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シンポジウム◎東西文化交流と比較神話

比較神話と文化史
『オデュッセウス』、『ロビンソン・クルーソー』、『ユリシーズ』

松村一男・本学表現学部教授

――はじめに

 吉田敦彦先生は私が神話学を研究するようになったきっかけを与えてくださった恩師です。大学卒業に際して、サラリーマンになるより大学に残って研究者になりたいと願っていた私は、関心のあったデュメジルのインド=ヨーロッパ語族の比較神話学について卒論を書くことを決め、著書でしか知らなかった吉田先生でしたが、思い切って研究室を訪ねました。先生は卒論のテーマ、参考文献など丁寧にご教示くださり、その後も大学院進学や留学に際して親身に相談にのってくださいました。そして現在にいたるまでつねに暖かい手を差し伸べてくださっています。
 鶴岡真弓先生とは、本学の旧芸術学科で、ここにいらっしゃる前田耕作、松枝到両先生を中心にかつて開催されていた象徴図像研究会で知り合い、その後、美術史と神話学ということで直接の専門は重ならないにしても、古ヨーロッパ文化とかケルト文化という共通の関心をもって、互いに刺激しあいながら研究を進めてきています。
 このように、お二人は私個人にとっては恩師と学友なのですが、それ以上にお二人は国際的に多彩な方面で活躍されている大学者です。したがってきわめてご多忙なお二人ですが、今回の和光大学での「東西文化交流と比較神話」のシンポジウムにご無理をお願いして参加していただきました。そうした素晴らしいお二人のご発表と関連をもちながら、ある程度全体のまとめになるような問題を考えてみたいと思います。
 まず「比較神話学」です。この分野はフランスのジョルジュ・デュメジルによって確立されました。デュメジルは弟子を取らないことで有名で、吉田先生はその唯一の例外です。デュメジルの比較神話学では、歴史的に統一性を有した言語文化集団に見られる世界観を解明することに主眼が置かれています。このシンポジウムは、本学の表現学部長である前田耕作先生の監修のもとに、今年、デュメジルの比較的初期の著作群の八冊が、ちくま学芸文庫から四分冊で「デュメジル・コレクション」として、すべて本邦初訳で刊行されたことを記念する意味もあるのですが、このデュメジル・コレクションをご覧いただければ、その底知れぬ語学力、学識、分析能力が納得していただけるでしょう。
 ではこうしたデュメジルの比較神話学とは異なる種類の比較神話というものは可能なのでしょうか。私は可能だと思っています。それは同じタイプの神話を比較するという形での比較研究です。人類に共通の基盤を有する体験を神話化したもの、それは時代を超えて現代にまで神話として生きつづけているはずだと思うからです。
 そうしたタイプとして、ここでは未知の島々をめぐる苦難の航海と帰還の神話を取り上げてみます。このタイプの神話を年代順にいくつか比較してみることによって、古代と現代をむすび、さらには吉田先生の取り上げられたインド=ヨーロッパ文化と鶴岡先生の取り上げられたケルト文化を現代まで含めて結びつけることができれば、と虫のいいことを考えているのです。

