭先生は、地下水および内陸における湖などへの影響のほうが強いとおっしゃいましたけれども、実際には東シナ海へ大量に流れ出るのではないでしょうか。そうなると一番影響を受けるのは、東シナ海で漁業をしている中国であり、日本であり、韓国ではないかという点です。

 それからもう一つは、銭先生のお話で最後の結論部分に関係しています。非常に興味深かったのは、水の再利用と、水価格による需給調整機能を強化するということでした。私は中国の経済に関してはほとんど何もわかりませんが、水価格で需給調整をしようという場合、どういうマーケットが想定できるのか興味があります。私自身は、中国の政治と経済に関してはよくわかりませんが、私の知っている限りではそれは分離しています。経済に関しては市場経済的な動きがあるけれども、政治においてはそうではないという観点からすると、水価格による需給調整とはどういうシステムなのか。非常に興味深いので、ぜひその辺のお話をおうかがいできればと思います。

 まず一点目の、水資源障害の話ですが、おっしゃったように川を通じて海へ流れていくという問題は今だんだん深刻になりつつあります。肥料の投入は、近年非常に増えています。ところが肥料の投入効果は下がっているのです。一キロの肥料による増産分がどんどん減って、肥料をもっと有効に使おうという議論が国内でも幅広くされているところです。しかし、農民の教育レベルは非常に低いものですから、新しい農業技術がうまく浸透して普及するには非常に時間がかかります。ですから、短期間で見ると、化学肥料を少し減らして、持続的な発展に向けて何ができるかということは、すぐ効果は見えないかもしれません。肥料を過剰に使用しているのではないかという議論が国内でも強くなっていることから、今後は政策的にも若干抑えられる動きがあると思います。

 汚染に関して、具体的な数値は手元にありませんが、確かにおっしゃった問題はあります。しかし、中国の工業部門は内陸河川の周辺地域に多く立地しているので、内陸の汚染問題は、今、沿岸部よりはるかに深刻です。工業の立地が深くかかわっています。中国は六〇年代に重工業の立地について、国の政策として、地域に適応した立地配分ではなく、戦争が起こった場合いかに被害を防げるか、そういう考え方で内陸部に多くつくられ、重工業部門による汚染が現在非常に深刻なものになっています。

 そして対策ですが、水の再利用問題について、水道の建設などの投資は非常に不足しています。特に農村地域は水道の普及率が非常に低い。ほとんど地下水や河川の水に頼っている状況です。ですから、工場から排出されたものをうまく処理して、それを再利用することによって資源を節約し、汚染問題も抑えられるのではないかということが、最近盛んに議論されています。ただし、これには多くの投資が必要です。今までは企業自身の投資、あるいは地方政府による財政上の支援が中心でしたが、この問題に対処するには国の財政支援が不可欠だと、私は個人的には思っています。国からの財政支援がない限り、なかなかこの問題の解決には至らないのではないか。

 そして(二つ目の質問)水価格ですが、経済的に考えると、私は最終的にはやはり需給関係にたどり着くと思います。価格の調整機能をうまく利用できるのではないかという考え方があります。いろいろな資料を調べたところ、最近中国国内でも、水資源に対する一種の資源税を課して、使用量の区分けで、多く使った場合は価格を高くするという試みが始まっています。都市の生活用水に関しても、ある程度の量を超えた場合は単価を上げていくことを実施している地域も出始めています。

質疑(岡本) 銭先生に一つ質問があります。

 中国の総人口に占める農業人口の割合は六四%で、八億人という数字が出ております。農村戸籍の制度が敷かれていて、人口移動は難しいということですが、農村から都会に期限を切って三年ぐらいとか働きに来て、また帰っていくようなことがありますね。農村戸籍は中国の食糧の自給率を維持していくために、政府としては将来にわたっても継続していかざるを得ないのでしょうか。

 戸籍制度は一九五〇年代にできたもので、そのときは都市の人口と農村の人口、二つをはっきり分けました。歴史の話になりますが、当時は食糧の配給制があって、全体的にモノ不足の時代でした。この状況は八〇年代の初めごろまで続きました。その状況で都市に移動する場合、食糧の供給ができないという現実の問題があって、それで農村の人口移動を規制した経緯があったと思います。

