イベント |  2012/08/17


7月4日(水)に、「戦争と女性を考えるワークショップ」が開催されました。
現代社会学科の杉浦郁子先生から、当日の様子が届きましたので、ご紹介します。

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7月4日(水)に、ジェンダーフォーラムと共通教養科目「東南アジアのことばと文化」が
「戦争と女性を考えるワークショップ」を共催しました。
講師は「ピナツボ復興むさしのネット」の山田久仁子さん。
山田さんは「慰安婦」問題を身近に引き寄せて考える参加型ワークショップを高校や大学、
市民団体などで実施してきました。

「ロラネット」(フィリピン元「慰安婦」支援ネット・三多摩)によって考案されたこのワークショップは、
レメディアス・フェリアスさんという女性の体験を中心に展開していきます。
レメディアスさんは、第二次世界大戦の激戦地、フィリピンのレイテ島に1928年に生まれ、
14歳のときに日本軍の「慰安婦」にさせられました。

後年、彼女が当時の体験を描いた絵本『もうひとつのレイテ戦』(1999年、竹見智恵子監修)
のスケッチとストーリーが教材キットとして使われます。

「いまの話を聞いて、どんな気持ち?」

レメディアスさんの「慰安婦」体験を読み上げた山田さんが問いかけ、
参加者は「いまの気持ち」をワークシートの選択肢から選びます。

レメディアスさんの「その後」の人生も紹介されました。
15歳でアメリカ軍に救助され家族との再会を果たしたこと。
20歳で最初の結婚し、離婚や死別の苦労を踏み越えて4人の男の子を育て上げたこと。
65歳で「慰安婦」であったことを名乗り出て、
日本に正式な謝罪を求める活動に参加したこと。
2001年、73歳のとき山田さんたちの招きで来日したこと。

来日した時の様子は映像に記録されています。
その中でレメディアスさんは、家族から、
顔を出して活動を始めたことを責められたと告白しています。
再々婚した夫からは「別れよう」と言われ、
息子たちからは「恥ずかしくて外に出られない」と言われたそうです。
家族に沈黙させられ、トラウマからの回復する機会も与えられずに
生きていた元「慰安婦」もいる中、
レメディアスさんはNGOのサポートを受けて、活動に向かっていきます。
そして「二度と戦争を起こさないように一緒に行動しましょう」と静かに訴えるのです。

ワークショップの圧巻は、
このレメディアスさんからの映像メッセージを聞いた後に書き留めた「気持ち」と、
「14歳の慰安婦体験」を知った直後に書き留めた「気持ち」の変化を、
参加者が共有することでした。
「慰安婦体験」については「悲しみ」「怒り」「恐怖」「混乱」「無力感」などの言葉が並びました。
しかし、後のレメディアスさんの活動に触れて
「尊敬」「勇気」「使命感」といった感情がわき上がってきたと参加者たちは報告しました。
また、「もっといろいろ知らないといけないと思った」という意味で
「興味」という言葉を挙げた参加者もいれば、
「忘れない責任がある」という意味で「責任」を挙げた人もいました。
来日する時のレメディアスさんの気持ちを想像して「不安」、
「政府に認められる前に亡くなってしまった方々」を想って「悲しみ」など、
皆が真剣に感想を語ってくれました。

元「慰安婦」の無力なイメージの変更をせまり、
短時間でもこの問題に真摯にかかわれる仕掛けが組み込まれた素材やワークショップでした。
何より講師の山田さんのファシリテートが「性」や「暴力」、
「戦争責任」といった重い話題について安心して話せる雰囲気を作ってくれました。
どうもありがとうございました。

現代社会学科  杉浦 郁子



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▲60名ほどが参加しました

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