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特集1◎環境と農業・都市

気候にやさしい都市
気候変動にソフトな二八万都市の内容

三浦郷子 本学経済学部教授


はじめに

 ドイツでは環境団体と環境援助財団との協力で一九九〇年から一〇年間、毎年、どの自治体が環境に配慮した政策を実行しているかを競う自治体コンクールが行なわれた。日本では一九九二年のフライブルグと一九九六年のハイデルベルグがよく知られている。フライブルグは現代都市では実現不可能と見なされていた旧市街への一般自動車の乗り入れを禁止して、「環境定期券、レギオカルテ」を発行したことで世界的に一躍有名になった。一方、ハイデルベルグは文学的な側面から日本人にはよく知られていたところに省エネ中心のエネルギー政策で環境首都として選ばれたことで、一層人気ある観光地となった観がある。
 一九九七年の環境首都としてミュンスター市(Munster(注) 、人口二八万一〇〇〇人)が選ばれたことは、日本ではあまり知られていない。その年は地球規模で生じている温暖化という気候変動に対し、最もソフトな都市を選ぶコンクールであった。地球規模の気候変動は人類の発展にともない排出された二酸化炭素により引き起こされる、いわば人類活動の総体に起因している。したがって、地球規模の気候変動にソフトな都市は、そこに住む人間活動のあらゆる側面が環境にソフトであることを示唆するものである。
 ではまず、自治体コンクールの内容と役割についてから入ることにする。

