シンポジウム◎食料関連産業と環境―アジアと日本

中国の農村の発展と環境

 

銭 小平 ・独立行政法人国際農林水産業研究センター主任研究員
   紹介していただいた銭と申します。よろしくお願いいたします。

 私の専門は食糧需給の計量分析ですが、きょうは環境問題ということで、専門家ではありませんが、中国の水資源をめぐる問題について、知っている範囲でお話をさせていただきたいと思います。

 まず内容の構成ですが、中国の農村経済の発展、それから農業資源の制約という二つの視点から、中国の農業の現状と環境問題をめぐるいろいろな動きについてお話しします。

 農村経済発展については、今回は農村経済の多様化と食糧需給の動向、そして、資源の制約に関して、土地の制約も重要ではありますが、今回は水についてお話します。水の制約としては量的な問題もありますが、環境問題としては、「汚染問題」がこの二〇年間でだんだん深刻になっております。

 

 1――中国の経済と農業―概況

 まず一般的な経済状況、基本的な状況についてお話をします。(図表1)

図表 1
 人口の変化と経済成長、都市化の伸び、産業構造の変化について。第一に中国は、ご存じのように世界一人口の多い国で、総人口は二〇〇〇年の数字で一二億六〇〇〇万人、日本の約一〇倍です。そして、戸籍制度がありまして、農村と都市とは自由移動ができない状況にありますので、農村人口は恒常的に高い水準を維持しています。現在、農村人口は八億人で、全体に占めるシェアは六四%という膨大な数字になっています。そして、経済成長と都市と農村のバランスの変化ですが、九〇年代に入ってから中国は毎年七%以上の経済成長率を継続しておりまして、非常に急ピッチで経済発展が進んでいます。そのことと戸籍制度が緩むことによって、人口の都市移動もだんだん強くなってきました。

図表 2
 ここで都市化率というのは、都市人口の全人口に占める割合で、徐々に上昇しています(図表2)。八〇年までは農村の人民公社制度もありまして、戸籍制度で人口移動は厳しく制限されていたので、ほとんど変わりませんでした。農村改革は一九七八年から始まり、それ以降、動きが非常に大きくなっています。

 現在、実質GDP指数も非常に大きく伸びているという状況です。対前年度の伸び率から見ても、最近は一〇%近くの成長率が続いている状況です。

図表 3
 産業構成について、まずGDPに占める第一次産業、第二次産業、第三次産業の割合を見ると、中国はもともと農業国で、八〇年には第一次産業が三〇%ぐらいのシェアを持っていました。そして、この二〇年間で約半分近くまで下がってきています。農業の比重がだんだん小さくなっています。GDPに占める第二次産業の割合はそれほど大きく変化しておりません。農業のかわりに大きく成長しているのはサービス産業で、第三次産業が非常に増えている状況です。就業者の割合を同じように八〇年と比べると、第一次産業の農業就業者数の割合は減ってきています。そして、第三次産業就業者のシェアが大きく伸びています。(図表3)

 次に農村経済の発展についてお話しします。

 まず「農村経済の多様化」ですが、農業システムの変化、農村内部の就業構造の変化、GDPに占める農業と郷鎮企業の割合という、主に三つの視点からお話しします。その後、食糧自給率の変化、一人当たり食糧消費量の推移、生産量の変化についてお話をしたいと思います。

 農業システムというと、言葉は大きいですが、どういう形態の農業を営んでいるかという話です。従来は伝統的な、労働集約的な農業で、輪作を中心として、肥料の投入が非常に少なくて、有機的な、いわゆる持続的な農業体系でした。それが経済発展によって、労働集約と資本集約、両者の集約性が進みました。最近では資本の部分が若干強くなってきていますが。輪作体系は変わっていませんが、伝統的な農業というよりは、現代的な農業形態があらわれてきて、今、地域によって両者の形態が併存しているような状況です。そして、従来の有機肥料を中心とした農業形態から、化学物質多投の、肥料の使用が非常に増えた農業体系になりつつあります。

図表 4
 農村内部の就業構造の変化ですが、農村就業人口の構成を図に示します(図表4)。グラフの左軸は農業労働者の数です。九〇年あたりにピークを迎えまして、徐々に減ってきています。それにしても農業の労働者は三億から三億五〇〇〇万人います。

 現在、注目しているのは、郷鎮企業というものです。簡単に説明しますと、「郷」、「鎮」というのはいくつかの村をまとめた、いわゆる町という概念で、村ないし町に立地し、農村単位の中に入っている工業部門ということです。日本でいうと昔からある農村工業の概念に近いものです。(図表5)

