教職員から |  2011/07/28


本学副学長の深沢先生よりメッセージが届きましたのでお伝えします!
こんにちは。2人いる副学長の一人で、表現学部総合文化学科教員の深沢眞二です。教室では日本の古典文学を教えています。
まもなく8月ですね。学生の皆さんの中には、大学に通う日常から離れて、どこかへ旅をする人も多いことでしょう。文学には、旅先での高揚感や、旅にすごす時間におけるさまざまな思索に、言葉による「かたち」を与えてくれるという効用があります。たとえば、芭蕉が花の盛りに吉野山を行脚した際、
  おととひはあの山こえつ花盛り
という去来の句をひたすら口ずさんで歩いていたということが、『去来抄』に書かれています。芭蕉は、何日にもわたって吉野山の花の山道を行く感動を、「おととひは」という短詩の器に盛ってくりかえし味わっていたのです。
私も、大学に入学してから15年ぐらいの間よく一人旅をしましたが、その時々で心に留まっていた文学作品を、旅先で味わっていた覚えがあります。
  しんしんと肺碧きまで海の旅
これは篠原鳳作という現代俳人の無季俳句です(1971年刊『篠原鳳作句文集』所収)。このような「海の旅」をしてみたいと思いました。そしてじっさい、舞鶴から小樽まで行く日本海フェリーや離島に向かう小さな船の上で、この俳句を追体験したものです。
私は生まれ育ちが山国の町で大学も海から遠いところだったもので、どうも旅というと海の旅に憧れていたようです。その憧れを後押ししてくれた文学作品をもう一つ。詩人の三好達治は、1930年に出版した最初の詩集『測量船』の巻頭に、
  春の岬旅のをはりの鴎どり
  浮きつつ遠くなりにけるかも

という二行詩を置きました。伊豆下田から沼津へ向かう汽船の上で詠まれた作品です。旅先で波間に浮かぶ鴎の群を見るたびに、私はこの詩を思い起こしたものでした。
なお、三好達治は後年、1941年刊の『一点鐘』という詩集の「鴎どり」という詩で、
  ああかの烈風のふきすさぶ
  砂丘の空にとぶ鴎
  沖べをわたる船もないさみしい浦の
  この砂浜にとぶ鴎
  (かつて私も彼らのやうなものであつた)

と詠います(4連の詩の第1連)。これはおそらく、「春の岬旅のをはりの鴎どり」が、たよりなく漂泊する孤独な詩人の魂そのものであったことを告白しているのでしょう。(かつて私も彼らのやうなものであつた)という詩人のつぶやきに、年齢を重ねたいま、私も深く共感を覚えるものです。
どうぞ、旅をするみなさん。俳句・短歌・詩、あるいは小説の一部分でもいいのです。文学作品を「おとも」にして歩くことをおすすめします。

2011/7/26記す


2003年佐渡フィールドワーク(日付・サイズ加工済).jpg

→総合文化学科オリジナルサイトhttp://www.wako.ac.jp/sougou/index.phpもご覧下さい。

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