1――ドイツにおける「自然・環境保護における連邦首都」を選ぶコンクール

 一般に環境首都コンクールと呼ばれている自治体コンクールは、一九九〇年に始まった。これは、ドイツ環境援助協会を中心にドイツ全国都市連絡協議会、ドイツ市町村連合、ドイツ環境自然保護連盟(BUND)、ドイツ自然保護連盟(NABU)などの共催で、ドイツ連邦環境財団の助成を受けて一〇年間毎年実施された。このコンクールには国内のすべての市町村が参加でき、自治体の自然環境保護対策ですぐれた政策を他の自治体の手本として公開することを目的としている。自治体にとっては環境対策の自己評価の場となり、かつ今後の目標を設定するよい機会となった。
 内容は、各自治体が環境対策についての六〇〜七〇の質問に答え、その結果が採点され、順位が決まるという自己採点に近い方式である。しかし、これらの回答が正しいかどうかは、複数の地元の環境団体によって審査される。質問事項は毎年異なり、政策が前年度より向上することを目指す傾向を持っていた。今泉みね子氏によってまとめられた一九九六年度の各項目のおおわくは、次のようなものである。
 (1)環境計画に関する評価
 自治体における地球環境保全のための行動計画(ローカルアジェンダ二一)の作成は進んでいるか。土地利用計画や都市計画の際に、大気、土壌、地下水の保護や景観への配慮事項が銘記されているか。自治体環境アセスメントを義務化しているか。環境保全型企業を誘致しているか。など。
 (2)自然保護に関する評価
 自治体における自然保護地域や国立公園の占める割合、あるいは湿地や荒れ地など農林漁業に使われていない自然状態の土地の割合はどのくらいか(いずれも大きいほど点数は高くなる)。動植物の保護計画(保護条例も含む)はあるか、その方法を具体的に述べる。ビオトープ・ネットワーク計画があるか。市民の個人的自然保護対策への補助金制度があるか。など。
 (3)農林業に関する評価
 エコロジカルな農業および景観保全農業をする農家に対する補助金制度があるか。地元の畜産、製パン、ビール製造や飲食店などの食品加工業者に地元産(有機農産物を含む)の使用を奨励しているか。公共建造物の改築や新築に国産材木の使用を義務付けているか。市有地において、自然のビオトープ調査、自然にちかい混合林づくり、あるいは、エコロジカル農業の実践をしているか。また市有林での化学防虫剤や殺鼠剤使用の制限があるか。など。
 (4)河川および湖沼に関する評価
 自然あるいは自然に近い河川面積の市全面積に対する割合はどのくらいか。河川を生態学的視点に立って保全、改修あるいは復元する計画はあるか。
 (5)飲料水および排水に関する評価
 節水対策はされているか。雨水利用あるいは透水型の舗装等に対する優遇措置(補助金など)はあるか。下水処理において窒素の分解とりん酸除去を規定にしたがって行なっているか。下水汚泥中の汚染物質成分は農業で使用可能な基準以下になっているか。新住宅地における雨水の地中浸透対策や平屋根緑化義務などの施策が行なわれているか。など。
 (6)交通に関する評価
 交通政策において総合交通の概念が導入されているか。交通における環境対策や自動車交通削減の実施は進んでいるか。歩行者ゾーン、歩行者専用道路、自転車専用道路および遊技道路(子どもが遊べるよう時速制限が著しく厳しい)が占める市面積全体に対する割合はどのくらいか。自転車利用に関し、公用自転車の導入や利用者への優遇措置がとられているか。公共交通機関使用に関し拡充および財政支援などの政策があるかどうか。など。
 (7)廃棄物に関する評価
 住民一人当たりの残余ゴミの量はどのくらいか。ゴミ減量を目的とした種々の施策の実施状況(ゴミ料金の量による変化、公共施設における備品、消耗品のグリーン購入および催し物におけるリユーズ商品の使用、生ゴミコンポスト化の促進、不用品交換所の設置)の記述。建設残留物のリサイクルおよびこれらを促進する廃棄物相談や広報活動の担当者がいるか。など。
 (8)エネルギーに関する評価
 省エネ対策や再生可能エネルギー奨励策は行なっているか。消費電力(暖房エネルギーも含む)について公共施設での点検を実施しているか、また前年比で減少しているか。コジェネレーション施設があるか。新築建造物に低エネルギー基準を設けているか。再生可能エネルギー(太陽、風力および植物性燃料など)施設の数はどのくらいか。
 (9)地球規模の環境保護・気候保護に関する評価
 二〇〇五年までに二酸化炭素排出を二五パーセント以上削減することを義務づけているか。公共施設の備品購入において、フロン類ガス、熱帯産材木などの使用を停止しているか。など。
 (10)広報活動、環境教育および環境団体に関する評価
 環境保護に関し市民が相談できる窓口を設置しているか。定期的に環境白書を発行しているか。学校での環境教育の実施状況はどのようか。環境計画を立てる際、一般市民や地元環境団体の参加(調査依頼なども含む)を可能にしているか。
 (11)特記するような環境対策をしている場合はその内容を詳しく記述する。
 点検の項目はいずれも極めて具体的である。日本の自治体が自己採点したなら何点取れるだろうか。ミュンスター市が一九九七年に気候変動にソフトな環境首都として選ばれたことは、都市空間が自然に調和していることを意味するであろう。不十分ではあるが、今回の現地視察に基づきその内容を紹介する。

