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特集2◎多様化の進むモンゴル世界

ブフ(相撲)文化から見るモンゴル世界

バー・ボルドー・本学非常勤講師


 こんにちは。和光大学総合文化研究所のリケットです。研究所の佐治俊彦さんと一緒に司会をさせていただきます。
 本日のシンポジウムは「和光大学・秋のモンゴル祭り――ナーダム・イン・和光」の第一弾です。これから三人の方々にご報告を願いますが、最初は、和光大学非常勤講師のバー・ボルドーさんです。バー・ボルドーさんは、本日の祭りの発案者でもありますが、内モンゴルのシリンゴル盟ご出身で一九九二年に二回目の来日をされました。大阪府立大学、東京大学の研究生を経て、千葉大学大学院で文化人類学の勉強を続けて、二〇〇〇年に博士過程を修了。その後、講師を勤めながらブフ(モンゴル相撲)を中心に研究をなさっています。論文は「観光に〈抵抗〉する文化――モンゴルのナーダム」(『教育の科学』七号、一九九九年)など多数あります。


 ご紹介にあずかりましたバー・ボルドーです。
 きょうの報告会は、私の専門でもありますモンゴル相撲、いわゆるブフについてお話ししたいと思います。
 きょうのテーマは、「多様化の進むモンゴル世界」ということなので、私がずっと取り組んできました研究の中で、ブフについて、地域によっていろいろなスタイルがあることに着目しながら、モンゴル文化にアプローチしたいと思います。
 きょうは、学術的な研究発表というよりも、かた苦しい話は避けて、一般向けの話を初めに申し上げます。
 ブフというのはどういうものなのか。東アジアの中で見た場合にどういう特徴を持っているのか。私の知っている範囲の東アジア格闘技文化圏の中で位置づけをしてみました。これは分類としてはあまり妥当とは言えないかもしれませんが、モンゴル相撲の位置づけを理解するためには何かの役に立つのではないかと思います。
 東アジア全体を見てみますと、大体三つの格闘技があるのではないかと思います。
 その中の一つは、朝鮮半島を中心にして行なわれているシルム型です。シルム型の格闘技の特徴は、体の一部に帯をつけて行なうことです。その帯は、例えばシルムなら太ももにつけますし、内モンゴルのオルドス・ブフだったら、肩からタスキ掛けの形につけます。そして、決まった組み手があって、組んだ状態から始めます。
 オルドス・ブフは、下半身に柔道着のようなものを着て取り組みますが、これは沖縄の角力と似ています。沖縄ではシマと言いますけれども、オルドス・ブフでは長い時間勝負がつかなかった場合に、チャブラホと言ってひもをつけて勝負をします。それは沖縄のシマにそっくりになります。要するに体の一部に帯をつけて行なう格闘技がシルム型です。
 二つ目は相撲型というのがあって、下半身にだけ衣装をつけます。日本の相撲で言うとご存じのまわしですね。それ以外にオイラート・モンゴルで非常に盛んだったボホ・ノーロルドンという格闘技があるんですけれども、これはパンツだけです。
 三つ目はブフ型というのがあります。ブフ型というのは、モンゴル高原を中心にして行なわれている格技です。特徴は、体の上下に衣装をつけて行なうことです。これには今のモンゴル国の国技でありますハルハ・ブフと、内モンゴルで盛んなウジュムチン・ブフがあります。
 この三つの分類は、コスチュームのつけ方によって分類したといってもいいと思います。
 シルム型は体の一部に帯をつけますが、一番特徴的なことは、最初から組み合った状態で始めることです。取り組みの中で組み手を変えてはいけません。変えると反則、あるいは取り直しになります。そのような格技は組合型と言われています。シルム型のもう一つの特徴は、必ず三本勝負です。先に二勝したほうが勝ちです。ですからかなり体力が要ります。
 相撲型というのは、ご存じのとおり、立ち合いから始めます。組んだ状態からではなくて、一定の距離を置いたところから、自分に有利な組み手を争います。取り組みの進展によって、途中で組み合ってもいいです。組み手を常に自由自在に変更できます。そのような格技は立合型とも言われています。
 そういう意味では相撲型とブフ型は似ていますけれども、シルム型の三本勝負と違って、相撲型とブフ型は一本勝負です。一回だけの勝負で決着をつける。そういう特徴があります。
 ブフは、全身に衣装をつけて、一本勝負をする格技です。ただしブフの中にもいろいろなスタイルがありますが、主流になっている二つのブフがこういう特徴を有しているわけです。

