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特集1◎環境と農業・都市

食料・農業と環境との関連に関する概観

小林弘明 本学経済学部助教授


一 はじめに 歴史と今日的課題

 農業と環境との関係は一般的にどのように意識されているであろうか?

 農業は、そもそもの原生的な自然を破壊することで成立している。しかし、農業はどちらかというと自然環境を守るはたらきを果たしていると感じている人びとも多いのではなかろうか。このような意識は、農業が自然とも良く調和した産業であるという認識にもとづいているものと思われる。しかしわが国の場合、そのような「農業的自然」が支配していたのは、国全体が農耕社会であった江戸時代までである。欧米における画期は産業革命までということになろうが、それ以後農業は、時には被害者、時には加害者として環境とのせめぎ合いの中に引き込まれている。

 明治維新以後、わが国の農業はどちらかというと環境汚染の被害者であったが、第二次大戦後、化学肥料および農薬への依存体質を強め、また畜産というわが国では伝統的でない部門が成長する中で、環境汚染・環境破壊の加害者としての性格も強めることになった。一方で「農業的自然」を求める人びともおり、農業が環境を守る役割も求められている。

 以下の事件および状況は、農業が経済成長の被害者となった例として代表的なものであろう。[1]

 [栃木県渡良瀬川足尾鉱毒事件]

 被害は栃木県と群馬県を中心に、埼玉、茨城県まで広がった。一八八〇年頃から魚類に異変。一八九〇年の大洪水で鉱山から発生した土壌中の銅が環境中に排出され、農業生産に未曾有の被害。洪水により引き起こされる被害はその後も続き、いくつかの村が消滅することで一応の集結を見た。しかし、問題は残された。古河鉱業所が責任を認め補償金支払いに同意したのは、一九七四年五月一一日である。

 [日立煙害事件]

 一九〇五年に操業を開始した日立鉱山による農・林・畜産業への被害。調停交渉は順調に推移し、さらに一九一四年一二月、一五六メートルの高煙突により被害は減少した。

 [熊本県不知火海および新潟県阿賀野川流域の水俣病]

 明治四一(一九〇八)年に日本窒素肥料水俣工場が建設されて以後水質汚濁が始まる。昭和二〇年代後半には、魚、カラス、水鳥の変死や猫の狂死。昭和三一(一九五六)年五月、人の脳症状として最初の報告。同様の被害が、昭和四〇(一九六五)年頃、昭和電工により新潟県で引き起こされた。

 [富山県神通川・イタイイタイ病]

 大正時代から、カドミウム、鉛、亜鉛等による水質汚濁。イタイイタイ病は長年原因不明の特異な地方病とされていたが、学会報告は昭和三〇(一九五五)年が初めて。原因は三井金属神岡精銅所の排水に含まれたカドミウム。カドミウム汚染米は現在でも生産され、非食用に仕向けられている。

 [悪臭魚問題]

 昭和三〇年頃から開発が進められた石油コンビナート周辺で発生。川崎、尼崎、北九州(以上は戦前からの工業地帯)、四日市、京葉、水島など。一九五八年、浦安漁民騒動では被害漁民が本州製紙江戸川工場に対して実力行使を行ない、刑事事件となった。

 [経済成長、住宅・公共施設開発と農地のかい廃]

 昭和三五(一九六〇)年には約六〇〇万ヘクタールあった農用地は、近年五〇〇万ヘクタールを割り込む水準となっている。これは都市化によるアスファルトの被覆面積の増加や農業による緑の減少をもたらすだけではなく、農村地域の美しい景観をも破壊する結果となっている。この点については後述。

 一九九四年一二月、わが国は二一世紀中頃までを見通した環境問題に対する基本的な姿勢を「環境基本計画」(閣議決定)で宣言している。目標となる社会は、経済成長とともに定着した大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会を改め、子孫に迷惑をかけないという意味での持続可能な発展(Sustainable Development)を実現する社会であり、農業に対しても等しく求められる達成課題である。

 「環境基本計画」の農林水産業に関する記述では、  

 課題や目標として掲げられている事柄は、往々にして現在は守られていないことを暗示しているのであり、林・水をも含めたさまざまな問題点を伺い知ることができよう。

 本稿の目的は、今日的な状況を通観することにより、食料・農業部門と環境との関わりを考察する上での論点の整理を行なうことにある。食料と環境、ないし農業と環境をテーマとする論考は数多く見られるが、やや専門的なものが多く、かつ特定の分野、特定の側面に焦点が当てられており、全体像を把握できるような標準的な解説を与えるものも必要と思われる。本稿はそのための第一歩である。[2]