――『ロビンソン・クルーソー』

 私は、今回このテーマをあれこれ考えている際に、本学の学長である三橋修先生が書かれた「意地悪読み『ロビンソン・クルーソー』」[*1]と題された文章を読んで大変に刺激を受けました。そのおかげで今回の発表の構想もできたといっても過言でないほどです。大変におもしろいもので、本当ならその全文を紹介するのがよいのですが、それでは一体誰の発表なのか分からなくなってしまうので、特に私にとって印象が強かった一点のみに触れることにします。なお聴衆の皆さんは是非、全文をご覧ください。
 ロビンソン・クルーソーの物語のあらすじは、改めて申すまでもないほど、皆さんご存知でしょう。本当の書名は次のように大変に長いものです。『ヨークの船乗り、ロビンソン・クルーソーの奇妙で驚くべき冒険と生涯。彼は船が難破して他のすべての乗組員が死んだ時、一人だけ岸に打ち上げられて生き残り、アメリカ大陸沖合い、大河オリノコ川の河口近くの無人島にたった一人で二八年間も生活した。なお、どうやって海賊の下から奇跡的に逃れられたかについても述べられている。本人による執筆』。これだけでもう、あらすじが分かってしまいますね。彼は航海に出て、難破して、ただ一人生き残って孤島に流れ着き、そこで一人ぼっちの生活を二八年もする(ただし最後の三年はフライデーという黒人の召使もいました)が、やがて島に流れついた船でイギリスに戻ります。そして大金持ちになって、めでたしめでたしという結末です。
 しかしなぜ船に乗り込んだのかという理由の部分は、それほど知られていないのではないでしょうか。三橋学長も指摘されているように、実は、彼は黒人奴隷の密輸入の目的で船を仕立て、航海に出たとされているのです。
 私も昔、まだ小学生の時分にこの話を読んだのですが、黒人奴隷の密輸入のために船に乗ったとは覚えていませんでした。そこで慌てて、学研の少年少女世界文学全集を大学の図書館から借りてきて眺めてみると、確かにブラジルで農場を営んでいたロビンソン・クルーソーは、働き手が足りないので、近所の農場主たちとともに「ひと航海で秘密に黒人たちをつれてきて、かれらの農場でわけよう」と相談をしたとなっています。
 子どものときには、黒人奴隷貿易の意味も知りませんでしたが、大人になった今では、この点は看過できません。しかし普通は、この動機の部分はあまり問題視されていませんよね。学研版の少年少女文学全集の「読書のてびき」には、これは「名作」で、「夢をまんぞくさせて」くれ、「スリル」があり、「よろこび」があり、「生きていくための知恵をくみとる」ことができると述べているだけです。無人島で知恵を絞ってさまざまな家や農地や家具を作り、食料を生産し、家畜を育て、敵と戦うという開拓と冒険の描写は精緻で生き生きとしていて、確かにおもしろい。だけど、それだけでいいのでしょうか。
 まず時代背景を考えてみましょう。この作品は一七一九年に刊行され、この頃の時代の情勢については、世界史の参考書をひも解けば、次のような記述があります。

 このようにダニエル・デフォーが『ロビンソン・クルーソー』を書いた頃のヨーロッパでは、各国が世界各地に進出して植民地を形成し、さらにアフリカから黒人を奴隷として連れてきてプランテーションで働かせるという構図が出来つつありました。奴隷貿易のために船を仕立てることは、ロビンソン・クルーソーだけではなく、ヨーロッパの多くの国でも見られたことだったのです。この作品自体も、先ほどの題名にも「本人による執筆」とあったように、ほとんど実話のように書かれて、作中ではロビンソンがイギリスに戻ってきたのは、一六八七年のこととなっています。
 では私たちは、奴隷貿易は当時の社会では一般的であって、小説自体の価値を損なうものではないから、そうした社会状況を十分に理解して読めばよいのでしょうか。どうもそうは思えません。かつての私の場合のように、小学生くらいでは、「黒人たちをつれてきて、農場でわける」という表現の意味は分からないでしょう。その結果、孤島での創意工夫とか一人で多くの敵と戦う場面のスリルなどに目が行き、そちらしか覚えていないことになります。また奴隷貿易という航海の動機のほかに、人種についてのステレオタイプの問題があります。白人は一部のどうしようもない悪党以外は、基本的に善人ばかりです。トルコ人、ムーア人、モロッコ人といったイスラム教徒は、基本的にみな海賊とされています。黒人はまだ奴隷にされる以前の自由な身分で自分たちの社会にいる場合には、「真っ黒でしかも素っ裸」とか「土人」とだけいわれます。そして西インド諸島やアンチル諸島の原住民は、「蛮人」とか「食人種」、「人喰い人種」と呼ばれ、ロビンソンは、「両眼から涙を流しながら天を仰いで、自分がこんな恐ろしい人間の仲間にならなくてすむ国に生まれたことを神に感謝した」と描かれています。