表 ブフの類型およびその諸形態
 次に、ブフの類型と分布を見てみたいと思います。
 日本では最近、大相撲で朝青龍をはじめ、モンゴルの力士が活躍して、モンゴル旋風を巻き起こしています。現在、幕内の三人を含めて、全部で二七人おりまして、今年の九州場所でもう一人、新弟子が入りましたので、二八人になります。これからもモンゴルの力士が活躍してくれるのではないかと思います。
 このような力士は、全部モンゴル国から来ています。モンゴル国の国技は単にブフと言われますが、私は便宜上、ハルハ・ブフと呼んでいます。身体技術的には相撲に似ているところがありますので、非常になじみやすいところがあると思います。
 もう一つ、内モンゴルで行なわれているウジュムチン・ブフというのがありまして、実はこれが主流なんですが、それ以外にもいろいろなスタイルのブフがあります。日本では最近、モンゴル相撲というと、鷹の舞という漠然としたイメージがあって、モンゴル国の国技を想定されるかもしれませんけれども、実際はいろいろなスタイルがあるということはほとんど知られていません。
 その中で私が実際に調査をしたり、あるいは文献で確認したりした、全部で八つの地域のブフがあります。先ほど東アジアの格闘技文化圏の中に立合型と組合型の二種類があると言いましたけれども、ブフの中にもこの二つのスタイルがあります。
 立合型というのは、先ほど簡単に申し上げましたように、距離をおいて自分に有利な組み手を争うことから始まります。そして取り組みの進展によっては組み合うことが可能である。組合型というのは、最初から決められた組み手で、組んだ状態から始めるもので、組み手の変更ができません。ブフの場合、立合型というのは、さらに二つの系列に分けることができます。一つはハルハ系列、一つはウジュムチン系列です。
 組合型には、先ほど申し上げたボホ・ノーロルドン以外のオイラート系列があります。ボホ・ノーロルドン同様、パンツだけで取る、ブリヤート・ブフ、オルドス・ブフ、アルシャ地方のシャルボル・ブフ、青海省で行なわれているデードゥ・モンゴル・ブフというのがそれです。これは全部オイラート系列の氏族の間で行なわれています。

図 ブフの分布図
 その分布を見てください(地図参照)、濃く塗ったところが内モンゴルの地域です。その上にあるのがモンゴル国で、ハルハ・ブフが全域で行なわれています。
 内モンゴルにはいくつかの種類があります。その一つがフルンバイルのバルガ・ブフで、これも本来はオイラート系に入れてもいいんですが、最近のスタイルはウジュムチン・ブフとほとんど変わりません。現在、内モンゴル全域でウジュムチン・ブフが行なわれています。内モンゴルではシリンゴル・ブフとも言われますが、私は、シリンゴルの中でも最も伝統を保っているというか、最も試合が多くて、しかもモンゴル相撲の中で「ウジュムチン」を冠した技の名前が多いことなどから、ウジュムチン・ブフというふうに分類しています。
 西のほうへ行くとオルドス・ブフがあって、そのまた西のほうにシャルボル・ブフがあります。
 デードゥ・モンゴルというのは、チベットのすぐ隣、青海省にあります。
 ボホノーロルドンは、――ロシアからウルムチを含めて線を引いていますが、これは非常に大まかな分類で、具体的にはウルムチの北の方にホボクサイルというのがありまして、そこと、ウルムチのちょっと西と南のほうに合わせて三つのモンゴル自治州があります――これらの地域で行なわれているものです。