 以上の目的にそって、次節以下では、国内外の農業が環境と接する諸側面について、統計数値および具体的な事例を交えながら説明し、また、林業および水産業についても若干言及する。

二 さまざまな環境問題

 図表1は今日われわれが問題として直面しているさまざまな環境汚染を分類し、かつそれぞれの問題を引き起こす原因ないし原因物質を整理したものである。一般的な意味での自然破壊は含まれていないが、それは図表中、生物多様性の減少をもたらすものである。原因(物質)の中で、太字で示したものは農業がかかわると見られるものである。[3]

 環境に対する汚染者・汚染物質が直接働きかける対象は、大気、水、土壌である。水は地下水と地表水に分けられ、さらに地表水は、海洋、河口域(または汽水域)、陸水(または表流水)および湿地に分けることができよう。水は、降水、蒸発、蒸散、浸透、浸出および流出という複雑な循環=水循環を繰り返し、土壌の汚染が人間への驚異となって曝露する際に重要な働きをする(ただし、土壌から大気への汚染物質の流れもある)。

 なお、農業、あるいはやや範囲を広げた食料供給部門がもっぱら関わる問題として食品の安全性(Food Safety)および食料安全保障(Food Security)がある。しかし、後者は一般的に「環境問題」として議論の対象とはされていないようである。さらに水産業は海洋資源の問題とかかわっている。

 ところで経済学の中では、環境問題は「外部性(または外部経済効果、Externality or External Economy、負の場合はExternal Diseconomy)」の問題として位置づけられる。外部性とは、金銭の取引を伴う市場取引が通常は成立しないということを意味する。公害・環境汚染とは、「負」の外部性をもたらすさまざまな人間活動にかかわる問題となる。

 理論的には「正の」外部性も存在し得るわけだが、森林による酸素の生成や治水機能などはその典型的なものであろう。

 農業生産活動もまた、無視し得ぬ規模の正の外部性を有するといわれている。そのような働きは「多面的機能(Multifunctionality)」と呼ばれ、農業をめぐる環境問題の一角として近年活発な議論がなされている。

 特にわが国の場合、畜産起源の悪臭問題を別にすれば、農業によるいわゆる環境汚染が深刻な問題として取り上げられたことは他産業に比べればむしろ少ないようであり、この多面的機能は、自由競争に基づく市場経済から農業を守ろうという見解の論拠となっている。また、後述するように、多面的機能に関する議論は多分に対外的な側面ももつ。

三 農業が関わる環境汚染

 図表2は、農業による環境汚染に対して、一般市民がどのように捉えているかを示す一つの指標として、農林水産省によるアンケート調査を引用したものである。

 図表1の整理にしたがうと、典型七公害の一つである悪臭について、農業に対する一般市民の目が厳しくなっていることがわかる。しかしそれ以上に一般市民の関心が高いと見られるのは、農業景観についてである。事柄が事柄であるだけに、その具体的な内容を正確に捉えることは難しいが、少なくともこの問題が、悪臭以外の典型七公害など、狭い意味での環境破壊よりも注目されているという結果は留意すべきであろう。

 以下では、一般的な意味での環境汚染である大気汚染と水質汚濁を取り上げ、農業との関連を概観する。

1 農業による大気汚染[4]

 農業が大気汚染をもたらす事態は一般的ではない。しかし、地球温暖化をもたらす温室効果ガス(GHG: Greenhouse Gases)は少なからず排出している。

 農業による二酸化炭素の排出は、主に農業機械・施設等での化石燃料の燃焼に由来するが、わが国の場合、経済全体に占める農業の割合が低いこともあり、農業の二酸化炭素排出に占める割合は二・七%と低い。また、新たな農用地はほとんど造成されていないので、農業部門が二酸化炭素の吸収源である森林を破壊するという事態も、今日のわが国において一般的ではなくなった。