――困難な航海と帰郷

 航海でさまざまな不可思議な島々を訪問し、知恵と勇気で苦難に勇敢に立ち向かって、苦難を克服するが、難破して一人だけ生き残り、孤島で生活するが、最後には故郷に戻って幸福に暮らすという英雄として、真っ先に思い浮かぶのは、オデュッセウスでしょう。
 より古い古代オリエントの『ギルガメシュ叙事詩』の主人公で、不死を求めて世界の果てまで旅をするギルガメシュも有名ですが、オデュッセウスの方が苦難の描写がはるかに具体的で、後代の作品への影響も類似も大きいので、ここでは『オデュッセイア』と主人公オデュッセウスを基準にして、後の時代にこのタイプの物語とその主人公が、どのような形で現れているのか、そしてその意味は何かを考えてみます。つまり多少勿体ぶった言い方をするなら、「『オデュッセイア』型神話の歴史的文脈における変容の形態と意義の考察」ということになるでしょうか。
 このテーマは、『ギルガメシュ叙事詩』をはじめとする異界訪問の物語の一部、つまり海上の島々を訪問するタイプに属します。異界訪問の物語全般については、イオアン・クリアノという宗教学者が『この世の外部――ギルガメシュからアルバート・アインシュタインまでの異界への旅』[*3]という本を著しています。なおクリアノはルーマニア系で、同じくルーマニア系であった有名なエリアーデの後継者としてシカゴ大学教授となり、しかしおそらくルーマニアのテロリストによって大学内で射殺されたという人物です。夜の大学構内は暗いし、人がいないから、殺人事件が起きやすい。ちなみにエリアーデもまた、大学退官直前に研究室が火事になり、蔵書すべてを失っています。これもテロの可能性が高いようです。
 クリアノの本を紹介したのは、このテーマについてはクリアノが書いていますよ、興味のある方はご覧くださいというだけです。また以下で私が取り上げる作品は、どれもクリアノが取り上げていないものです。彼の本ではダンテの『神曲』以降の作品は取り上げられていません。なお、副題にはアインシュタインまでとなっていますが、奇妙なことにアインシュタインは文中にはどこにも登場していません。
 もう一つ、『オデュッセイア』の後代の影響については、首都ダブリンにあるアイルランドの最高学府トリニティー・カレッジでギリシア学教授であったスタンフォードが『ユリシーズのテーマ』[*4]という研究を著しています。大変に有名な本ですが、今回の発表とは直接の関係はありません。今回の発表が考察の対象としているのは、表題に掲げた三つの作品、『オデュッセイア』、『ロビンソン・クルーソー』、『ユリシーズ』です。そして直接に関係はないのですが、関連をもつ物語として、ウムラヴァというケルトの航海物語群と『ガリヴァー旅行記』について、ここで言及しておきます。
 ケルトの航海物語については、鶴岡先生がご専門で、すでにこの問題について一書を著されています[*5]。なお副題が示すように、同書ではジョイスと祖国離脱(エグザイル)についても詳しい考察がなされています。
 大西洋に面した島国のアイルランドで航海の物語が発達したのは不思議ではないでしょう。ケルト人は西の海の彼方に「常若の国」があると伝えてきました。聖パトリックによってアイルランドがキリスト教国になると、八世紀に『マルドゥーンの航海』と『聖ブランダンの航海』という二つの作品が生まれます。アイルランドに生まれた者にとって、これら二つの航海物語は、いわば日本の浦島太郎のような感じであったことでしょう。長じて作家となった二人のアイルランド人、すなわちスイフトとジョイスは、島々を訪問する航海物語を書くようになるインスピレーションをそこから受けたはずです。
 その結果、ジョナサン・スイフトは『ガリバー旅行記』を書きました。一六六七年にアイルランドの首都ダブリンに生まれた彼は、一七二六年にこの作品を発表しています。つまり一六三二年に生まれ、『ロビンソン・クルーソー』を一七一九年に出版しているデフォーとはほぼ同時代人ということですね。
 『ガリヴァー旅行記』は英国生まれのレミエル・ガリヴァーが外科医となって船に乗り込み、一六九九年に南太平洋に向けて出発するところから始まります。ところが船は現在のインドネシアのスンダ列島の近くで難破し、ガリヴァーはリリパットという誰もが一五センチ以下という小人の国に漂着します。次の航海では、ガリヴァーはブロブディングナッグという、誰もが身長二〇メートル近い巨人の島に漂着します。そして第三の航海では海賊に襲われて、ボートで漂着するのが空飛ぶ島ラピュタです。宮崎駿のアニメでも有名になった名前ですね。そして最後の旅ではフーイナムの島に着きます。ここの住民は姿は馬のようだが、高い知性を持っていて、逆に人間そっくりなヤフーあるいはヤプーが卑しい獣なのです。ちなみにインターネットのヤフーはこれから採られていますね。卑しい獣のような人間というのは結構皮肉が利いていて逆に名付け親の知性を感じさせます。
 『ロビンソン・クルーソー』と『ガリヴァー旅行記』という、いずれも船に乗って遠い世界に出かけ、そこで難破して、珍しい体験をするという物語がほぼ同時期に書かれているのは、先ほど述べたようにこの時代がヨーロッパの列強が殖民地・奴隷獲得のための海上帝国建設に熱中していた時代だからですね。しかしそれ以外の点では二つの作品は大きく異なっています。『ガリヴァー旅行記』には、『ロビンソン・クルーソー』のような権力をもって成功しようとする人間の真面目さ、そしてその裏返しの他者への傲慢さはありません。なぜならスイフトはこの物語を風刺として書いているからです。デフォーとは執筆態度が根本から違っているのです。アイルランド人のスイフトがイギリス人を主人公にしているのは海上帝国建設に邁進するイギリスへの風刺だからでしょうか。表面上似ているけれど、これら二つの作品は別物です。『ガリヴァー旅行記』は神話的ではありません。風刺と神話は共存できない概念です。

