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シンポジウム◎イメージと言語

宗教とことば

ジャン=ノエル・ロベール パリ大学高等研究院教授

 パリ大学高等研究院のロベールと申します。私、今回は非常に幅広いテーマを選んでしまいまして、自業自得というものですけれども、四五分間でなにを伝えられるかと考え込んでしまいました。とりあえず今日は、主に三つの部分からなる話をさせていただきたいと思います。
 まず、どうして私は「宗教とことば」という論題を選び取ったのか、そのことからお話しいたします。
 私は、五〇歳になっとたん、自分のこれまでやってきた仕事の意味は何だったのだろうかと思うようになりまして、自分の仕事の枠を組織的に考え直してみようとしました。自分の歩みに意味を与えようとするのは、これも現代病の一種かもしれませんが、ともかく自分なりに分野を立てて、自分の学問を組み立ててみようとしたわけです。
 先ほど司会の松枝先生がおっしゃってくださった漢訳仏典『法華経』のフランス語訳という仕事は、四、五年ほど前に完成したものなのですが、これは中国と日本の天台教にかかわる仏教研究から生まれた結果のひとつでした。[1] この研究は、私がずっと以前から憧れの的としていた多様な宗教と言語の関係という問題を、じつによく具体化したものだったからです。
 私は、もちろんヨーロッパのカトリックの伝統から勉強をはじめたのですが、よく知られているように一九六〇年まで、カトリックの伝統はラテン語ということばで伝えられてきたものでした。いろいろ立場の変化はありましたが、カトリックにとって、長くラテン語が聖なることばとして生きていたわけです。
 宗教というものは必ず聖なることばで伝えられるものであって、これはヨーロッパにもアジアにも共通している現象であるといえます。ここではごく簡単にしか触れられませんが、アフリカの無文字社会、口頭でのみ伝えられる宗教的な伝統にも、聖なることばが存在します。たとえば現在のアフリカ、マリ共和国の奥地に生きる民族、ドゴン族も豊富な聖なることばをもっていまして、フランスの民族学者が盛んにこれを研究してきています。[2] また同じユーラシアの空間のなかでも、ヤクート族などシベリアのシャーマンの伝統にはきわめて特殊な聖なることばがあり、シャーマンの伝える歌や物語には、同じ民族の人も知らないことばがいくつも含まれているといわれます。[3]
 ですから、主な伝統のなかには、宗教を支え、その表現手段となっている聖なることばが必ずあるものですが、こうした聖なることばの世界は、いまだ総合的に研究されていない分野であるといえます。もちろん言語学者や宗教学者は、サンスクリット語などを学んでいます。あるいはキリスト教研究の学者たちによるラテン語やギリシア語の研究書もたくさん出版されていますが、しかしさまざまな宗教を超えた総合的な聖なることばの研究というものはまだないというのが現状でしょう。
 また一方、聖なることばの下には俗なることばがあります。たとえばラテン語の下には、フランス語、ドイツ語といったヨーロッパの現代諸語があります。ところが、これら俗なることばは聖なることばという伝統のもとで形式を作りあげていますから、たとえばキリスト教のことばとしてフランス語を学んでみても、これにはまるで意味がない。フランス語のひとつひとつの単語にはラテン語の意味が含まれていますから、まずラテン語をかえりみないと歴史を知ることができません。
 もっと具体的な俗語と聖語の関係を考えてみましょう。とくにユダヤ人にとっての聖なることばとしてヘブライ語があります。それにたいしてヨーロッパのユダヤ人のあいだの俗語として、イディッシュ語というドイツ語に近い方言があります。このことばは、ほぼドイツ語の方言と見なしてもいいものなのですが、ただ、普通のドイツ語がわかる人でも絶対に通じないイディッシュ語があって、それはイディッシュ語にヘブライ語の単語がかなり含まれているからです。