 二酸化炭素の二一倍の温室効果をもつとされるメタンは、水田や家畜(反芻動物のゲップ)から排出され、わが国の排出するメタン総量の五六・八%が農業起源である。水田からのメタンは排水条件を整備すれば減少し、また、家畜からのメタンも飼養管理技術の改善により減少するとされている。

 施肥土壌や家畜排泄物からは亜酸化窒素(N2O)が発生し、大気に直接排出される。農業の占める割合は九・九%。

 わが国の場合、炭素換算の総温室効果ガス排出量に占める農業の割合は三・八%と比較的低い。しかし、人口対比で見た家畜飼養頭数のきわめて多いニュージーランドでは、国全体で見た温室効果ガス排出量の半分近くが農業起源(反芻動物のゲップ)となっている。また、インフラの整備されていない途上国の水田はメタン発生源として、国際的な批判を受けることがあるらしい。

 また、野菜・果樹作で使用される土壌消毒剤から発生する臭化メチルはオゾン層破壊物質であるが、二〇〇五年までに全廃される。

2 農業による水質の汚濁

 農地に施された肥料や圃場に排泄された家畜の排泄物は、生産物である植物によって消費されず土壌に残留すると、水循環を通じて水質を汚濁する。代表的な汚染物質は硝酸態窒素(NO3)とリン(P)である。また、分解されずに残った農薬は、多くが有害な化学物質であり、同様の経路により水質を汚濁する(よく耳にする残留農薬基準とは食品に関するもの)。このような問題は、肥料(窒素、リン、カリ)の調達が死活問題となったかつての農耕社会では起こり得なかったことであろう。

 二〇世紀以降の化学肥料(無機質肥料ともいう)の存在により、圃場が栄養過多となり養分が環境に排出される事態が起こり得るようになった。ただし、それが現実となったのは比較的最近のことである。冒頭ふれたように、わが国で化学肥料や農薬が一般的になったのは戦後である。

 幸か不幸か、わが国の場合、地下水を飲用とする割合が比較的低いこと、また、下水道の整備状況が悪いこともあり、農業生産からの栄養分の排出以外に水質を汚濁する人間活動が盛んなためか、あるいは排出量自体が少ないためか、肥料・農薬の使用量は国際的に見てきわめて高水準であるにもかかわらず(図表3、4)、農業だけが水質汚濁の原因として取り上げられることは少ないようである。DDTなど残留性の高い有機塩素系の農薬は現在では使用が禁止されている。農薬による地下水汚染という点では、ゴルフ場の方がむしろ問題視されよう。

 とはいえ、畜産による水質汚濁は各地で問題になっている。農林水産省による、図表2とは別の調査は、  

 などの状況を明らかにしている。また、排泄物処理が不適切な畜産農家は全国で約四万戸[5]といい、堆肥化や浄化施設を整備する必要性が認識されている。

 事例―アメリカにおける農薬および農業化学資材による水質汚濁

 総人口の半分、農村地域の人びとの九五%が地下水を飲料水として利用している。そのアメリカでは肥料や農薬による地下水資源の汚染が問題になっている。一九七九年のカリフォルニア州による井戸の検査など、農地面積の多い州を中心として地下水の水質調査が数多く行なわれ、多くの飲料水源が汚染されていることがわかった。環境保護庁による一九八八年のモニタリング調査では、二六州の地下水から四六種類の農薬が見つかった。その後の全国調査では、公共用井戸の一〇・四%、個人用井戸の四・二%で最低一種類の農薬が検出された。ただし、人間の健康を脅かすほどのものは、公共用井戸ではゼロ、個人用井戸でも一%以下とのこと。

 ちなみにアメリカの環境政策においては、「排出ゼロ」と「魚が捕れて泳げる」という野心的な目標が掲げられているが、今のところ達成は困難なようである。[6]

 事例―スイスの農業・環境政策

 一九九二年時点、スイスの農業生産の七割は畜産で、特に酪農は三六%を占める。これは他の欧州諸国でも一般的な形態であるが、スイスは丘陵地ないし山岳地域の割合が高い。戦後、スイスの農業は集約度を高め、環境に対して悪影響を与えるようになった。それは家畜糞尿の表土、表流水、地下水、さらには河川・湖沼への浸透による水質汚濁問題であった。水質に対する汚染物質は窒素およびリンであることから、それをもたらしたのは主に酪農を中心とする農業であり、他産業の活動による汚染は従なことが明らかであるという。生物多様性も減少したとされている。