図表 5
 郷鎮企業がなぜこの二〇年間注目されているかというと、先ほど言いました戸籍制度がありまして、人口の移動が自由ではなかった、それによって農村労働力は過剰就業の状態にあったことがあります。三億から三億五〇〇〇万人の農業労働力があり、その半分近くは過剰な就業状態にあります。この部門の労働力をいかにほかの部門、あるいは都市部門に移動させるかが、経済発展の状況にも大きくかかわってきます。このような状況で農村部門での工業発展が始まったわけです。

 郷鎮企業が急速に伸びてきたのは一九八四年以後です。現在の就業者数は約一億四〇〇〇万人です。業種別に見ますと、多くは工業で、建築業、輸送業、サービス業など、四〇余りの業種がありまして、ほとんど都市部と変わらない業種が存在しています。この部分の伸びが、後でお話しする水の汚染問題と深くかかわってくるわけです。

 次に、GDPに占める農業と郷鎮企業の割合ですが、郷鎮企業が農村全体の経済の中でどのぐらいの重要性を持っているかといいますと、一九九〇年の段階では、農業の割合が二八・四%であるのに対して、郷鎮企業は一三・五%でした。その五年後、農業の割合はだんだん下がってきて、郷鎮企業の割合は上昇してきました。率が逆転しています。そして二〇〇〇年になると農業は一六%しかなくて、郷鎮企業は三〇%と、GDPに占める割合は郷鎮企業が非常に大きくなってきています。

図表 6
 農業構造はどういう変化を遂げているかといいますと、生産高のシェアの変化を見ますと、農業、林業、牧畜業、漁業のうち、農業はずっと下がっています(図表6)。農業部門の低下が非常に激しいです。五二年には九〇%ぐらい、九〇年でも六七、八%だったのですが、九九年の数字では五八%ぐらいです。伸びているのは牧畜業です。この部分もまた水の汚染問題と深くかかわっています。そして、漁業も非常に伸びているという状況です。

図表 7
 食糧自給率はどうなっているか(図表7)。中国の場合、自給自足の農業政策が中心でした。これは六一年からの数字ですが、小麦以外は、米、大豆、トウモロコシなど、ほぼ一〇〇%以上の自給率で、高水準を維持していました。しかし、九五年以降、自給率の下降傾向が強まってきました。なぜかといいますと、前に言いましたように農業生産の形態が資本集約的、あるいは化学肥料を非常に多く使うようになって、農業生産のコスト自体が高くなっているからです。そのことによって農産物の比較収益性が下がっているために、輸入農産物が増えて、自給率もだんだん下がってきているような状況です。この傾向はまだしばらく続きそうだと私は思っています。しかし、中国は十二億の人口を有する国ですから、大量の輸入はあり得ないと思われます。自給率は恐らく九〇%前後を保っていくのではないかという見通しを立てています。最近、自給率が最も下がっているのは大豆です。大豆は九五年に輸入の自由化が行なわれて、現在、半分は輸入に頼っている状況です。

図表 8
 そして「食糧」の消費はどういう変化を見せているか(図表8)。「食糧」の概念を簡単に説明しますと、穀物が中心ですが、それ以外に大豆とイモ類が入っています。大豆は乾物重量で、イモは乾物量の五キロを一キロの食糧として計上されています。

 ここで示しているのは米、小麦、トウモロコシ、大豆の消費量ですが、この消費量には、主食以外に加工用と飼料用のものも含まれています。非常に伸びている状況が見受けられます。そして、食肉に関しても同様で、豚肉、牛肉、家禽肉がほぼ一直線で伸びている状況です。ここの波(図表8、一九九五年頃の豚肉の数値)は、統計の調整が行なわれまして、若干の数字のずれが生じたもので、おおむね一直線で伸びているといえます。家禽肉も大きく増えています。また、近年では牛肉の消費が増えています。

 消費を支えている食品の生産の状況ですが、ここでは穀物と食肉の生産量について説明します。穀物は、米、小麦、トウモロコシ、そして食肉は、豚肉、牛肉、羊肉についてお話しします。(図表9)

図表 9
 八〇年から二〇年間のデータを見ると、どれも非常に増えています。日本の米の生産量は一〇〇〇万トンぐらいですが、中国は約二億トンです。小麦とトウモロコシに関しては毎年ほぼ一億二〇〇〇万トン前後生産しています。そして、赤身肉[家禽肉以外の食肉]も約五〇〇〇万トンという非常に大きな生産量です。