 イディッシュ語に含まれるヘブライ語には、もちろん日常語として使われるスラングのようなヘブライ語もあるのですが(たとえば金勘定についてなど)、こうしたものを別にすれば、イディッシュ語に含まれているヘブライ語はほとんど宗教と関係する単語であるということがわかります。ドイツ語から区別してこの言語をイディッシュ語たらしめている要素は、ことばを聖なる次元へとつなげているヘブライ語なのです。こういうわけで、イディッシュ語のなかに見えるヘブライ語の意味は、ほとんどユダヤ教の枠でしか理解できないものです。
 イディッシュ語とヘブライ語の関係は、非常に私の興味をひきました。そこで、こういう関係がほかの言語にもあるのではないかと、そう思うようになりました。
 いまひとつ具体的な例を取り上げてみますと、現在のインドの公用語にもなっているヒンドゥー語があります。これは主にヒンドゥー教徒の話していることばです。このことばは、伝統的なインドの文字であるデーヴァナーガリー文字で表記されます。
 ヒンドゥー語と並行的に、現在のパキスタンの公用語となっていることばにウルドゥー語という言語があります。ウルドゥー語は、昔はヒンドゥースターニー語と呼ばれていましたが、じつはウルドゥー語もヒンドゥー語も、一八、九世紀の北インドの共通語であったヒンドゥースターニー語がそれぞれの言語とされたものなのです。
 そして、ヒンドゥー語が古くからのインド世界に属する文字のデーヴァナーガリー文字で表記されているのにたいして、ウルドゥー語はアラブ=ペルシア文字で表記されます。文法的にいえば、普通の語彙のほとんどは、ヒンドゥー語もウルドゥー語もまったく一緒です。日常生活の会話なら、パキスタン人とインド人とでほとんど理解しあえます。
 ところが、文学・宗教・哲学という次元になりますと、特別な勉強をしないかぎり、相互理解はまるで不可能となってしまいます。なぜかというと、日常生活ではまったく同じ言語が、宗教の次元にはいると分かれてしまうからです。ウルドゥー語に独自のことばはすべて宗教に関する語で、ほとんどはイスラム世界のアラビア語とペルシア語から成り立っています。それにたいしてヒンドゥー語の場合は、宗教・哲学にかかわることばのほとんどは、ヒンドゥー教の聖なることばであるサンスクリット語から来ているのです。ですから、同じことばであるというのに、宗教圏、哲学圏に入りますと、俗語であるウルドゥー語とヒンドゥー語は、聖なることば、アラビア語とサンスクリット語によって完全に性格を変えてくるわけです。これはおもしろい現象です。
 東アジアでの同じような現象として、とくに日本の場合、漢文と日本語の関係があります。たとえばヒンドゥー語とサンスクリット語との関係を見ますと、サンスクリット語が古代インド語、ヒンドゥー語が現代インド語だといってもいいでしょう。ところが日本語の場合は、この関係と全然ちがいます。古代の中国語(漢文)と現代の中国語はずいぶん異なるものですし、まして古代の日本語は、まったく違う言語系統に属しています。これは宗教的な意味だけではありませんが、とくに仏教の場合を考えてみますと、漢文が聖語の立場にあって、日本語が俗語という関係になります。それで、いろいろな場面で俗語としての日本語が聖語に染まりだし、裏にあるはずの聖語(漢文)を見つめていないと、日本語としての本当の意味がわからなくなってしまうことがあるのですが、これについては後ほど具体的にお話しさせていただきます。
 このように、私はユーラシアの言語現象の特性に気がついてきたわけで、これを自分勝手に名づけ、古典ギリシア語にある〈イエログローシア〉(聖語)ということばで表現しておこうと思います。ここから総合的に宗教と言語の関係を課題として、これから研究を進めてゆきたいというのが私の使命感のひとつとなりました。
 おもしろいことに、最初から聖なることばとしてできあがった言語もある一方で、一般的な文化語、学問語として行なわれていたことばが、だんだんと宗教語になってしまうという場合もあります。たとえばヘブライ語は旧約聖書のことば、聖なることばとして生まれてきたもので、神のことばとさえ呼ばれていました。それにたいしてラテン語は、聖なることばとしてではなく、古代ローマ帝国の教養語としてできあがり、教育と文化の言語となりましたが、後に教会の聖典のことば、聖語となっていったわけです。