 農業による環境汚染問題が顕在化し、政治的・社会的問題となったのは一九八〇年代後半である。具体的な改革は一九九〇年代になってからである。これは、同時に進行している農政改革(主な内容は農業への価格支持を引き下げること)の中で、環境調和的な農業生産活動に対して、価格支持から振り替えられた補助金によって運営されている。具体的には、面積あたり家畜飼養頭数の制限、ならびに有機農業の推進などを内容としており、要はより粗放的な農業へと生産者を誘導するものである。[7]

四 欧米と日本の農業観の違いと農地のもつ多面的機能

 一で述べたように、概して日本人は農業を環境の破壊者としてとらえる認識は薄いように思われる。対して欧米人の認識は、日本人とはかなり違うようであり、第一義的に農業は環境の破壊者であるととらえている。このため国際交渉の場などにおいて、農産物貿易の自由化と農業への国内助成措置削減を訴える欧米諸国に対して、わが国が農業の持つ非市場的な価値を訴えてもなかなか理解されないということが生じている。なぜこのような認識の違いが生じるのであろうか?

 一つの要素として社会の現実がある。図表5で示されるように、わが国の国土面積に占める森林面積の割合は多くの欧米諸国に比べると著しく高い。歴史的に見て、欧米では農業が森林面積を減らすことによって成立してきたのであり、原生的な自然に農業が手を加えた程度が、欧米と日本とでは相当違うと言うことができる。また、欧米の農地のほとんどは畑と牧草地であるのに対して、わが国では、持続可能性が高く、優れた国土保全機能を持つとされる水田の割合が高いことも重要であろう。さらに欧米では、すでに見たように水質汚濁の主たる汚染源として農業が名を連ねている。

 さらにわが国の近年における土地利用の状況を見ると、耕地の減少は、森林の増加ないしは土地の自然への回帰を必ずしも意味してはいない。図表6で、近年におけるわが国農地のかい廃要因を見ると、植林されているものはごくわずかで(図表では植林と農林道等が合計されている)、ほとんどが、より集約的な利用形態になるか、あるいは単に耕作放棄される状況となっている。工場、宅地や道路など非農業用途での利用と農業とを対比すれば、後者がより自然に近いと考えるのが通常であろう。「耕作放棄」は、単なる荒れ地になることを意味し、土地が自然に帰ることとは異なる。

 「非市場的価値」については、近年精力的な研究が進められ、「農業の多面的機能」として概念化されつつある。[8] 単なる食料生産以外に農業が果たしているとされる機能を列記すれば下記のとおりである。[9]

 農業の多面的機能を強調しすぎることには異論もあるが、右のうち、欧州諸国が農業の持つ外部効果として最も重要視しているのは、良好な景観の形成である。アメリカなどケアンズグループを形成する新大陸諸国は非常に批判的である。

 これらの議論では、多面的機能を強調することが、市場歪曲的な農業保護を継続するための隠れ蓑としてそれを利用しているという批判もあり、さらなる研究を要するところであろう。例えば、掲げられた機能の中でも重要な要素である国土保全と水源涵養に関していうと、そのような機能を果たし得るのは農業だけではない。他の方法と比べたときの費用対効果も検討した結果、農業によるものが最適であるということでなければ、「多面的機能のために農業保護が必要である」とする主張は説得力を持たないというのである。しかし、残念ながら、多面的機能を強調する議論の多くは便益面のみを強調しているようにも見受けられる。

五 途上国の状況
    環境問題への取り組みの遅れと人口・食糧問題

 「衣食足りて礼節を知る」。環境は上級財であるといわれる。豊かな自然環境や汚染されていない大気と水、さらには生物多様性への需要が表面化するのは、国民所得水準が十分に高くなってからであるという(この点に関して、「環境クズネッツ曲線」という概念がある)。地球温暖化に対する国際的な取り組みがなされている中においても、途上国の主張は「われわれにとっての最大の環境問題は貧困」であり、熱帯雨林の破壊、砂漠化、酸性雨という国境を越えた環境問題に対しても途上国の姿勢が積極的とはいえない。