――『ユリシーズ』

 二〇世紀において、苦難の航海の末に故郷に帰還する物語の代表といえるのは、一九二二年に刊行されたジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』でしょう。ジョイスもスイフトと同じくアイルランドのダブリン生まれです。
 ユリシーズとはオデュッセウスのラテン語名ですから、ホメロスの『オデュッセイア』に範をとったことを意図的に示す表題といえるでしょう。しかし内容の方は大変に矮小化されてしまっています。時は一九〇四年六月一六日という一日に限定され、オデュッセウスに相当する人物は中年の広告取りのユダヤ人レオポルド・ブルームです。ペネロペに相当するその妻モリー、テレマコスに相当する文学青年スティーヴン・ディーダラスなども登場しますが、彼らはダブリンの町にいるだけで、派手な事件は何一つ起きません。つまり物語の筋書きは、古代の叙事詩とあまり共通点はありません。この点については、むしろ意識の流れに焦点が当てられ、その表現のために多彩な文体が駆使されていることに意味があるとする解説も見られます。本学の吉川信教授はジョイスの専門家ですから、詳しくは吉川先生にお尋ねください。ここでは素人の神話学者の読み方のみをお話しします。
 ところで問題は、ジョイスに至って、島々を巡る苦難の帰還の航海物語はその性格を変え、形骸化してしまったのか、ということです。内容的にはそうとしかいえません。作品の表題とは相反して、『ユリシーズ』は意識の流れを追う別種の文学ジャンルを形成しています。
 しかしにもかかわらず、ジョイスが枠組みとして『オデュッセイア』を利用したことには意味がありそうです。一つの解釈はジョイス自身の状況です。『ユリシーズ』はすでに一九〇六年にローマで最初の構想が練られ、第一次大戦期をはさんで、一九二二年に刊行されています。舞台は生まれ故郷のダブリンに設定されていますが、ジョイス自身はダブリンになじめずに国外に去り、この作品はローマ、パリ、チューリッヒ、北イタリアの都市トリエステなど住まいを変えつつ、祖国離脱あるいは亡命(エグザイルexile)の状態で書かれました。そうなのです、作品よりもむしろ著者であるジョイスの生き方こそがオデュッセウス=ユリシーズの物語のようなのです。
 危険を冒しても帰還しようとする故郷を物理的にも心理的にも喪失した人間が、ジョイスだけでなく世界中で多数生まれたのが、二〇世紀でした。この作品が第一次大戦時に書かれていることは偶然ではないでしょう。物理的な故郷あるいは心の故郷を探してさ迷う世界各地の亡命者を、ジョイスは自分を含めてオデュッセウス=ユリシーズと名づけたのかも知れません。
 もう一つの解釈は、ジョイスは意識的に主人公を凡人にしたのではないか、ということです。オデュッセウスに対応するはずのレオポルド・ブルームがあまりに平凡であること、オデュッセウスが広大な地中海をさ迷うのに、ブルームはダブリン市内だけしか動かず、しかも彼には何も大事件は起こらない。もしこれを意識的な矮小化と考えるなら、ジョイスはなぜそうしたのかが考えられるべきでしょう。彼はこの作品によって二〇世紀の姿を描き出そうとしたとは考えられないでしょうか。つまり二〇世紀とは、もはやオデュッセウスのような神話的英雄は存在しえない、神話的冒険も存在しえない時代です。あるのは凡人の送る、大した事件もない平凡な日常生活です。個人の才覚で活躍できる太古の英雄的時代とは違う、個人の力だけではどうしようもない世界大戦の時代としての二〇世紀のイメージを、『ユリシーズ』に読み取ることができるように私には思えるのです。

