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特集2◎「少年」の現在

『人生案内』と子どもたち

池田貞雄 本学人間関係学部教授

 新しい研究室に引っ越したとき、ずっと昔ゼミの学生がつくった紙芝居をそのまま捨てるには忍びがたく、パソコンで保存することにした。
 紙芝居というのは、ソビエトで一九三一年に制作された初期のトーキー映画『人生案内』を、第二次大戦前、新興教育運動・教育労働者運動に参加していた教師たちが紙芝居にして活用していたもので、戸塚廉の『親子新聞』に紹介されていたガリ版刷りの絵と文を参考に、マカレンコゼミの学生たちが作成したものである。
 この映画のテーマ・理念は、かんたんに言えば、社会主義革命後の戦乱と飢饉という困難な状況の下で、家を失い親を失い、物売りか靴磨きか、はたまた物乞いか、盗みかっぱらいでしか生きられない、それでも「自由な」浮浪児たちの再教育、自発的に参加する共同工場(コムーナ)での労働こそが自由な労働者・新しい市民を育てることができるということであった。それはまたマカレンコの実践記録的作品『教育詩』[1](コローニア)や『塔の上の旗』(コムーナ)とも共通のものであった。
 紙芝居は、大きな画用紙の二六枚構成で、一枚ずつ二人で両側から引っ張って平らにし、ひとりがシャッターを押すという三人がかりでカメラに納め、パソコンに入れ、スライド作成ソフトに取り込んだ。一枚ごとにセリフを吹き込むのは大変なので、それはやめにして、それぞれに簡単な言葉を書き入れ、BGMとしては、他のゲームソフトの音楽を一部借用した。音楽が合わないと言う意見もあるのだが、ヴァージョン3で終わりにした。
 このスライドを見ているうちにちらっと思ったことは、子どもたちなかなか可愛い顔してるなー、やっぱり昔の子どもは働くことを知ってるからなー、ということだった。いつだったかテレビで見た、変な女の子の絵を思い出したからである。
 しかし考えてみると、この紙芝居をつくったのは、元は一九三〇年代の人たちだったとしても、二〇年ほど前のうちの学生たちだった。映画に子役で出演しているのは、すべて共同作業所などで働いていた元浮浪児たちだそうで、薄汚れた身なりながらも個性的で生き生きしているが、必ずしも可愛いという顔ではない。一人前かどうかはともかく、働いて生きているのだから。後に指導的な活動家になり、最後には、街から来たかつてのボスに殺されることになる主人公ムスターファは、なかなか魅力ある若者である。なかには、トロンとした目つきや変な目つきの子もおり、仕事がなくなって突然キレ、破壊活動に走るのもいるのだが……。
 子どもを生涯のテーマにしていた画家としてすぐ思いだせるのは、いわさきちひろである。母性の画家といわれていて、その絵は(全部見ているわけではないが)、素朴ながらほのぼのとして暖かい。平和で文化的な印象を受ける。薄汚い、鼻ったれの憎まれっ子ではなさそうである。ゼミでつくった紙芝居の絵もそんな感じがしないでもない。それにしてもまた気になったのはあの変な女の子である。そこまで時代は変わったのか……!
 学生たちに聞いてみた。「欲求不満だかなんだか、怨念の塊みたいな、何か文句いいたそうな変な目つきの女の子ばかり描いて、欧米で有名になっている若い作家だか画家だかを知らないか」って……。さっそく検索が始まったが、「変な目つきの女の子」ではなかなか大変……。そのうち一人が白板にスケッチした。「あっそんな感じだ」「じゃ本屋にいっぱい並んでる、吉本ばななの本の表紙にもなってた」「じゃ一冊買ってきてもらおうか」ということになったのだが……、具体的な手がかりをつかんで、さらに検索が進められた。
 小一時間もしないうちに、ついに「奈良祥智」の絵をあつめたギャラリーが画面に現れ、ついで、NHKの「トップランナー」で六月に登場していたことが分かった。ぼくはこれをちらっと見てたんだろう。ドイツのケルンを拠点に活動してきて、各地で個展など開いているとか。日本でも若い世代の支持を集め、とくに若い女性、OLのファンも多いらしい。学生たちのインターネット術も大したものだと感心した。
 奈良祥智は、一九五九年生まれ、草原の一軒家で育ち、子ども時代一人で絵ばかり描いていたが、高校卒業まで画家になるつもりはなかったとか……。あの「へんな女の子」には、かれの幼少時のさまざまな想いが、悲しみや怒りがそのままにぬり込められていた。『人生案内』時代の変な目つきの子どもたちは、ずるがしこいか、ひねくれてしまったか、ともかくすきあらば逃げ出そうとする目で、自分の足で逃げ出しさえすれば、乗り物にも、隠れ家にも困らなかった。しかしこの二〇世紀末の幼い女の子は、頭でっかちで華奢な足で、逃げるに逃げられず、逃げても広い草原ではすぐ捕まるし、じっと耐えるしかない。せめてイメージの世界でナイフでも振りまわし、時には自らも傷つきながら、それでもしっかり自我を守ろうとしている。けなげな女の子だった。