 

 2――農業資源の制約

 農業資源について、どういう制約があるか。人口の多い国ですから、土地資源が非常に不足しているし、さまざまな問題があるのですが、ここでは水を中心にお話をします。水資源の障害として、農業部門による汚染の問題、そして郷鎮企業の役割を中心に紹介します。

 ほかに農業発展に対する環境の制約として、中国では土壌の流出問題がありまして、毎年、国土面積の三八%が流出していて、年間流出土壌は五〇億トンという膨大な数字になっています。そして、砂漠化問題も非常に深刻です。中国の西部の大部分は砂漠で、乾燥、半乾燥地域の面積は国土面積の三五%を占めています。そのうち砂漠化面積は二七%で、この数字は耕地面積より大きいんです。ですから、人口のほとんどは東部に集中しています。

 一人当たりの耕地面積はわずか八アールしかなく、耕地資源の非常に乏しい国ですが、水資源も近年では非常に緊迫しています。一人当たりの水資源量は世界平均の四分の一しかありません。また、この二〇年間の経済発展で、地下水を過剰に吸い上げ、地下水位の低下、そして、よく新聞に出ているような黄河の断流問題が生じています。

図表 10
 人口と資源のバランスについて、中国の南方地域と北方地域を分けて見てみます。土地面積に関しては北方地域のほうが六割強を占めています。人口に関しては南と北でほぼ半々ですが、耕地面積については北のほうが多いです。そして、肝心の水資源はどうなっているかというと、八〇%は南方地域が占めていて、北方地域は水不足問題に常に悩まされています。(図表10)

図表 11
 水の使用はどういう状況なのか(図表11)。後ろの棒が全体の使用量です。データは四九年からで、*印のついた二〇〇〇年と二〇二〇年は予測値です。後ろから二番目の棒は農業、前から二番目は工業、一番目は都市生活用です。全体的に非常に伸びていますが、農業に関しては八〇年以降、それほど増えていません。工業用は非常に増えているし、都市生活用も増えています。伸び率で見ても同様で、農業は増えていません。これはなぜかというと、農業に水は必要ないという意味ではなくて、工業の発展のために水利用は工業優先、あるいは、水は都市の人びとの生活にかかわる都市の使用優先の面があって、農業に対して水使用の制限がなされています。

 農業で水を一番使うのは灌漑です。灌漑と食糧生産がどういう関係にあるか。これは主産地の一つ、山東省の事例ですが、年間の降雨量はほぼ六〇〇ミリ以下です。地下水位の低下が近年非常に深刻化していまして、私が調査に行ったところでは、二〇メートル、あるいは八〇メートルも下がっているところがありました。山東省は黄河の下流地域にありまして、黄河の断流によって地表水の不足も深刻です。したがって、

図表 12
灌漑に対する需要が非常に強くて、耕地面積の六割を灌漑面積が占めています。

 中国全体の数字で見ても、耕地の約5割は灌漑地です。灌漑と単収には非常に密接な関係があって、特に乾燥地域では灌漑によって単収が上がりますので、この二つの相関も非常に高いです。水があるかないかは、食糧の生産量に直接影響します。(図表12)

 次に、水資源障害の話をします。

 まず、農業部門で水資源に対する影響はどうかというと、一般的に考えられるのは(ここでは農薬の話はしません)、肥料の使用量の増加によって、土壌への残留問題、そして地下水または河川の汚染問題が非常に大きくなります。また畜産の生産が非常に増えている中、家畜の排泄物でも地下水や河川の汚染への影響が強くなっています。

 肥料の使用状況ですが、化学肥料の使用量は一九八〇年には一ヘクタール当たり一八〇キロだったものが、九九年には三六四キロと、非常に大きな数字になっています。この大部分はうまく利用されず、土地に残留したり地下水に流れ込んだりして汚染問題が起こっています。

 また、今非常に問題となっているのは富栄養化問題です。日本では赤潮問題とかで、主に海に対する汚染が多いようですが、中国の場合は内陸ですから、河川に対する影響が非常に大きいです。湖の汚染、そして湖の富栄養化問題が深刻になっています。