2――ミュンスター市の概観

 ミュンスター市は北西ドイツに位置するノルトライン・ウェストファーレン州の州都であり、街の発展は九世紀にカール大帝がその地に大修道院を建てたことから始まったといわれている。ミュンスター市を象徴する教会である「聖パウロ大聖堂」は七九二年に二つの尖塔が建築され、現在の建物まで完成したのが一二六四年である。この「聖パウロ大聖堂」はウェストファーレン様式建築の随一の規模として知られている。ミュンスター市が歴史に名を残した出来事は、何といっても一六四八年に三〇年戦争の和平協定蕫ウェストファリア条約﨟が現在の市庁舎の「平和の間」で結ばれたことである。この市庁舎はゴシック建築としても知られている。市庁舎の向かい側にルネッサンス様式の美しい切り妻造りの建築が連なるアーケードがある。これが「プリンチパルマルクト」である。これら歴史的建築と街並みの保存は、市民の並々ならぬ努力(後述)によるものである。
 ミュンスター市を象徴するもう一つは、一七八〇年に創立し一九八〇年に創立二〇〇年を迎えたミュンスター大学である。心理学、神学、文学、音楽、芸術および建築をふくむ総合大学で、文科系のキャンパスが旧市街にあり、理学および医学系などの自然科学系のキャンパスは新市街にある。全国から集まった学生は総数四万五〇〇〇人(そのほかにカレッジの学生一万人を加えると五万五〇〇〇人)に達する。神聖ローマ帝国の領主司教の居城であった宮殿は、現在ミュンスター大学の一部となっている。そして宮殿に付随した緑ゆたかな美しい城公園や植物園が保存されている。
 現在の人口は二八万一〇〇〇人(一九九六年)で市の面積は三〇二・三七平方km (南北二四・四km、東西二〇・六km)である。旧市街は直径一・二kmのほぼ円形で、よく保存されている。
 気候は一三五年間における平均気温でみると、夏涼しく(摂氏一六・一度)、冬比較的温和(摂氏九・二度) であり、一九九〇年には積雪はほとんどなかった。年間一九五日の雨天の日を持つが、一方で年間一六〇〇時間の日照があり、北ドイツで最も日照の長い地域の一つになっている。即ち、植物の成育条件に恵まれており、人にとっても比較的凌ぎやすい気候である。
 ミュンスター市は産業的に見るとウェストファリア地方のオフィス(銀行、保険会社、裁判所や研究所などの)であり、ミュンスター地方の文化およびショッピングのセンターと位置づけられている。したがって労働人口の約二二%がサービス業に従事し、公務員の割合(約一七%)が高いのも特徴である。また大学の教職員が約一万二〇〇〇人を占め、大学が市最大の雇用者になっている。企業はいろいろな中小企業がバランス良く存在する。即ち、特別な産業があるわけではないが、歴史的にも交通の要所となっており、近郊に住む一五〇万人がミュンスター市に集まり、経済および文化の中心を形成している。したがって、環境問題としては産業公害は少ない。それに対し、戦前は一四万であった人口が現在の二八万に達し、かつ、近郊からの人と物資の移動などによっておこる都市公害(交通公害やゴミ問題など)が主である。

3――ミュンスター市の気候保護対策の歩み

 ミュンスター市の旧市街の一郭に「環境ビューロー」があり、無料のもの有料のもの取り混ぜ、市、州、連邦環境省および環境団体が作成した環境施策(行事予定なども)に関する資料が置かれている。ここには年間一万五〇〇〇人もの訪問者があると説明される。我々もその中にカウントされるはずである。約七〇マルクを払って種々購入する。四環境団体も参加して環境相談も行なっている。このように、必要に応じ市民が自由に訪れ、相談することができるまで整うには表1にまとめたような歩みがあった。
 一九八〇年代に入り、オゾン層破壊に代表される地球環境問題が世界的にクローズアップされるにおよんで、市民の環境悪化に対する危惧は新しい段階に入っていた。地球温暖化に関しては、一九七〇年代の終わりころから科学者や地球環境問題の活動家たちの発言や活動が活発になる。そして、一九八八年にこの問題に対し、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が共催で各国政府を代表する約二五〇〇人の科学者からなる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」を設置した。この IPCC が一九九〇年の第一次調査報告書で地球温暖化について対策の必要性を警告するに至った。
表1 ミュンスター市の省エネ政策の歩み図1 ミュンスター市が気候保護連邦首都に選ばれたことを報じたドイツ環境団体の新聞の表紙。旧市街の中心部の写真。図2 気候保護連邦首都ミュンスター市の対策37項目
>受賞の対象となった交通政策、エネルギー削減政策、自然保全、環境ビューロー、ゴミ対策を含む37項目が挙げてある。
 このような状況下で、ドイツ連邦政府は一九九〇年一一月の閣議で、二〇〇五年までに対九〇年比で二酸化炭素排出を二五%削減することを決定した。交通公害やゴミ問題などに早くから取り組んでいたミュンスター市は連邦政府の閣議決定に素早く反応し、キリスト教民主同盟から提案された「気候エネルギー・アドヴァイザー会議」設置を市議会で承認(一九九一年)した。この「気候エネルギー・アドヴァイザー会議」が基本的な方向(二〇〇五年までに対九〇年比で二酸化炭素排出二五%削減)を提示し、かつ、実行促進組織として「気候・エネルギー調整機関(KLENKO)」設置を提案して、エネルギー消費削減を強力に導入した気候保護対策が急速に動き出すことになる。市議会は一九九五年二月、社会民主党と緑の党の提案による「欧州気候連盟」および「国際環境自治体協議会」加盟を承認し、その翌月に「気候・エネルギー調整機関(KLENKO)」設置を承認する。その後は KLENKO が中心的役割を果たし、次々と政策が具体化されていった。一九九六年に議会承認された「行動コンセプト」は、具体的な短、中、長期対策を打ち出している。短期の主眼は「エネルギー・気候目録づくり」と住宅の省エネ対策である。中期では太陽光(熱)を主とする再生可能エネルギー利用の促進、熱併給発電の拡充を揚げている。図1はミュンスターが、気候保護連邦首都に選ばれたことを報じたドイツ環境援助団体の新聞である。
 しかし、気候保護連邦首都に選ばれるに至った対策項目は、図2に示してあるように、交通政策、ゴミ削減、自然生態系保全、土地政策、エネルギー消費削減、文化教育、他都市との連帯など都市空間全般のあり様を示す三七項目にわたる施策によることを認識することが必要である。