 六〇年代のはじめ、『現代っ子気質』第二版で、阿部進は、当時見られた子どもたち(主に小学校中高学年)を五つに分類し、そのいずれでもなく、「金にがめつく、けちんぼで」といった現代社会で生き抜く力と、現代社会を変えていく力とを併せ持ったような子どもを「現代っ子」と呼びたいと書いていた。「高度経済成長」の陰で、「第二の非行」が取りざたされる中で、多くの子どもたちが労働から「解放」され、自然から切り離され、テレビ・マンガの世界に取り込まれだした時代である。まもなく受験戦争が始まる。自然や社会と直接かかわるような、子どもにふさわしい遊びや仕事の世界を、子どもたちの生活の中に取り戻すことが必要であった。
 八〇年代後半にはいって、この一九六〇年前後に生まれた世代を「新人類」として、大きく取り上げたのが『朝日ジャーナル』(一九八五年四月一九日号)だった。その後半年、同誌は、毎号「新人類の旗手たち」とのインタビュー記事「筑紫哲也の若者探検」を連載した。この最初の号に『速い資本主義は健在だ 大人(ロゴス)には絶望を! 子供(ガキ)は走りながら笑え!』と題する「新人類〈暴走〉宣言」を書いたのは、六一年生まれのテレビ・プロデューサーK・T氏である。
 かれはそこで、「〈新人類〉を気取るためのマニュアル」を、六つのスローガンから成り立っているとして、「連帯」から「癒着へ」、進歩から進化へ、才能から自信へ、反省から断定へ、観念男から唯物女へ、思考のパラドックスから思考のスクラッチへ、をあげている。書いた本人は、〈暴走〉を楽しんでいるだけかもしれないが、〈暴走〉宣言が他方では管理強化につながらないとは言えない。ともあれ宣言は、この時代のマスコミの内容、その特徴、傾向のひとつを示しているだけでなく、その後につづくバブル景気の暴発と崩壊とにも何となく符合しているように、思えてならない。
 自然からはますます切り離され、過激な音と光にかこまれ、あの「マニュアル」のように「気取る」ことを、学校でも地域でも家庭でも強制されたり、放任されたりしながら育つとしたら、どうなるだろうか。さまざまな時と場に応じて、あるいは「いい子」を気取り、あるいは「悪い子」を気取り……。あの「へんな女の子」は自らの自我をどう守り、育てていけばいいのか。もう少し大きくなって、自分の足で走り出したときが心配である。あの草原もどうなっているかわからないし……。やはり「へんな女の子」は、幼いままにとどめておくしかないのか!
 さて、映画『人生案内』の主な主人公は、児童保護委員のセルゲーエフ、窃盗一二回、脱走八回、拘留一五回のベテラン浮浪児ムスターファ、そして浮浪児にはなりたくない一五歳のコリカである。
 ムスターファはなかなかの組織者で、民警や保護委員とも顔なじみ、また逃げ出すぞとうそぶいている。セルゲーエフはこの子たちに、若者には仕事が必要だ、自由は素晴らしいことだ、古い修道院跡に工場をつくって、管理や運営も自分たちでやるんだ、完全にまかされるんだと呼びかける。子どもたちは、監視つきの収容所よりましだ、いつでも逃げられると思い、同意する。ムスターファは、じゃ行こうと後ろもみず駅に向かう。子どもたちは、遠くから民警が見張っているかもしれないと思い、ともかくついていく。駅で、セルゲーエフはムスターファにお金を渡してパンを買ってきてくれと頼む。ムスターファは一瞬きょとんとするが、時間がないから急いでといわれて駆け出す。信頼されたからには、大役をまかされたからには裏切ることはできない。ムスターファは食料を大量に買い込み、ついでにソーセージ一本盗んで、動き出した列車にやっと駆け込む。11人全員無事修道院跡に到着。委員会で用意した道具と元職人の指導で靴作りが始まる。コリカは、紙芝居とは違って、母親がリンゴを買いに行って争いに巻き込まれて死に、飲んだくれた父親に追い出され、けっきょく浮浪児たちの親分ギガンにこき使われることになるが、刈り込みから逃れ、仲間を誘って保護委員会に頼みこみ、共同工場に参加し、そこで働くことになる。
 春になる頃、資材不足で仕事がなくなり、放浪癖が頭をもたげる。セルゲーエフは仕事探しにモスクワに出かける。留守中、突然キレた子が犬を殺し、破壊活動にみんなを扇動する。ムスターファとコリカたちは仲間とともにかれらを押さえ込む。セルゲーエフはお土産にオモチャの機関車をもって帰ってくる。街まで線路を引こう! 周りの住民にも喜ばれるぞ!……これまでは連結器や屋根にのぼって旅行したが、これからは座席に座って旅行するんだ! 線路の敷設が始まる。
 開通式の前夜、ムスターファは代表団を迎えに街へトロッコを押して出かける。一番列車は、コリカが車掌になり、途中でムスターファの死体を見つけ、赤旗に包んで帰ってくる。一瞬の静寂とつづくインターの合唱……。