――おわりに

 『オデュッセイア』をプロトタイプとする、英雄の苦難の航海と帰郷の物語は、近代社会においてもっとも忠実な後継者として『ロビンソン・クルーソー』をもっているといえるでしょう。船が難破して他の乗組員全員が死んで、自分ひとりが生き残って島にたどり着くとか、孤島で長い年月を過ごすとか、知恵と勇気で危険な敵をかわしたり、退治したりするとか、デフォーは『オデュッセイア』を意識していると感じさせます。
 しかし先ほど述べたように、『ロビンソン・クルーソー』には一七―一八世紀のイギリス海上帝国のイデオロギーが色濃く反映しています。人種差別、奴隷制、植民地主義などです。そしてそうした部分が暗黙の前提として含まれているこの物語は、私の意見では、いかに少年から大人までの男性すべての心をときめかす孤島での冒険が詳しく述べられているにせよ、その裏面の帝国主義イデオロギーを無意識のうちに読者に刷り込むであろうと思います。『ロビンソン・クルーソー』は近代社会そして現代の資本主義社会の神話となり、生きつづけているのではないでしょうか。
 では翻って、本家の『オデュッセイア』はどうでしょうか。オデュッセウスについては、普通は知恵の英雄として、同じく知恵の女神であるアテナの庇護を受け、幾多の苦難を乗り切って、不在中に妻ペネロペに言い寄り、彼の財産を食いつぶしていた求婚者たちを策略を用いてほとんど独力で退治し、妻と再会を喜ぶという具合で、優れた知恵と不屈の精神力と妻や家族への強い愛情をもった、大変に好感の持てる人物として受け取られている気がします。
 しかしそれもまた、『ロビンソン・クルーソー』を優れた人物の物語と賞賛するような、近代の帝国主義イデオロギーによる近代のオデュッセウス像であるという可能性は、考えられないでしょうか。つまり現代の私たちの目から見るととんでもない人物なのだが、古代ギリシアのミュケナイ時代の貴族にとっては、それが理想であり、そして近代の帝国主義国家のイデオロギーを受容していた支配者階級の知識人もまた、そのオデュッセウス像に自分たちの理想に近いものを認めたからこそ、賞賛したという可能性です。たとえば彼は権力の忠実な僕です。そして求婚者たちを皆殺しにするのはもちろん、彼らと通じていた自分の家の下女たちも全員首吊りで処刑しています。自らに逆らう者は容赦せず皆殺しです。それから妻を大事にするというのもロマン主義的な解釈かも知れないのです。妻も大事だったのでしょうが、それ以上に自分の財産を守ることの方が大事だったのかも知れないじゃありませんか。
 さて、果たしてこうした考察は新しい比較神話学や文化史学になりうるのでしょうか。それは正直な所、まだ私にも分かりませんが、以上の諸作品についての考察から、いくつかの論点を指摘して終えることにします。
 不思議な島々を巡って不気味な怪物や敵を退治するというハラハラドキドキの英雄の冒険物語は、男性には子どもから大人まで人気があります(もっとも女性にはさほどないようですが)。こうした構図は今も昔も変わりません。そしてこれらの物語はみな基本的には単なる娯楽としてではなく、神話として考えられるべきだ、というのが第一点です。言葉を変えて言えば、『オデュッセウス』、『ロビンソン・クルーソー』など神話的構造をもつ物語は、イデオロギー性を帯びやすいし、イデオロギー性の高い物語は、必クしも事実とは限らない要素が入り込みやすいということです。