 図表1で示したように、熱帯雨林の破壊と砂漠化には、農業生産活動(農地開発や不適切な焼畑など)が深く関わっている。熱帯雨林は、中央アフリカ、東南アジアおよびアマゾン地域といういずれも途上国に分布している。また砂漠化が深刻な地域の半分以上は、アフリカ、イスラム圏および中国に分布している。薪炭の過剰採取も含めて、問題の根源の一つが貧困にあるということを認識しておこう。

 なお、砂漠化はアメリカおよびオーストラリアでも広範な地域で問題化している。これらは商業的な農業生産活動に起因するところが大きい。

事例―東北タイの森林破壊[10]

 一九六〇年代を中心に、東北タイでは、森林を切り開くことによる大規模な開田が行なわれた。タイはアジアでも屈指の食料輸出国であり、この開田された耕地では、キャッサバやコメなど輸出を志向する商品生産が拡大した。北タイにおける主に商業目的の伐採も加わり、同国は土砂崩壊など深刻な環境問題を経験した。一九八九年、同国は森林伐採を禁止している。

 途上国の森林破壊は、自分たちの必要とする食料のためだけに引き起こされるわけではないことの一例である。もっとも東北タイは、同じタイの中でも、遅れた経済状況に取り残された貧困な地域ではあるが。

事例―もう一つの食料供給部門=水産業[11]

 農業と同様、水産業も食料を供給する重要な部門である。一九五〇年には二、〇〇〇万トンに過ぎなかった世界の漁業生産は一九九六年において一億二、〇〇〇万トンに達している。海洋からの捕獲が八、七〇〇万トンと大宗を占める。海洋資源に限りはないのであろうか?

 持続可能性を欠いた漁獲が海洋資源の保全を脅かす問題は、環境経済学においては「コモンズの悲劇(Tragedy of Commons)」の例として取り上げられている。実際、古くからの漁場である大西洋や西太平洋海域など多くの海域において、漁獲量がピークを過ぎてしまったか、あるいはピークに近づいているものと思われる(図表7)。FAOの予測では、海洋からの捕獲可能量は一億トンから一億二、〇〇〇万トンであろうとされている。

 また淡水および汽水域での水産養殖が近年盛んである。東南アジアにおけるエビ養殖が、生物多様性の宝庫であるマングローブ林を破壊する問題はあまりにも有名だが、農地への転換も一要因である。





[注]
*1 資料―環境庁編『環境白書、平成一一年度、総説』一九九九年。阿部泰隆・淡路剛久編『環境法第二版』一九九八年、有斐閣。など

*2 ただし、本稿で取り扱うのは、主に食料・農業部門が環境に対して働きかける側面が中心となる。地球平均気温の上昇による農業生産の変化など、食料・農業部門に対する環境変化の影響に関する今日的な状況についてはあまり言及していない。また、農業部門から排出される廃棄物(ゴミ問題)および「食品の安全性」については、それ自体重要な問題ではあるが、本稿で議論の対象とはせず、他の機会を期したい。なお本稿は、本号掲載の持田稿を参考にしているが、持田稿と一部内容が重複している。一つの論考としての一貫性を保つため、内容の調整は必ずしも十分ではないことをお断りしておく。

*3 *2で述べた本稿の趣旨と紙幅の都合により、以下、図表に関して必ずしも詳細な説明を行なってはいない。

*4 『図説食料・農業・農村白書 平成一一年度』(農林統計協会)などを参照。

*5 「畜産基本調査」による乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏およびブロイラーの飼養農家数は延べ約一八万戸。

*6 資料―スコット・J・カラン、ジャネット・M・トーマス著、生態経済学研究会訳『環境管理の原理と政策』、食料・農業政策研究センター、一九九九年、原著は一九九六年、617〜628頁

*7 資料―小林弘明「スイスの農業・環境政策」(農林水産省農業総合研究所『農総研季報』No29、 一九九六年三月)

*8 OECD『農業の環境便益』(家の光協会、農業総合研究所訳、平成一〇年)、「代替法による農業・農村の公益的機能評価」(『農業総合研究』第五二巻第四号、平成一〇年)など。

*9 農林水産省『WTO農業交渉の課題と論点』(平成一二年)参照。

*10 資料―農林水産省『アジア主要国の農林水産業の概要』など。

*11 資料―『世界食料農業白書』、国際食糧農業協会訳などFAO (www.fao.org) による各種の資料。『エビと日本人』、岩波新書。




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