 ところでマカレンコが、一八年にわたる未成年法違反者や浮浪児たち(コローニアとコムーナ)の指導の中で確立した教育理論のなかでもっとも重要な命題とされているのは、「尊敬と要求との統一」「並行的教育作用の教育学」、「見通し路線の教育」「基礎集団」などである。セルゲーエフが駅でムスターファにお金を渡す場面、人間に対する信頼は、マカレンコの人間観の基礎であり、「要求と尊敬の統一」として強調されるものであった。
 「並行的教育作用……」は、かんたんに言えば、一対一のあるいは直接的な教育ではなく、集団の教育を基盤にするということである。これを支える「基礎集団」としての「隊」は、コローニアにとって必要だった国道の夜間警備、委託された国有林の討伐監視の中で、子どもたちがパルチザンに憧れ「隊」をつくったのに始まった。実際には教師と生徒という関係だが、「公式的には」あくまで社会主義を建設する同じ仲間として接することである。セルゲーエフがはじめに、共同工場をつくろうと呼びかけるのも、そのような視点からであろう。わが国の民主教育運動の中で、しばしば、学校の主人公は子どもたちだ、という言葉が使われるのも、子どもたちが、上からの管理指導に従順に従うのではなく、国の主権者として育つことを願うからであろう。
 「見通し路線……」は、国の未来と自分自身の未来とを見通す力を育てることである。それはまた「明日の喜びを育てる」ことであり、今日のおやつはアイスクリームだよと言うところからでも始まる。「明日の喜び」がなければ大人だって生きていけないではないか。セルゲーエフは玩具の機関車をもって帰り、線路を引こうと呼びかける。子どもたちは、将来機関手になろうと決意する者、列車で国中旅行しようと考える者などさまざまだが、新しい夢を手に入れた。マカレンコの実践に線路敷設はないが、この「明日の喜び」は、コローニアでの農業経営が順調に進むようになった中で、失恋した若者が自殺したことがあり、そのとき、すでに高専に進学し、休みで帰っていたかつての右腕OBの、人生には楽しみもなくては、という一言から追究し始めたものであった。
 マカレンコの教育理論は、『どん底』の住人に、『人間』は偉大な存在だと叫ばせた、ゴーリキーの人間観から、また人間への限りない「要求と尊敬」という高師時代の学長に学んだ教育観から、出発して、浮浪児たちとともに農場をつくり、工場をつくり、学校をつくる中で、子どもたち、若者たちの発意と創意を積極的に受けとめながら創りあげたものであった。
 近年テレビ放映や新聞連載などで、「学級崩壊」が取り上げられ、それをテーマにした本も多数出版された。いじめから不登校へ、そして「学級崩壊」へ……、しかし救いは、この問題を通して、それが、単に教師個人の力量や、個々の子どもの性格の問題、単に教育の問題ではなく、社会の問題だということを、関わった教師も、取材した記者も双方が、深く捉えだしたことかもしれない。文部省は、いじめにはカウンセラーを、不登校には出席扱いを、「学級崩壊」には、目下調査検討中か、幼稚園に教員を研修に出すとか。学習指導要領の内容は大幅にカットするけれども、学級規模四〇人の基準にはかたくなに固執する。先日の新聞記事では、兵庫の県立高校の校長が昨年五月全校朝礼で、日本刀二本を振りかざして「真剣とは命がけの状態」だと講話したとか。校長は剣道の有段者で刀を持ち出したのもたまたまかもしれないが……。また次の日の声欄では、北海道のある教育委員会連合会が昨年末、管轄下一市四町三万三〇〇〇の全戸に国歌・国旗のリーフレットを役場の広報紙に挟んで配布し、学校、家庭、企業などに掲揚・斉唱を要請したとか。日の丸、君が代、日本刀、ついでに奉仕活動の義務化へ……!
 国連総会で「子どもの権利条約」を採択したのは、一九八九年一一月、発効は翌年九月、わが国の国会がこの条約の批准を承認したのは四年後である。ともあれ、条約にもある「子どもの最善の利益」が何であるかを決めるのは結局は大人である。戦前戦後を通じて学校・教育の場で、体制はともあれ、優れた実践は数々ある。しかし戦後においても、条約批准後においても、「子どもの最善の利益」が何であるかについては、大人の世界でも必ずしも一致するわけではない。せめてもの子どもたちの「表現・情報の自由」を保障し、「意見表明」をしっかりと受け止めることが必要であろう。教育はそこから始まるとも言えるし、それこそが教育だとも言えるのではないか……。そのような実践も数多い。
 兵庫県南部の大地震にも、日本海の油汚染にも多くの若者がヴォランティアで参加しており、学歴にこだわらず、自ら職人として生きることを選択する若者も多い。あの「へんな目つきの女の子」が、顔を上げ、瞳を輝かせて自らの人生を、しっかりした自分の足で歩めるように、二一世紀も明るいとは言いきれないが、夢だけは育てたいものである。


*1 この詩は叙事詩のこと、なお英訳では「人生への道」としているものもあり、また映画の原題は「人生へのパスポート」とも訳される。


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