 儀礼的所作とかルールはそれぞれ全部違っていますが、少し説明したいと思います。

写真1 草原で強化合宿をするハルハ・ブフの力士たち
 モンゴルでは七月一一日、一二日に、大ナーダムと言って国家的な祭りがあるんですけれども、その一カ月前に力士が出身地単位に、ウランバートル周辺の草原でキャンプを張って、強化合宿を行ないます[写真1]。
 モンゴル相撲といえば鷹の舞が有名で、手を広げて遠くを眺め、鷹の羽ばたきの所作をしながら入場します。そして、鷹が飛んできて、降りる所作をします。手を二回両方に二回羽ばたいて、鷹が降ります。興味深いのは、力士が鷹の舞をしているんですけれども、実は胸は常にライオンをイメージしなければいけないんです。ですから、ライオンの体をした鷹が舞っている、ライオンと鷹の合体ということですね。さらに、鷹が降りる所作はシャバホと言われ、これは実は鷹と種ラクダの合体です。
 上半身にはゾドグという絹製の長袖のコスチュームをつけ、下半身には、ショーダグという短いパンツをつけて、ブフ専用のブーツをはきます。ですから、全身に衣装をつけているわけです。
 ブフは野外で行なわれるのが本来の姿なんですけれども、ウランバートルでは六〇年代ごろから室内競技化が進んでいまして、最近では特にハルハ・ブフにはプロに近い力士が出現し、室内でブフ・リーグを年四回行なっています。
 ブフ・リーグというのは、九七年の終わり、九八年初めに始まったんですけれども、勝ち数評価制で、すべての力士にランキングをつけて、上位四〇位以内に入った力士が二つのグループに分かれて総当たり戦を行ないます。それで一回勝てばいくら、二回勝てばいくら、一番たくさん勝った者がいくらということで、賞金制を導入していまして、一回優勝すれば給料の数カ月分のお金を手にすることができます。
写真2 ウジュムチン・ブフ力士のライオンの跳躍
 内モンゴルのウジュムチン・ブフは、ハルハ・ブフとはコスチュームががらりと違いまして、非常に華やかです[写真2]。そして、入場の舞は鷹の舞ではなくて、ライオンの跳躍と言われています。コスチュームは、下はブーツですが、だぶだぶのズボンをはきます。そして、その上にトーホーという、いろいろな模様をつけたひざ掛けのようなものをつけます。上半身には前が開いた半袖の革製のコスチュームをつけます。これは襟とか袖のあたりに鋲がはめ込まれていまして、よろいみたいに見えます。実は和光大学でも明日はこのスタイルで大会を行なう予定です。
 そして、鮮やかな首飾りはジャンガーと言います。これについては後で少し申し上げますが、モンゴルの信仰とかかわっている、文化的に非常に大きな意味がありまして、力士の強さのシンボルでもあります。
 入場の舞は、跳躍自体が非常に躍動感がある動きなので、ジャンガーが炎のように激しく動きます。力士が入ってくると本当にライオンが跳んでいるんじゃないかと思われるような迫力があります。
 ここでもう一つおもしろいのは、会場が非常に広いので、跳躍をするまでに足を交互に出して、小走りをして入ってくるんです。その小走りを「種ラクダの小走り」と言っています。モンゴルでは、種ラクダとか、種馬とか、種牛とか、いわゆる種畜は非常に強いイメージを持っていて、力士もそういう強いイメージで語られます。
 種ラクダの小走りから、今度はライオンの跳躍に変わります。ハルハ・ブフみたいにライオンと鷹が同時に合体するのを、私は「同時的合体」というふうに勝手に名付けているんですけれども、ウジュムチン・ブフは種ラクダが走ってきて、そこからライオンと合体していくということで、これを私は「経時的合体」と名付けています。つまり合体という意味で共通しているわけですね。なぜ合体かというと、力士というのは超人的な存在であるということを表わしているからではないかと思います。

