教職員から |  2014/03/24


プログレッシブな時代に

私は1973年に和光大学 人文学部 芸術学科に入学しました。48Aということになります。
入学して間もなく知り合ったのが先輩の佐久間正英さん、通称マーちゃんでした。
共通の友人が居たことが知りあうきっかけでしたが、共に音楽好きということで、学内で会えば音楽の話ばかりしていました。

 音楽と言っても、私は聴く一方、佐久間さんは既にアマチュアとして大学内外で活動されていて、確か'フォークソング連合:通称フォー連'にも属されていたのではないでしょうか。いずれにせよ'フォー連'の部室(だったと思います)でよくギターを弾いてくれました。レッド・ツェッペリンの'天国への階段'やイエスの'こわれもの'のアコースティック・ギターによる導入部をいとも軽々と弾く佐久間さんには驚かされました。

 私も佐久間さんもロックが好きでしたが、特に70年代初頭はロックが日々新しくなっていた時期。ビートルズやローリング・ストーンズが60年代に作り上げた新しいジャンルの音楽《ロック》が技術的、文化的にも急速な発展・変化を見せ影響を広げていった時代です。'進化するロック:Progressive Rock'や'New Rock'と呼ばれるようになっていた実験的な音楽群は単に'聴く'だけでなく、カラダ/アタマ全体で'感じる/考える'音楽による革命だったと言っても過言ではないでしょう。

 60年代から70年代初頭は政治・文化的にも変革の時代。多くの若者たちがヴェトナム戦争やアメリカの軍事戦略、米軍沖縄基地、日米安保条約への異議を唱えたり、デモに行ったり、といった行動で自分たちの意思を表明し、自分たちなりに社会の変革を、より良い世界の創造へのアプローチを行っており、私もその片隅に居ました。
こうした状況下、当時の《ロック》とは、単なる'音楽の1ジャンル'ではなく、ひとつの生き方、意思表示のありかた...であった、とも思います。
《ロック》を聴く、ミュージシャンに影響されて髪を伸ばす、独創的な格好をする...それは全てを含んだトータルな自己表現・メッセージだったのです。

 そんな時代に、短期間でしたが佐久間さんとアマチュア・バンドを組んで練習していました。選んだ曲はプログレッシヴ・ロックのキング クリムゾンの代表作'21世紀の精神異常者'。結局バンドは練習だけで終わりましたが、佐久間さんは音楽のプロフェッショナルの道を歩み、本格的なプログレッシヴ・ロック・バンド'四人囃子'に参加され、また、バンド脱退後も常に音楽の現場で活躍されました。

 'あの時代'を佐久間さんと一緒に呼吸したことは私にとって誇れる体験であり、一生忘れることはないでしょう。病を得た佐久間さんを最後まで支えたものが、やはり'音楽'であったことを知り、納得しました。また晩年は息子さんと共演されていたことも素敵だな、と思います。
物理的には短い人生だったかも知れませんが、佐久間さんがつくりだしたもの、世の中に影響したものは永遠に残り、更に新しい世代への様々なヒントとなることでしょう。ある意味、それは'和光精神'なのかもしれません。
 佐久間さん、そっちで楽しく音楽を奏でている事でしょうね!楽しくお過ごしください♪

栗野 宏文(和光大学卒業生 48A)

【これまでに寄せられた追悼文】

Respect, and Good Bye, Sakuma san. ・・・・・上野俊哉(和光大学総合文化学科教員)
佐久間正英さんのこと・・・・・内藤 直樹(和光大学卒業生 47E)
蘇る、和光大学学園祭の記録映像・・・・・山崎 和美(卒業生00X)
蘇る、和光大学学園祭の記録映像 2・・・・・山崎 和美さん(卒業生00X)

最近の記事
月間アーカイブ
このページの先頭へ