シンポジウム◎二つの世紀末と日本・アジア

開会のあいさつ

佐治俊彦 本学人文学部教授/司会

 本日は、和光大学総合文化研究所のシンポジウムにご参加くださいまして、どうもありがとうございます。

 きょうの司会とコメントを務めさせていただきます佐治と申します。

 和光大学総合文化研究所では、一九九五年の設立以来、年一回、その折その折のテーマを選んで公開シンポジウムを開いてまいりました。

 この催しは、和光大学の学内における研究を広く多くの方々に認識していただき、学問の進歩に貢献することを目指しておりますが、本年は、「二つの世紀末と日本・アジア」というテーマでシンポジウムを開くことにいたしました。

 現在、二一世紀を目前にして、今後の日本のあり方が、さまざまに模索されておりますが、今後の日本の行先が、「アジア」と密接に結びついたものであることは、多くの人が同意されるものと思われます。

 そこで、今から一〇〇年ほど前、二〇世紀を目前にした時期に、日本が進路の選択にあたって、「アジア」をどのように捉え、どのような関係を構築しようとしたのか、また「アジア」との相互交流はどのように行なわれたのか、その理念や軌跡を、多様な側面から検討し、二一世紀のアジアにおける日本の進路について考えようというのが、今回のシンポジウムの趣旨であります。

 この趣旨に即しまして、シンポジウムでは、まず第一の問題提起として、本学経済学部の原田勝正先生には、日本を「アジアの盟主」として位置づけようとする今日の日本の政財界の一部にみられる意識の祖型を、一九世紀末に形成される「大アジア主義」、さらには、その後の「大東亜共栄圏」論において検討し、それを通じて、二一世紀における日本社会の真の近代化の課題を明らかにしていただきたいとお願いしております。

 第二の問題提起として、本学経済学部の山村睦夫先生には、今日のアジアと日本の関係における一つの軸ともなっている、日本企業のアジア進出にかかわって、一九世紀末における日本企業のアジア進出とアジア認識の特質を明らかにし、日本のアジア侵略と企業との関係を探っていただきたいと、お願いしております。

 さらに第三の問題提起として、横浜開港資料館調査研究員で、日本の華僑社会の研究の最前線に立っておられる伊藤泉美先生に、歴史的視野のなかで、アジアと日本との間の人びとの交流、なかでもアジアからの移住者たちの日本社会への定着とそこでの生活の面から、日本とアジアとの関係のこれまでとこれからについて、お話をお願いしております。

 それでは、ご案内のとおり、「二つの世紀末と日本・アジア」という、この大きなテーマにそれぞれ三人の先生から問題提起をしていただきたいと思います。