 ジョイスの『ユリシーズ』も神話構造とイデオロギー性を持っています。しかしこれまで見てきたように、その神話構造とイデオロギーとは従来とは異なる利用をされている新しいタイプのものです。一言で言えば脱構築ということになるでしょう。偉大な英雄を主人公とする神話構造を意図的に用いながら、主人公を矮小化してしまう。そしてそれは同時に、それまでその神話構造が担ってきたイデオロギーをも矮小化することになる。アンチとしての神話とイデオロギーです。つまりジョイスはこの作品で、それまでの支配的な神話イデオロギーを換骨奪胎し、逆にそれを無化してしまっているのです。
 それをジョイスの考えた新しい時代の英雄像と呼ぶことも出来るでしょう。ともかく、私はジョイスの『ユリシーズ』をそんな風に理解しています。
 二〇世紀の末から二一世紀にかけて、地球規模での難民の流動が起こっています。先述のように、伝統的な苦難の航海によって帰郷を目指す英雄像は相変わらずアニメやゲームで再生産され、「男の子」たちに消費されています。しかし英雄像と悲惨な現実との乖離はどのように埋められるのでしょう。神話学と文化史が手を携えて考えていくべき領域は、まだまだあるように思われます。
 あと一つ、取り上げきれなかったオデュッセウス型の物語があります。アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』[*6]です。果たしてこの物語の主人公は、ロビンソン・クルーソーとレオポルド・ブルームのどちらのタイプでしょうか、それともどちらでもない第三のタイプでしょうか。このシンポジウムの後に、ひとつビデオ[*7]でこの作品を眺めながら考えてみてください。


 脚注

[*1] 三橋修「意地悪読み『ロビンソン・クルーソー』」『かわら版R WAKO '01』和光大学人間関係学部人間関係学科発行、二〇〇一年、三四〜三七頁。

[*2] 堀米庸三・前川貞次郎共著、チャート式シリーズ『新世界史』改訂版、数研出版、一九七三年、二六四頁。

[*3] L.P.Couliano, Out of this World : Other-worldly Journeys from Gilgamesh to Albert Einstein, New York: Shambhala, 1991.

[*4] W.B.Stanford, The Ulysses Theme, Oxford: Blackwell, 1963.

[*5] 鶴岡真弓『聖パトリック祭の夜――ケルト航海譚とジョイス変幻』岩波書店、一九九三年(その後、『ジョイスとケルト世界』と改題して、平凡社ライブラリー、一九九七年)。

[*6] アーサー・C・クラーク『2001年宇宙の旅』早川書房、一九七七年(Arthur C. Clarke, 2001: A Space Odyssey, 1968)。

[*7] スタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』ワーナー・ホーム・ビデオ、一九九二年発売(映画は1968年、U.S.A.)


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