4――気候保護連邦首都の姿

 日本においては、まず気になるゴミ問題を取り上げよう。空港から夜中にミュンスター市の中央駅近くのホテルにチェックインした翌日、朝六時ごろ早速旧市街に出かけると、ちょうどゴミ収集車が次々と路上に出されたバケツからゴミを収集しているところに出くわした。別段変わった様子はない。
 しかし、ミュンスター市はゴミ回収料金が旧西ドイツで最も安い自治体であるという。ドイツでは四人世帯で年間平均二万円、焼却をする自治体では約六万円をゴミ回収料金として払っているが、ミュンスター市では五〇〇〇円以下であるという。市は焼却設備の新設はしないことを決定し、徹底的な分別とリサイクルに取り組んでいる。そして最終処分場行きのゴミを焼却せずに、市の総ゴミの一七%まで削減することに成功している。
 ミュンスター市は飲食店から出る莫大な量の使い捨て食器ゴミ(プラスチック製のコップ、フォーク、スプーン、コーヒーミルクのミニ容器およびハンバーガーのパックや紙皿など)を減少させるため、一九九五年「使い捨て食器税」を導入した。そして、公の催しではデポジット制食器の使用のみを許可するとともに、流通業者には過剰包装の削減を求めるなど思い切った政策を実行した。できるだけゴミの発生の減量化を促すと同時に、出てしまったゴミは徹底して分別しリサイクルするシステムを作った。
 市内に一〇カ所のリサイクルセンターを建設し、紙、金属、布、木製品、庭木、発砲スチロールおよび有害廃棄物などを資源ゴミとして無料で回収している。一方、カレットビンと古紙は各々市内六〇〇および四〇〇カ所以上ある回収所で集め、リサイクルする。家庭のゴミは四色のバケツに金属など(黄)、生ごみ(茶)、紙専用(青)、残り(灰)に分別し、残り(灰)以外はすべてリサイクルする。大型ゴミは二〇%はリサイクルし、冷蔵庫と冷凍庫は別に回収し、そのうちの三〇%はリユーズと部品のリサイクルをする。
 産業廃棄物も可能なかぎりリサイクルする。例えば、建築混合廃棄物もその七五%がリサイクルされる。建設時にでるレンガ、アスファルトや土までも、九七%がリサイクルされる。これらの結果、ミュンスター市で出る全廃棄物(一九九八年、約五八万トン)のうち、八三%がリサイクルされる。さらに残りの一七%を残余ゴミ選別施設に送り、さらに減量する計画が進んでいる。この結果最終的に無機物が最終処分場行きとなるわけであるが、これもレンガ造りに使う方向という徹底ぶりである。この残余ゴミ選別施設での処理には一トン当たり約三万円がかかるが、これは焼却より安価であるというように採算もとれている。きわめておおざっぱにまとめたが、人口二八万都市のゴミ対策は徹底していた。
 午後から、ワルター・ゲスリング氏の案内で、中央駅(図3)に向かう。市の特筆すべき政策の一つは自転車利用による自動車利用の抑制策である。人口二八万のミュンスター市に自転車は四〇万台が登録されている(自動車の登録数は一二万七〇〇〇台)。自転車大国のオランダは、一五〇〇万人の人口に自転車の保有台数が一六〇〇万台で欧州第一(第二位はデンマーク)であるが、ミュンスター市はさらにその上をゆく自転車都市である。中央駅前に近代的なガラス張りの半地下建造物(図3)があり、それが一九九九年にオープンした自転車駐車場である。三〇〇〇台の自転車が駐車でき、料金は一日一マルクである。一カ月券、一年券もあり、備え付けのウォッシャー(一台当たり六マルク五〇)もある。また、エレベーターの役割を果たすフェロ(自転車の意味)ベーターも稼働している。内部(図4)を見学していると若者が次々と駐車に入ってくる。立体的に駐車するための機械を慣れた手つきで操作し、駐車する人、引き出していく人など流れがいかにも自然である。市はさらに駐車場を五〇〇台分拡張する予定である。一方、道路は雨水が浸透する材料で舗装された赤いレーンが自転車ゾーン(自転者専用道路)になっていて、ミュンスター市で全長二五〇kmに達するという。