 豚の例をお話しします。中国で一番多く飼われている家畜は豚で、年末の飼養頭数は、八〇年には三億頭、九九年には四億頭で、年間五億頭ぐらい出荷されています。専門家に聞くと、豚の排泄物は一頭当たり一トンぐらいということで、頭数が非常に多いので、年間の排泄物も大量です。COD(化学的酸素要求量といい、水質汚染の程度をはかる指標)でみた排泄量は、畜産だけで全国の工業部門によるCOD排泄量に匹敵する勢いで増えています。

 水の汚染問題でもう一つ、急速に伸びてきた郷鎮企業部門について。郷鎮企業は、いろいろな規模がありますが、単純に数を数えますと九〇年は一八五〇万ありました。そして一〇年後、いろいろな環境汚染問題もあって数が厳しく制限されている状況の中でも、二〇〇〇万を超えています。そして就業者数は、九六年のデータですが、一億四〇〇〇万人くらいで、巨大な部門として今存在しています。

 郷鎮企業部門による汚染の問題は国も非常に深刻に見ていて、九六年に全国郷鎮工業汚染源調査が実施されました。そこで明らかになったのは、工業部門だけの話ですが、全企業の一七%が汚染物質を出しているとのことです。どういう部門が最も多くの汚染物質を出しているかといいますと、非金属鉱物製品、紡績、食品加工、金属製品、化学工業、機械製造業が全体の六五%を占めています。そして、九五年の郷鎮工業による廃水排出量は五九億トンで、工業全体の排出量の二一%を占めています。また、CODの排出量は六一二万トン、全国の四四%を占めています。また、重金属の汚染問題として、日本の水俣病の原因となった水銀やイタイイタイ病の原因であるカドミウム、あるいはクロムなどの排出量が一三二一トンと、全国の四二%を占めています。半分近くの汚染物質は農村の工業部門から排出されているという、非常に深刻な状況があります。ヒ素の排出量は一八七五トン、全国の六三%を占めています。

 郷鎮企業はどうしてこんなに膨大な汚染物質を出しているかといいますと、中国はもともと社会主義国で、工業はほとんど国営企業によるものだったことがあります。

 八〇年代の半ばごろから国営企業の補佐的な役割というか、競合しない分野に郷鎮企業が入り込み、急速に伸びてきたという経緯があるので、投資額が少なく機械や設備も非常に古いものが多いのです。企業の規模も非常に小さく、汚染処理能力もほとんどもっていないような状況でした。それでこういった状況になったわけです。

 

 3――まとめ―政策と今後の方向

 最後に以上のような問題に対して国はどういう政策をとっているのか。

 第一に農業部門では、環境保護のため「退耕還林」という、傾斜度が二五%以上の耕地は耕作をやめて林地にかえすという政策が、近年急速に進められています。耕地を失った農家の生活をどうするかというと、国が補助金を支出して、九年間の食糧保障というか、事業の転換を支援するという政策をとっています。

 第二に、「節水農業」を国を挙げて推奨しています。現在の状況では投資が必要です。一ムー(中国の土地面積単位で一ムーは一五分の一ヘクタール)当たり三〇〇元から四〇〇元の投資が必要です。この投資ができない限り、節水農業もなかなか難しいという問題が現実としてはあります。

 第三に、堆肥生産の促進があります。畜産部門の排出物を堆肥としてうまく利用し、有機農業を促進できないかということです。しかし、現在、肥料の生産と畜産が連携していない状況の中、畜産のほぼ八〇%が大都市の周辺に立地しており、その再配分などの問題を考えないとなかなかうまくいかないのではないかと考えられます。

 第四に郷鎮企業に関しては、設備、技術の更新には非常に大規模な投資が必要で、廃水処理の強化なども求められています。

 私が個人的に考えるのは、国全体として水の再利用を高めるため、水価格による需給調整機能の強化が非常に重要ではないかということです。別の問題として、今まで汚染の問題について対策をとっているのは、ほとんど企業自身の投資であったり、地方政府の財政支出に頼ったりという状況で、国からの財政支出は非常に少ない。今後、長い目で見て環境問題を解決していくには、国からの財政支援は欠かせないと思います。

 以上をもちまして、私の報告を終わります。

 

 せん しょうへい

 東京大学大学院修了後、科学技術振興事業団特別研究員などを経て、現在独立行政法人国際農林水産業研究センター主任研究官。著書等:『改革開放体制下における中国の糧食需給の変容』(国際農林水産業研究センター、一九九八年)、「安定供給を目指す中国の米」『国境措置と日本農業』(農林統計協会、二〇〇〇年)、「中国食料の需給動向および需要分析」『東・東南アジア農業の新展開』(国際農林水産業研究センター、二〇〇〇年)