 近年では、農村の過剰就業の問題、労働生産性が非常に低いという問題があり、農村の活性化、農民の生活向上のためにも、労働力の移動制限をやめざるを得ないような状況が出始めています。今、一部の地域、例えば上海の少し南、浙江省の杭州周辺地域に関しては、戸籍制度をなくす動きがあります。また、上海市でも今年生まれた人からすべて上海市の人口として認める。上海市近郊の農村人口ではなくて、すべて上海市の人口に一本化する政策を始めています。

 国全体としては、今のところ戸籍制度を取りやめる動きは出ていませんが、地方の政策ベースでは、徐々に開放している状況です。

質疑(総合文化研究所助手・内田正夫) 小林さんのお話について私の感想を申し上げて、ご意見をお聞きしたいと思います。

 国際貿易や物資の流通、またWTOなどの役割を否定するわけではありませんが、WTOに代表される国際貿易の仕組みは、市場経済の原理、あるいは資本主義の原理を前提にしていると思います。ところが、特に発展途上国の村落社会は、少なくとも近年までは資本主義的な仕組みではあまり動いていなかった社会ではないかと思うのです。そういった社会の仕組みは、世界的な市場経済化の中に投げ込まれるがゆえに、破壊という方向へ行かざるを得ないのだと考えます。このように問題を考えてみると、お話の中で所有権が不明確であるということでしたが、それは近代的あるいは資本主義的な見方で見れば不明確だけれども、別の価値基準というか、社会の仕組みの基準から見れば、例えば入会権などはそれに当たるのではと思いますが、たぶん資源の所有や生産物の分配のルールは明確にあったのではないでしょうか。

 それらを否定する市場経済はけしからん、とまでは申しませんが、いわゆる市場経済原理だけに組み込まれないような仕組みを、さらに含み込んだ形で国際貿易のルールを作っていく、そういう方向というのは考えられないのだろうか。以上が私の質問です。

小林 最後のところをもう一度お願いできますか。

質疑(内田) これまであるべきものとされてきた近代的あるいは資本主義的なルールや仕組みに含まれない、そのようなルールや仕組みをも含み込んで、国際ルールをつくっていくという方向は考えられないのだろうかということです。

小林 資本主義のルールがあって、そうではないルールがあって、両方一緒にできないかと考えてよろしいでしょうか。

 この手の話は、資本主義のルールはこうである。それですべて決めていくということにはたぶんなっていないと思います。資本主義のルールの中でも、役に立つ部分、うまく機能しない部分、いろいろあるわけで、最初から全部含んだルールというのは、事前に考える際には存在しないと思います。問題ごとに検討するということです。

 入会権のお話がありました。里山。例えば本学周辺も昔は「山」だったのですが。集落が共同で管理して何百年も豊かな森を保つ。そういう場合に機能するもので、それはだれも否定しません。資本主義社会もおそらく否定しないのですが、ある意味、資本主義化して、そういう入会権がなくなってしまうことが起こるわけです。例えば農地を持っていた人が他人に売ってしまうと、共同で管理することができなくなる。そういう場合があるわけです。そういう場合はその状況を見て考えるわけです。

 所有権ははっきりしないが入会権があるだろうというお話ですが、入会権もなくなった状態だから問題が起こったのです。(入会権と所有権が)別に競合していたわけではなく、入会権でうまく管理できたのが、そうではなくなった。だれが管理するのか、だれが責任を持つのか、はっきりさせなければだめだろうということです。それは同時に資本主義社会・資本主義経済がきちんと機能するためには、それがなければいけないわけです。対立させる事項が少し違うと思います。