 自転者専用道路は一九二九年にすでに設置されていたということで(自転車大国オランダに接している影響という)自転車の利用の歴史は長いが、今日のような大々的な利用は、一九七〇年代および一九八〇年代における自動車政策によって始まった。そして、現在気候変動にやさしい首都において自転車の利用は中心的役割を担っている(図5)。
 また、駅前からは次々と大型バスが発着している(図3)。電車で中央駅に来た通勤者が、目的別の停留所へと流れていく。案内のワルター・ゲスリング氏が、一冊の分厚い再生紙でできた冊子を渡してくれる。それは、ミュンスター市内および近郊の汽車・バスの時刻表である。これを使えば時間の無駄なくミュンスター市のどこにでも行けるというほどに、バス路線と停留所ごとの時刻が細かく記載されている。旧市街へは住人以外の自家用車は入れないことになっているため、自転車とバスを使うことになり、バスの時刻表は必携のものとなっている。汽車からバスへ、汽車から自転車へ、自転車からバスへ、バスから自転車へ、自転車から汽車へ、自転車から徒歩へという標語が掲げられている。
 このバスに乗って次に案内されたのは、気候変動にやさしい首都のシンボルでもあるグリーンゾーンである。四〇ヘクタールのアー湖(Aasee)とそのまわりの緑地四〇ヘクタールに自然博物館プラネタリウム、野外博物館である水車のある農家が配置されている。また、三五ヘクタールのいかなる天気でも開いている動物園(Allwetterzoo)がある。グリーンゾーンは旧市街のまわりを囲む内側のもの(図6と図7)と、旧市街の外側のもの(図8)とに分けられる。
図3 ミュンスター市の中央駅と自転車駐車場(右側の建物)。駅の左にバスの発着ゾーンがあり、朝は汽車からバスへ、汽車から自転車へと移動する流れが出きる。図4 図3の自転車駐車場の内部。3000台の自転車が整然と駐車されている。管理人が誘導していた。図5 旧市街の中心にあるプリンチパルマルクト前の自転車の様子。
図6 旧市街を囲むグリーンゾーン。自動車は侵入禁止。図7 旧市街を囲むグリーンゾーンに沿って点在する流れ。
図8 ミュンスター市の旧市街とそれを囲むグリーンゾーンの地図。緑色の部分がグリーンゾーンを示す。図9 1995年の気候保護住宅の基準(左)
および低エネルギー消費住宅の基準(右)
(市の消費者センターが作成したパンフレットより)
 芝と草がまざる緑一面のアー湖畔の広場は市民の憩の場所となり、また自然保護団体の催しなどに使われている。この土地は農地だったのを市が買い取って緑地にし、現在市が管理している。三五ヘクタールの面積を有する動物園は、そのすべての歩道に屋根がつけられ、二〇〇〇種にものぼる動物を雨天でも見学できるようにしている。野外博物館の水車は四〇〇年前の姿がそのまま保存され、農家のまわりも昔の様式である池を配置し、さらに隣には五〇年以上の年輪を持つオークの大木が連なる散歩道が続いている。散歩道は全長一五kmに達する。
 これらの緑地は、ミュンスター地域を流れているエムス川の保全されている河原の草地とともに、広大なビオトープを形成している。ビオトープとは、湿原、河原、林や干潟など一定の動植物が生息するのに適した物理的、化学的、地学的条件をもった、まとまりのある空間である。自然はさまざまなビオトープが混在した状態で、大きなビオトープを形成している。一九世紀以来の工業化や農作物の単一集中栽培の拡大によって、このような多様で自然に近いビオトープは激減している。それに伴い最も危惧されているのは、生物種の絶滅である。