 ハルハ・ブフも近代化して、リーグ戦をやったり、賞金制を導入したりしていますけれども、内モンゴルでも実は同じ動きがありまして、いろいろな大会が行なわれています。大会の場合、力士のシンボルとしてのジャンガーは着けません。ジャンガーを着けると、組み手を取るときに邪魔になる。ブフを取るときはつかんではいけないからです。慣れない力士はそれを引っ張ったりするので、正式な試合、いわゆる国際試合とか全国試合ではジャンガーを取るようになっています。これにはあまり賛成しない力士もいるんですけれども、近代化することによって、伝統的なものから少しずつ変化しているということです。
 ウジュムチン・ブフの力士とハルハ・ブフの力士が同時に組むこともあります。モンゴル国のハルハ・ブフのルールでは手をついても負けにはならなくて、ひじとか、ひざとか、あるいは背中とか、頭とかのいずれかの部分が土についたら負けになります。一方、内モンゴルのウジュムチン・ブフは、相撲と同じように足の裏以外の部分が着地すれば負けになります。この二つが取るときにはどういうルールになるかというと、例えばその大会がウジュムチン・ブフの大会であればウジュムチン・ブフのルールで取り、ハルハ・ブフの大会であれば、そのルールで取ります。つまり、最近は両地域の力士の交流が多いので、いわゆるホームグランドのルールが採用されているということです。
 ウジュムチン・ブフでは、男性以外に女性も八〇年代からブフを取り始めています。そのルールは男性と全く同じです。ただ、ジャンガーはライオンのイメージですから、女性はつけません。その代わりかわいいリボンをつけたりしています。非常にたくましい女性がブフを取っています。
 私が彼女たちにインタビューしたら、ほとんど二〇代前半の独身の女性が多かったです。ブフが非常に好きで、兄弟にも力士がいまして、兄弟たちともしょっちゅうブフを取っている。同年代の男性からも非常に憧れられていて、ブーツなどはお母さんが縫ってくれたりするそうです。彼女たちがブフで一定の業績を上げると、内モンゴルの柔道チームにスカウトされたり、あるいはその他の柔道チームにスカウトされたりします。

 次はアルシャ地方の組合型のブフで、シャルボル・ブフについて説明します。私はアルシャ地域で、農作業をしている人のところをお邪魔して、無理やり実演してもらったことがあるのですが、一般の若い人の間ではあまり取られなくなり、ウジュムチン・ブフに取ってかわられているそうです。でも、地元では断続的に行なわれています。腰から太ももにかけて帯をつけます。本来はパンツだけの相撲だったらしいですが、いつの間にかこういう形になったということです。シャルボルというのは、オイラート語でパンツのことです。ショートパンツのことをシャルボルと言うらしいんですけれども、アルシャ地方では、実はパンツではなくて、「シャルボ」という、「敏捷な動き」を表わすことばと種ラクダを意味する「ボール」が縮小されてシャルボルになったというふうに説明されています。
 アルシャ地方というのは、「ラクダのふるさと」と言われているぐらい、ラクダの非常に多い地域です。ですから技の中にもラクダの動きから取ったものも多いです。

写真3 シャルボル・ブフの取り組み
写真4 オルドス・ブフの取り組み
 シャルボル・ブフ[写真3]は力士が帯をつけて、お互いに右と左を組んだ状態で帯を取って始めます。そして、立った途端に技をかけます。この形は実は韓国のシルムとそっくりなんです。途中で組み手を変えてはいけません。

 次はオルドス・ブフです。タスキ掛けの形で、右手は肩の上に、左手は脇の下に固定させて、審判の合図で始めます。写真4を見てください。後ろに布を持って立っているのは審判です。オルドス・ブフも投げ倒せば決まりです。長時間続いたときには、腰に帯をつけて組ませます。私が見た限りでは、そうするとよけい勝負がつきにくくなるんじゃないかと思ったんですけれども、手の位置を下におろしただけで力を出せるようになっています。

 次はウジュムチン・ブフです。もともとウジュムチン・ブフには時間制限がないんですが、最近、正式な大会では一組三〇分という制限時間を設けています。三〇分で勝負がつかなかったら、五分間の延長戦を行ないます。それで勝負がつかなかったら、直径三メートルぐらいの円を描いて、その円の中で組ませて、そこから押し出すか、あるいは円の中で倒します。これは日本の相撲のルールを導入しているような気がします。
実は日本ではあまり知られていないんですが、沖縄地域で行なわれている沖縄シマ、沖縄角力とも言いますが、現地の人は「相撲」と区別するために「沖縄角力」と表記します。これもオルドス・ブフの組んだ状態と全く同じ状態から始めます。そして三本勝負です。ちなみにオルドス・ブフは一本勝負です。シマは私自身も取ってみたんですけれども、ウジュムチン・ブフの組んだ状態から取るのと同じです。