 仏教の場合は、とくにおもしろいと思います。初期仏教の場合、パーリー語で保存されていた仏典によりますと、ブッダ自身が生きていた時代には、当時のインドの聖なることば、古代サンスクリット語、つまりは聖典『ヴェーダ』のことばがあったわけです。ところがブッダはこれに反対して、聖なることばを使ってはいけない、自分の教えをサンスクリット語にしてはいけないという戒めを残したわけです。つまりブッダは、自分の教えを聖語ではなく、できるだけ人びとの普通に話していることばで伝えなければならないと、そう考えていたわけで、これはかなりはっきりと命じている記録なわけです。
 それなのに、いわゆる小乗仏教、テラヴァーダ(上座部)では、パーリー語をブッダのことばとして大切に守り伝えようとしたため、けっきょく俗語が聖語になってしまいました。もともとパーリー語は当時の話しことばの一種で、俗語だったのですが。そのうえ大乗仏教が台頭してくると、ブッダが絶対に使ってはいけないといっていたサンスクリット語が仏教の主要な言語となってしまいました。それで梵語・梵字が聖語として中国と日本に渡ってくることになったのです。
 あるいは宗教改革で有名なマルチン・ルターによる聖書の翻訳がありますが、これはラテン語という聖なることばの優位性を倒すためになされた翻訳でした。それで人びとが普通にしゃべっていることば、ドイツ語に翻訳したわけです。
 ところが、おもしろいことに、アメリカに残るキリスト教の少数派にアーミッシュという宗派があります。一七世紀に出てきた新興宗教ですけれども、主にドイツ人の系統から興ってきました。そして彼らは、ルターの訳した聖書を自分たちの聖語として使うようになったんです。アーミッシュの使うことばは、アメリカ英語に染まったドイツ語方言なんですね。この現象は言語学者の興味を強くひきまして、アーミッシュの言語に関する論文が多くのドイツ学者によって書かれています。
 このアーミッシュの言語は話しことばですけれども、聖書を読むとき、聖書について話をするとき、宗教的なテーマについて会話するときには、ちゃんとルターの聖書のことばを使うわけです。ですから、俗語の典型、俗語をめざして書かれたはずのことばが聖なることばになってしまっているわけです。
 私は鳩摩羅什が漢文に訳した『法華経』をフランス語に訳しました。この翻訳を佼成出版会の援助を得てフランスで出版したのは、もう三年近く前のことになります。[4] ところが、私が漢訳仏典を翻訳したということを、同僚のインド学者が厳しく批判してくるのです。私は訳書の前書きに、どうして漢訳仏典の『法華経』を訳す必要があるのかを丁寧に説明しておいたつもりなのですが、私の理由づけは完全に無視されて、もし『法華経』を翻訳しようというのなら、残っている原文、サンスクリット語版の『法華経』を翻訳しなければならない、というのがそのインド学者の説なのです。漢訳仏典を訳すなど無意味だ、そう彼はいうのです。
 その人は聖なることばにたいする観念が強すぎて、サンスクリット語というのは聖なることばであり、学問上ではひとつの原典があるのだから、原典ではないことばから翻訳をするのは無意味だというのです。彼は私の翻訳を批判する論文で、ラテン語の『ウルガタ聖書』[5] とかルターの聖書を訳すようなものであると書いています。原典ではないから、価値がないと。
 『ウルガタ聖書』を訳したヒエロニムスの譬えと、ルター聖書についての譬えと、このふたつの譬えがこの論文にはあるわけです。私は、ヒエロニムスの譬えは自分の仕事にぴったり合うと思いますが、ルターの譬えは間違っています。というのも、私自身、聖ヒエロニムスとの比較を自分の本の前書きのなかで行なっていたからなのです。
 これはまったくの偶然でしたが、鳩摩羅什の漢訳『法華経』が世に出たのは紀元四〇六年のことでした。ヒエロニムスというローマ人のお坊さんで聖書学者だった人が、中近東の砂漠を越えて研究に邁進し、訳の添削に一一年の歳月をかけ、やっとの思いで『ウルガタ聖書』を世に出したのも、まったく同じ紀元四〇六年です。ヨーロッパで『ウルガタ聖書』として流布した聖書と、東アジアでもっとも流布した『法華経』とは、同じ年に訳されたのです。