現在残存しているビオトープの役割は、動植物の種に生息場所を提供する(多様性と個体数の保全)、空気の浄化、害虫から植物を守るため動物の食物連鎖を保持する、土壌の侵食を保護する植生の保全、景観の保全などである。種の絶滅を防ぐためには多様な、そして充分な広さのビオトープが必要である。互いに分断されたり孤立してしまったビオトープは、本来の役割を果たすことができなくなる。このためにとられている政策が「ビオトープ・ネットワーク構想」である。多くの自治体ではビオトープ・ネットワークに関心をもつ市民、その地区の農業・牧畜業にたずさわる人びと、自治体当局および環境保護団体や専門の科学者などが実行委員会を作り、自然に近いビオトープを造ることに取り組んでいる。ミュンスターの広大な緑地は、そのような考えをみごとに実現している。案内のワルター・ゲスリング氏が「歩いて渡れる程度の流れを持つ小川」を繰り返し言っていたのは、そのような場所がまさに多様な生き物の住み家だからである。ミュンスター地域では、NABUのミュンスター支部が中心になって、エムス川の河原の草地をビオトープとして保全するための壮大な「エムス河原保全プログラム」が進んでいる。
 このような広大な緑地保全の萌芽は、第二次世界大戦後の街の復興にあった。大戦の戦場になったミュンスター地域は市の六三%の、そして旧市街の九〇%の建物が完全に破壊された。案内のワルター・ゲスリング氏によると、家を破壊された市民自らが持ち寄ったお金をもとに復興が始まった。聖パウロ大聖堂、聖ランバート教会、市庁舎、プリンチパルマルクトそして宮殿が元のままの街並みに見事に復旧した。その時、城壁と堀だった場所だけはもとの城壁にせず、堀は残してグリーンベルトにし、市民の憩の場所にすることが決まった。それらの場所が現在、樹丈の高い林になり、遊歩道と自転車専用道路となって、ミュンスター市の旧市街を囲む緑のベルトになっている。自動車が入れないこのグリーンベルトは、真夏の太陽のもと緑濃く、まさに街の大気を浄化している。その中を自転車がすいすいと走り、市民がゆったりと歩いて行く。旧市街にある宮殿とその庭園を含むミュンスター大学の敷地も街の緑化に一役かっている。
 先にも挙げたように、一九九〇年代になり市が力を入れた政策は、エネルギー消費の削減と大気汚染の削減である。ドイツの家庭消費エネルギーの七七%が暖房に、一二%が温水、料理に三%、その他に六%となっている。このために、最も重視したのは、家庭における暖房に使用されるエネルギーである。一九九六年三月に議会承認された「行動コンセプト」の短期対策の「エネルギー効率の高い建築計画の策定」および「熱パスポート」にみられるような、住宅のエネルギー診断の創設である。図9に、消費者センターが作成した資料のなかの「気候保護住宅の基準」と「低エネルギー消費住宅の基準」を示した。この断熱効果を最大限にとりいれた低エネルギー消費家屋への改築の促進は、同時に暖房による汚染をも防護することになる。そのため市は五〇〇万マルクを投資した。また中期的対策では、天然ガス、石炭、およびゴミからでるガスを用いたコジェネレーション装置(熱併給発電所)の建設により地域暖房を導入している。また、クリーンエネルギーである太陽熱による温水の利用および太陽電池による発電を促進している。風力発電も一役を担っている。これらの施策はエネルギー自立の環境首都フライブルグで詳しく紹介されている内容と、ほぼ同じである。ミュンスター市における資料を調査してわかることは、エネルギー消費の削減のための相談所の設置および懇切丁寧な削減方法の情報の提供である。そして、市民の一つ一つの努力が地球温暖化を起こす二酸化炭素の排出削減にどのくらい役にたっているかが、市民に理解されるシステムになっている。このようにして一九九五年の統計によるとミュンスター市の二酸化炭素の排出量は約二二〇万トンで、対九〇年比で三・二%削減となっている。