 キルギスの相撲も、腰に帯をつけます。腰に帯をつけるシルム型というのは、東アジアだけではなくて、中央アジアあたりにもかなり多いようです。これからもっと広い範囲で相撲の調査をして、相撲的競技の文化圏みたいなものを分類するのも興味深いかなと思っています。
 カルムイク相撲も、上半身は裸で、短いズボンをはきます。一八〇三年に描かれた「カルムイク・レスリング」を見ますと、先ほど申しましたオイラートのボホ・ノーロルドンの原型は、こういう形で取られていたのかもしれません。現在では腰に帯をつけて、円の中で行なわれています。しかしこれは土俵みたいに制約されることはありません。出たらまた中に入って取る。今のところ私はボホ・ノーロルドンの原型ではないかと思っているんですが、その点の研究はまだなので、今はこれだけのスタイルがあるということだけ理解していただければ幸いです。

 以上で、ブフのいろいろなスタイルを理解していただけたのではないかと思います。一口にモンゴルと言っても、モンゴル系の民族がいろいろな地域に分布しておりまして、その民族の間で、言語もそうですが、その地域を代表するいろいろなスタイルのブフが行なわれているということです。
 私は、研究の中で、一つのブフ文化の象徴的体系の構築というものを目指しています。なぜブフ文化かというと、先ほど見ていただいたようにいろいろなスタイルがありますし、ルールも違うし、コスチュームも違います。技術的なものも違うわけですけれども、実は共通の意味世界を持っているわけです。
 簡単に申し上げますと、ブフという競技がありまして、それを担う力士という主体がいるわけです。そして、ブフは、現在ではナーダムという国家的なイベント、あるいは、何か歴史的な出来事を記念した、あるいは家畜が繁殖したとか、記念すべき日に、いわゆる世俗的な空間で行なわれています。もう一つは天神、あるいは大地の神様、土地の神様を祭るオボ祭りという、宗教的な非世俗的空間で行なわれています。このナーダムとオボ祭りは、ブフが行なわれる主な二つの空間であると考えています。
 世俗的な空間と非世俗的な空間で、力士の身体表現、または力士そのものの意味が全然違ってくるわけです。身体表現では、鷹とかハヤブサ、ライオン、種ラクダなど、いろいろな動きをします。
 イデー撤きというのがあります。イデーというのは乳製品や菓子類ですが、神様にあげる初物の名残りです。勝った力士が、あらかじめ準備してある食べ物とかを観客に向かってまくものです。優勝力士は超人的な存在、あるいは超自然的な存在ですから、イデーを食べると体力が増強するとか、強くなるということで、特に男の子が食べると強い力士になると信じられていまして、それをみんな争って食べています。特に優勝力士となると、その力士の汗をさわって、自分の体にぬりつけたり、なめたりするわけです。
 よその土地へ行くときには、自分の土地の砂を持って行ったりします。つまり土地の神様の力を授かりたい、力にあやかりたいということです。
 あるいは、故郷の石を襟に入れて、取り組み中に、一緒に行った人かだれかにひねってもらいます。そうするとその力士は負けない。土地の神様の力がそこに移るということです。最近は石は挟まないで、襟をひねる場合もあります。
 また、モンゴル国のハルハ・ブフの場合は、決勝戦のときに、介添人、いわゆる行司役の人が東西にずらりと並んでいます。そして、力士が東西から入場した途端に、両側の介添人がなだれ込むように倒れる所作をします。これは、多くの強者を倒して勝ち進んできた決勝戦の力士は並みならぬ力を持っているということを意味します。
 ナーダムのような世俗的空間では、力士の鷹の舞は、表層的な、一つの身体表現としてしか認知されないんですけれども、非世俗的なオボ祭りでは、力士はノトックの神様、つまり土地の神様で、共同体の神様の化身として認識されています。
 強い力士が引退するときには、次の世代の若い人にジャンガーを譲ります。力士は共同体のシンボルです。共同体のシンボルは、共同体の生命ということにもなりまして、共同体の生命力を象徴します。つまり、力士が年を取ってくると、その共同体の生命力も弱まってきているという認識がありまして、それを若くて強い人に譲ることによって共同体の生命力を強める、一つの再生儀礼になっているわけです。