 非常に象徴的だと思うのは、聖書には原文としてヘブライ語とギリシア語のテクストがあったはずなのに完全に棄てられてしまい、参考文献となったのはラテン語でした。それと同じように、東アジアではサンスクリット語の原文テキストは忘れ去られてしまい、漢訳の方が流布することになってしまいました。『法華経』のサンスクリット語写本は、中国には残らなかったのです。原典だから大事に保存されるというのが普通の感覚ですけれど、これが漢訳ができてから忘れ去られてしまいました。
ですから、言語の境界を越え、新しい文化圏、言語圏に入ると、そこでの言語の位置づけが新しい価値を得るようになるのです。
 さて、私が専門として研究しているのは、中国と日本の天台宗です。だから、もしサンスクリット語の原典だけを参考にしていたら、天台宗の教理、歴史などは全然わからないわけです。というのも、サンスクリット語の原典にないものが、たくさん漢訳仏典に含まれているからです。たとえば、よくご存じかとは思いますが、『法華経』の主な教義は「諸法実相」あるいは「十如是」とあらわされ、中国天台宗の根本教義となりますが、これはサンスクリット語の原典にはないものなんです。このことばは、鳩摩羅什の前、竺法護(ダルマラクシャ)という人物が二八六年に訳出した『正法華経』という『法華経』の最初の漢訳にもありません。ですから、東アジア文化圏における法華思想を研究しようとするなら、鳩摩羅什の漢訳を研究しなければなりません。
 それに近い例として、旧約聖書の「出エジプト記」があります。「出エジプト記」にはモーセと神との出会いが描かれていますが、そこで神は自分の名前をモーセに明かすのです。モーセは、自分がエジプト王ファラオや他のユダヤの人びとのいるところへ帰り、神が自分をここへ送ったのだと言うとき、彼らは「神は何というお名前か」と聞くことだろう、それにはどう答えればよろしいでしょうか、と神に質問するわけです。すると神は、まるで駄洒落のような返事をします。ここでは英語で言っておきますと「I am what I am」(我は有りて有る者なり)と。本当の意味はそんなものなんです。私は私だと、そんな具合に返事をあやふやにしてしまうのです。
 ヘブライ語でいいますと、ちょっと発音できないような神の固有名詞がありました。つまり「ヤハウェ」ですが、これをアルファベットで書けば「YHWH」となります。[6] この語は、ヘブライ語では「to be」(〜である)にあたる動詞「ハーヤー」と漠然とした関係をもっています。ですから「I am what I am」がヤハウェの神だということになるんですね。
 興味深いことに、一九世紀のプロテスタント訳聖書を別にすると、固有名詞をもつ神はヘブライ語にしかないのです。ヘブライ語の言語圏を棄てた聖書の世界では、本来の神は自分の名前を失ってしまいました。ギリシア語でもラテン語でも、そこから生まれたさまざまな翻訳でも、神は固有名詞を忘れてしまい、「lord」とか「god」にあたるような語になってしまったのです(神の名へのタブーもありましたが)。
 ギリシア語で「I am what I am」がどう訳されたかというと、神は「I am the being」というのが自分であると、そんな返事をするのです。ヘブライ語とまるで関係ないとはいいませんが、この訳には非常に遠い関係しか残っていません。ギリシア人は、これを大いに喜ぶわけです。ギリシア哲学そのままですからね。一個の固有名詞として説明されているヘブライ語がギリシア語にこう訳されると、中世神学にいう「本質」をあらわします。だから神は、自分は本質である、そう返事をしたことになるのです。
 この一句から、キリスト教の哲学が生まれるわけです。まるで関係のないものがギリシア語になったとき、ヘブライの宗教とギリシア哲学の共通点となってしまうのです。
 また「ロゴス」という語があります。新約聖書の「ヨハネ伝」冒頭に出てくる「はじめにことばありき」という有名な句があります。この「ことば」が「ロゴス」ですけれども、たぶん松村先生が後ほど触れられるかと思いますが、ロゴスという語にはいろいろな意味があります。これがラテン語に訳されたとき「persona」(人性)となってしまい、まったく別の意味をもつことになりました。