5――まとめ

 環境にやさしい街の基準は、(1)エネルギー、(2)水、(3)空気、(4)リサイクル、(5)交通、(6)屋外空間、(7)エコグッズなどにたいする政策が、環境に考慮してたてられていることである。歴史的にも由緒ある都市であるミュンスター市の場合は、第二次世界大戦後の復興に際し、歴史的建造物の再建とともに水と緑を中心に置き、清浄な空気を確保して植物、動物との共生を目指してきたという特徴がある。
 一九七〇年代より急激に増加した自動車を、石油危機を期に、古くから利用していた自転車にかえる政策をとり、もう一つの都市公害であるゴミ問題に徹底して取り組むなど、市民が地道に行なってきた都市づくりが、そのおおわくとして気候変動にソフトな自然空間を保証したものであったところに、エネルギー消費の削減を強く推進したことにより、見事に気候変動にソフトな首都として選ばれたと見ることができる。その背後にヨーロッパの「自由都市」としての伝統と、情報公開によって培われた市民の高い環境意識が感じられる。
 日本においても、近年、ソーラーハウス、自転車利用の促進、風力発電、エコカー利用などを「ローカルアジェンダ二一」に掲げている自治体が増えてきた。いまだ、中央集権の強い日本では地域でできる政策は限定されているが、とにかくできるところから始めている自治体の姿勢に対し、地道な努力をしているミュンスター市を紹介することにより、声援を送りたい。

〈参考資料〉

1 Entsorgungszentrum Munster. 1996, Abfallwirtschafts-betriede Munster (AWM)(注)
2 Energie Daten 1999, Nationale und internationale Entwicklung
3 Von der Sonnenwarme zum warmen Wasser. 1996, Verbrau-cher-Zentrale
4 Naturschutsz Nachrichten. 2000, NABU, UWZ-Druck Munster
5 Munster, a city guide. ed. Wolfgang Neumann, NW-Verlag Munster, 1998. Druckerei Frits Hartman
6 今泉みね子『ドイツを変えた一〇人の環境パイオニア』、白水社、一九九七年
7 In Sachen Kohlen gibt's was zu holen. Der Oberstadtdirektor der Stadt Munster, 1997.
8 Niedrig Energie Hauser Energiesparmassnahmen fur Neubauten. Verbraucher-Zentrale NRW, 1996.

ドイツ語ウムライトを含む単語を次のように読み替えてください。 Munster →Munster Sonnenwarme →  Hauser → Energiesparmassnahmen → fur →


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