 ジャンガーの授与は、元来シャーマン的なもので、神様にいけにえを捧げる儀礼と関連しているんですが、ここでは省略いたします。
 すべてのブフに共通していることですが、強い力士は英雄または神格的な存在として扱われます。強い力士が亡くなると、昔は風葬といって、外に放っておいたんですけれども、そのときに必ず言われることは、力士の胸は関節がなくて、全部つながっていると言われます。一般の人は、胸には肋骨と背骨があって、それが関節でつながっているわけですが、強い力士は関節がなくてつながっている。モンゴル語でビトゥー・チェージと言いますが、日本語ではいい訳語が見つかりません。
 肋骨と胸の骨がつながっているということは、胸がそれだけで一つの箱みたいになっていて、その中にオオカミが巣をつくって、子どもを産むというわけです。結論から先に言ってしまうと、北方民族には狼祖伝説とか、オオカミを祖獣として信仰するという話はいっぱいあります。ですから、地域の象徴としての力士が亡くなって、その胸部に祖獣として信仰されるオオカミが巣をつくって子どもをつくるのは、死から生への再生儀礼の一つであると考えられます。これはモンゴル国、内モンゴル、オイラート、すべての地域に共通する伝承です。
 もう一つは、強い力士の死体が盗まれるというモチーフがあります。強い力士の死体をよその土地の人が盗んでいって、その地元に葬ると、その地域に強い力士が生まれると言われています。これについても各地域でいろいろな報告があります。最近、内モンゴルとかモンゴル国では、郷土力士伝を編集しているところが非常に多いんですけれども、その中に必ずこういうモチーフが入っています。
 力士の死体を盗むという行為は、私は一つの「文化的な盗み」行為として見ています。日本でも七夕の日とか十五夜のときに農作物を盗む、あるいは盗まれると豊作になるという信仰が各地にありますが、それと同じような意味でしょう。しかし、一つだけ違うのは、日本の場合は、例えば農作物が盗まれたら、盗まれた地域も盗んでいった地域もともに栄えるという構造になっているのが、モンゴルの場合は、盗んでいったよその地域では強い力士が生まれ、盗まれた地域の力士は弱くなってしまうというモチーフがあるんです。
 私の出身地にもラトガーという伝説的な強い力士がいましたが、その力士が亡くなった後、ウジュムチン地域の人たちがその死体を運んでいったので、ウジュムチン地域に強い力士が生まれて、私の出身地では力士運が下がってしまったと言われています。そのような伝承はほとんどの地域で共通しているものです。
 最後に、問題提起として、多様性から一元化へということです。きょうのテーマは「多様化の進むモンゴル世界」ということですが、もともとブフは多様性を持っていまして、多様なブフ文化というものがあるということを紹介したわけですが、この後、ブレンサインさんとユ先生から、多様化が進んだモンゴルのおもしろい話が出ると思います。それとは逆かもしれませんが、実はブフは多様性から一元化する方向に進んでいます。特にモンゴル国の場合は非常に制度化が進んでいますが、数多くの力士にインタビューすると、国際化はしないけれども、モンゴル民族の間では普及させたいという希望があります。
 ウジュムチン・ブフは、中国全域に普及させて、その次に国際化したいという方向性を持っています。そのため内モンゴルでは、先ほど紹介したいろいろな地域の土着のブフが、ウジュムチン・ブフに統合化されています。一つは近代化を進めたいという意味もあるでしょうし、もう一つには、ブフを統一することによって、モンゴルというアイデンティティを強化することにもつながると思うんです。
 モンゴルの文化あるいは社会全体が多様化している中で、ブフが象徴的な意味を持って逆に一元化されていく。それがどのような意味を持つのでしょうか。見方によっては、それは多様化の一つの産物であると言えるのかもしれません。これからはそういうことにも注目しながら研究を進めていきたいと思っています。
 以上で発表を終わります。ご静聴、ありがとうございました。


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