 わかりづらい答えになりましたが、以上です。

司会 今の問題はずっとやっていても限りがないように思います。ほかのご質問、いかがでしょうか。

質疑(非常勤講師・高木要) 銭先生に教えていただきたいのですが、先ほどのお話ですと、郷鎮企業からの化学物質の排出問題はかなり深刻ですね。重金属、あるいはヒ素、それからCOD(有機物質に相当すると思いますが)、これらに対して今中国では、排水処理の強化による技術革新によって解決するこころみはもちろん行なわれていると思います。それ以外で法的な手段はどうなっているのでしょうか。例えば日本ですと水質汚濁防止法によるものがありますが、実は、これで中小企業は困ったわけです。お金がない、そんなことはできないということになってしまったわけです。今、中国ではいかがでしょうか。

 具体的な数字は手許にありませんが、郷鎮企業の小規模経営、特に工業部門のレンガ工場などの産業に関しては、水も大量に使われているし、汚染物質も大量に出しています。小規模のものが非常に多く、十何人とか、近所の何軒かの農家で連携してとかです。

 当然、国の規制はあります。排出基準もちゃんとありますが、検査が来るとすぐ逃げたりとか、なかなかきちんと取り締まれない状況です。汚染の問題で二、三〇〇万軒の郷鎮企業が、これまでに閉鎖や営業停止などの処分を受けています。しかし、毎日そばで見ているわけにはいかないし、お話のように投資がないと汚染物質を処理して排出することはなかなか難しい。そういう状況は今も続いています。

 ただし、この二、三年、国営企業を民営化する動きがだんだん強くなってきて、郷鎮企業が存立する条件が厳しくなっています。国営企業との競争を余儀なくされている、競争世界に入ってくるわけですから、小規模のものは自然に淘汰されて、どんどん規模拡大の方向に向かっています。そうすると国による管理も若干やりやすくなるし、国の環境基準を満たすための法律的な手段、あるいは行政的な処分、それらはだんだん強くなると思われます。

高木 だんだん淘汰されてしまうということですね。ある程度大規模になれば、それに対して技術導入もできるし、法を守ることもできるという形ですね。しかし、解決にはやはり時間がかかりますね。

 中国の環境問題は長期的に取り組まないと、なかなかうまく解決できないと思います。

司会 まだご質問があるかと思いますが、そろそろ時間になりましたので、私が感じたことをまとめさせていただいて、終わりにしたいと思います。

 きょうは、アジアと日本の環境問題を、食料関連産業を視点に、シンポジウムという形で勉強してまいりました。近年、アジアの諸国は大変な勢いで経済成長をしておりまして、春に行って、翌年の春にもう一度行くと、町の様子とか、あるいは農業のやり方、そういうものが見違えるほど変わっているというように、非常な勢いで発展しております。

 それに伴って環境問題もたくさん起きているわけでして、もちろんそれぞれの国が環境問題を起こさないように努力はしていますが、何はともあれ、発展の程度が非常に早いということで、技術の問題とか資金の問題があって、なかなか対策が追いつかないのが現状のようです。

 日本では、一九六〇年代の高度成長の時代には非常に多くの環境問題を起こして、公害列島と言われた時代がありました。それを七〇年代にかけて、非常に大きなエネルギーを使って解決してきた。そういう立場にある日本では、現在アジア諸国で起こっている環境問題に対して、担うべき役割があるのではないか。技術援助だとか、協力だとか、そういう方向で日本の国も企業も動いていると思います。

 ただその際、現地の状況に合った協力や技術援助であることが重要です。本日のシンポジウムも現地の状況をきちんと把握するという意味で、タイと中国の現状を現地の方にご報告いただきました。このようにして得られた知識をもって、では日本は何をすべきかを考えるのが日本人の責任だと思います。

 それから、小林さんのお話では、貿易との関係で、日本がアジア地域の環境破壊をむしろ増長させているということが見えてきたかと思うのですが、そのことはやはり日本も責任を持って考えなければいけなくて、それは日本のライフスタイルに対する問いかけでもあるように思います。

 今、日本ではアジア地域の環境問題の現状をきちんと知ることが重要なのではないか。そういう視点に立って私たちの地域環境研究グループは現地の情報を発信していこうということを活動の一つとしております。

 きょうは盛りだくさんの情報に接することができました。今後も継続していければと考えております。それでは、三人の先生方に感謝をもちまして、もう一度拍手をお願いしたいと思います。どうもありがとうございました。