 あるいは一七世紀、マテオ・リッチなどの宣教師たちによって、同じ「ヨハネ伝」が中国語に翻訳されたとき、ここには「道」(dao)という語が選び取られました。だから「はじめに道ありき」というのが中国語版「ヨハネ伝」の振り出しなんです。「道」という語は、紀元二、三世紀から仏教における根本的な観念、菩提、悟りという観念を翻訳するためにも使われていました。今でもその影響が残っていて、たとえば台湾の宗教哲学にも関係がありますけれども、今の中国人にとって「道」という語は、仏教・儒教・道教における意味、それにキリスト教の意味も重なってしまうんです。ですからとてもおもしろい、原典にはできなかった新しい教えの生まれる可能性を秘めているのです。
 こうした例から考えてみますと、宗教を原典中心主義という視点からのみ見るのは大変な誤りだと思います。もちろん信者でしたら話はちがうでしょうが、宗教の歴史を知ろうと研究するのだったら、ひとつのことばのなかに、一個の文化圏のなかでの意味とコンテキストをかえりみなければならないでしょう。
 現代の仏教にもキリスト教にも、なるべく現代語でわかりやすく翻訳しようという動きがあります。『法華経』なら『法華経』、『阿弥陀経』なら『阿弥陀経』も毎年のように新しい翻訳が出ていますが、ところが、新しい翻訳はほとんど誰も読まないんですね。
 これは聖書の場合も同じです。たとえば一六一一年に出版された『欽定訳聖書』[7] という版は、英文学の勉強をなさった人なら誰でもご存じかと思いますが、最近もペンギン・ブックスに入っています。現代の研究を踏まえた新しい英訳聖書も出ているのですが、『欽定訳聖書』はイギリス人にとって聖語に近い感覚を生み出していて、今でも重視されています。
 この英訳聖書は、ヘブライ語やギリシア語の原典から見れば間違いだらけかもしれませんが、本当の宗教感覚を育てた版であって、歴史としてイギリスの宗教感覚を知ろうと思うのなら『欽定訳聖書』を参考にしなければなりません。
 それでは、これまでの話をよりどころにして、日本語における宗教観についてお話ししたいと思います。
 いささか個人的な話になりますが、私の恩師は、フランク先生という日本仏教研究の権威であった方です。この先生の思い出について、四年前にも和光大学で講演させていただきましたが、この恩師と二人で、よく宗教と言語のことを話しあいました。
 ルイ・マシニョンというイスラムの大専門家がいまして、日本にも来たことがあるかと思いますが、フランク先生はマシニョンの論じた神秘主義と言語という問題について話されたことがありました。マシニョンを有名にした小論文で、彼は神秘体験は言語によって異なる、というように語っています。言語学者の方はご存じでしょうけれども、「サピア=ウォーフの仮説」という学説があります。ある言語は、その言語の話者の世界観を決定するという説[8]です。ウォーフという人はアメリカ・インディアンの言語と文化を専門とする学者で、インディアンの言語から見た世界というような論文を書いておりまして、たいへんおもしろい。またユーラシアの言語(インド=ヨーロッパ諸語)から見ると、インディアンの言語がどれほど異なっていて、その相異からどれほど違った世界観が生まれているかということを、とても興味深く語っています。[9]
 マシニョンは、宗教学の立場からそれに近い説を取っています。言語によって神秘体験の表現が異なるということです。マシニョンはアラブ学者でもありましたから、神秘的なことば、宗教言語の根幹を成すものはアラビア語だといいます。そして、アラビア語、ペルシア語、トルコ語によるそれぞれの神秘体験を表現する文章を比較するのです。
 アラビア語は、その文法構造からいって、もっとも内的な神秘体験をあらわすことができる。それにたいしてトルコ語は膠着言語なので、語根の末尾に接尾辞をつけてだらだらと長くなるんですが、そのため内的な神秘体験よりは、外的な体験を表現することになります。私は先生に、そういうことからいえば、日本語も膠着言語なわけですから、日本の神秘体験もそれに近いでしょうと冗談で言いました。もちろんそんな風には思っていませんでしたが、・・でもフランク先生は、日本語は神秘的な言語ではないと、とても残念そうにおっしゃいました。
