教職員から |  2014/03/06


蘇る、和光大学学園祭の記録映像 2

佐久間正英さんの追悼の文章として、2002年の大学祭のコンサートについてご紹介いたしましたが、もう少し詳しく書かせて頂きます。 事の始まりは、和光学生を母体に結成され60年代サイケデリックロックバンドの草分けと知られるジャックスの中心人物で、グループ解散後もソロでシンガーソングライターとして高い評価を得られている早川義夫さんに、大学祭への出演依頼をしたことから始まりました。

 90年代後半以降、「幻の名盤」と呼ばれる過去の優れた音楽作品が一気にデジタル化され、一部の若者の間でそれを聴く事が「かっこいい」となっていました。その中でジャックス、早川さんの存在はすでに「歩く伝説」でしたから、出演のご承諾を頂いた時は小躍りをしたものです。

 その後、フィッシュマンズ、UAのアルバムやライブで活躍されていたヴァイオリニストのHONZIさんがサポートメンバーとして花を添えてくださることになり、なんと奇跡的に「偶然」スケジュールが空いていた佐久間さんが面白そうだということでご出演を了承され、私の想像を超える素晴らしい展開となっていったのです。

 なお、晶文社の編集者として早川さんに関わられ、当時本学で教鞭を取られていた津野海太郎先生に、本コンサートについてお伝えしたところ、とても懐かしそうに笑顔を浮かべていらっしゃいましたことが今でも思い出されます。
 学祭にいらっしゃった日は、佐久間さんも懐かしそうに校内、特に古い校舎を見ておられました。佐久間さんが在学された当時から使用していた和光大学フォークソング連合の年季の入った部室は、まだ残っていました。その部室の大きな鍋を使用し、学生が炊き出しをしていたお話は、当時の和光大学の大らかな雰囲気を物語っています。
 もう一つ印象深かったのは、大学の部室をリハーサルのためデビュー前の四人囃子に貸していたお話です。四人囃子といえば日本のプログレロックの先駆者として、同じく「伝説」になっているバンドです。私もそれは初耳だったので、校内でそんな凄いバンドがリハをしていた事に驚きました。

 その後、佐久間さんは四人囃子のメンバーとなり、プロのキャリアをスタートして輝かしい功績を重ねていかれるのですが、その前に学生としての生活があったことをその時感じました。和光大学には、その一部の歴史が散らばっているのです!
 ただ同じ大学に通っていたというだけで、繋がりを強調するのは乱暴かもしれませんが、あえて言います。早川さん、佐久間さんの後輩になれて本当に良かったです。そのクリエイティブな精神に触れて、高揚した時の気持ちを忘れず、日々精進していきたいと思っております。

山崎和美(和光大学卒業生 00X)


【これまでに寄せられた追悼文】
Respect, and Good Bye, Sakuma san. ・・・・・上野俊哉(和光大学総合文化学科教員)
佐久間正英さんのこと・・・・・内藤 直樹(和光大学卒業生 47E)
蘇る、和光大学学園祭の記録映像・・・・・山崎 和美(卒業生00X)

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