 これは一〇年以上も前の対話でしたが、それから『法華経』の翻訳を始め、そのおりに仏教の教えをあらわす和歌のジャンルに興味をもちはじめたんです。これは日本で非常に盛んになったものでした。平安末期から鎌倉初期にかけて、『愚管抄』の著者として有名な慈円という僧が『詠法華百集』という、『法華経』をテーマとした和歌六一〇首ばかりを集める歌集を編んでおります。私はこの歌集を研究して、来年あたりにフランス語訳[10]と注釈を出版したいと思っていますけれども、その和歌そのものが日本的な神秘体験の表現ではないかということに気がついたんです。
 アラビア語と日本語が似ているとはいいませんが、マシニョンがアラビア語の特徴としてとらえていることばの使い方、ことばのもてあそび方が、とてもよく似ていると思います。つまり、マシニョンのいう内的な神秘体験が和歌のなかに出てくるんです。
 どうして和歌に神秘体験の表現があらわれているかというと、慈円自身が『詠法華百集』の前書きに「二諦一如の観」に入って作った歌だと書いているんです。この「二諦一如」というのは仏教的な神秘体験の別名だとわかっているんですが、はたして慈円が本当に神秘体験を得たのかどうか、それは知りうることではありません。神秘体験というものは、自分がそれを感じたといったら、他の人はそれを信ずるほかないのですから。
 慈円の和歌を読んだことで、日本語がどのように神秘体験を言語表現として生かしているのかを語りたいと思ったのですが、もうあまり時間がありません。ひとつだけ例を出そうと思います。
 和歌で「花」といいますと、無常そのものをさします。咲いてすぐ散るのが花であって、無常の象徴といってもいいでしょう。ただ『詠法華百集』にかぎっていえば、法華は法の「華」ですから、花は『法華経』なんです。『詠法華百集』のなかには「見る」ということばが二六回出てきます。「花を見る」ということばで、『法華経』を見る、『法華経』を対象として瞑想する、という意味を暗示しています。ですから無常としての花を見るのではなくて、まさしく『法華経』を見る。法華の「法」は「のり」ということです。それで「妙法」というのですから、これは「実りの花」ではありませんか。
 和歌ですと無常そのものとされる花を、実り、法の華、ダルマ(dharma)の華、実の花と見ていき、無常そのものは実になる諸法実相そのものだと、そう歌うわけです。このように上手なことば遊びをして、自分の宗教体験、神秘体験をことばで表現しようとしているのです。『法華経』を見て、『法華経』を瞑想の対象にしながら、『法華経』の実相を見ただけではなくて、無常なる世界の実相をも見たということを言いあらわしているのです。それを一般的な、ごく簡単な日本語でもって表現している。いわゆる俗語です。聖なる要素をもっていないことばを使っているわけですけれども、漢文の『法華経』が聖語として上にあるから、俗語に新しい意味が入ってくるわけです。
 この新しい意味を生かすのが神秘体験であって、〈イエログローシア〉、聖語と俗語の関係をそのままあらわしているのが、この体験の場なのです。
 まだ言いたいことがたくさんありますが、宗教とことばの関わりについていくつかの側面を簡単に説明させていただきました。後ほどディスカッションの時間があれば、もう少し具体的に説明できることもあろうかと思います。
 ご静聴、ありがとうございました。

*1 Le sutra du lotus : suivi du Livre des sens innombrables et du Livre de la contemplation de Sage-Universel, Fayard, 1997

*2 マルセル・グリオール『水の神』(せりか書房)など

*3 エリアーデ『シャーマニズム』(冬樹社)など

*4 前出

*5 四〇六年頃に完成した標準ラテン語訳聖書

*6 板書はヘブライ文字

*7 The Holy Bible : King James Authrized Version

*8 言語相対主義

*9 ウォーフ『言語・思考・現実』講談社、など

*10 『法華要文百首』のことをさす



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