教職員から |  2009/08/28


こんにちは。経済学科の加藤巌です。
2009年4月から、世界で三番目に大きな島、ボルネオ島で暮らしています。今日はイスラム教徒の赤ちゃんが誕生1ヶ月後に行う「洗礼」についてご紹介しましょう。ご存じのようにマレーシアはイスラム教を国教としています。街を歩くと、あちらこちらでモスクに出くわします。みなさんも、玉ねぎがのっかったような塔が立つモスクをテレビなどでご覧になったことがあるかと思います。
  

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▲美しいコタキナバル市立モスク
(池に囲まれていて、まるで水上に浮かんでいるようです)

 
モスクからは、一日5回のお祈りの時間になると、人々に礼拝をすすめる独特の歌唱が聞こえてきます。これはアザーンと呼ばれます。私はアザーンが聞こえてくると、マレーシアに来たことを実感します。
 
モスクの内部は、イスラム教では偶像崇拝が禁止されているので、神様の像や絵画の類はなく、案外すっきりとしています。そして、モスクの中に入って感じるのは静寂と調和です。高い天井の大きな空間で、敬虔な祈りをささげる人、車座になって聖典であるコーランを吟じる人々を間近に感じることができます。異教徒である私もなんだか心が落ち着く場所でもあります。
 
先日、イスラム教の赤ん坊の洗礼式に招かれるという幸運に恵まれました。モスリムの友人が特別に呼んでくれたのです。ちなみにイスラム教徒は「モスリム」と呼ばれます。こちらでもごく一般的に使われる名称です。このブログでも、これからは「モスリム」という言葉を使っていきますね。
 
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▲モスリムの子どもたち


モスリムの人たちは子どもが生まれて1ヶ月が経つと、親戚や友人を集めて、赤ん坊の健やかな成長を願うと聞きました。この会に来ないかと誘われたわけです。正直なところ、最初は赤ん坊の「お披露目会」と想像していたのですが、実際には洗礼式に出席する幸運だったのです。後で聞くと、異教徒が参加するのは珍しいとのことでした。
 
訪れたのは、ごく庶民的な住宅街にあるお宅でした。お宅の前は児童公園で、気持のよい風が吹いていました。
 
家に入ると、すぐに居間で、床にはゴザが敷かれていました。居間は二つに(ゆるやかに)区切られていて、男性と女性に分かれて着座しました。台所に隣り合わせている奥の方が一段高くなっていて、こちらに女性陣が座り、手前の庭に面した箇所に男性が座りました。
 
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▲手前が男性の席で、奥が女性の席です。

 
女性はみな美しく着飾っていました。子どもたちも正装でおめかししていました。男性と女性は分かれて、それぞれに会話をしていました。見ていると、子どもも一定の年齢に達すると異性のところには行かないようでした。
 
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▲加藤巌先生の腕に抱かれているのが、本日の主役、生後1ヶ月の赤ん坊です。

 
やがて、白い帽子に白い衣装のイスラム教の導師がやって来ました。男性は全員立ち上がりましたが、女性は誰も立ちません。そして、導師は男性とのみ握手をして着座。父親が赤ん坊を導師に預けると、導師はその子を膝元の布団の上に寝かせて、お祈りの言葉を短く唱え、サウジアラビアのメッカから届けられた水で赤ん坊の口を湿らせました。その後、砂糖と干し果物を赤ん坊に少量ずつ与えました。甘いものは幸福と繁栄を子どもにもたらす象徴とのことでした。
 
再びお祈りがあった後、導師がハサミで赤ん坊の髪の毛を少量切り取り、水の入った小さなボールに入れました。その後、父親が赤ん坊を抱えて男性陣を回り、成人男性1人1人が少量ずつ赤ん坊の髪の毛を切って、先ほどの水の張られたボールに入れていきました。最後に導師がもう一度、祈りの言葉を述べて洗礼式のすべては終了しました。
  
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▲ご家族の出身地であるクランタンの郷土料理が振る舞われました。

 
洗礼式の後、男性と女性に分かれて会食しました。食事内容は同じでしたが、男女別のテーブルから食事を取り、ほぼ全員が手食でした(右手だけで食べます)。外国人である私にはスプーンとフォークが用意されました。
 
今回、洗礼式に招いてくれたご一家はマレー半島のクランタン地方出身でしたので、その郷土料理が振舞われました。海沿いの地方だけあって、魚料理が美味でした。お祝いのための色つきご飯と一緒にいただきました。辞去する際には、赤く色づけしたもち米をお土産にもらいました。その後は自由解散で、参加者は三々五々、招いてくれたご家族にお礼を述べてから帰途についていました。
 
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▲薄く青い色づけをされたご飯です。


みなさんは、モスリムの人たちにどのような印象を持っていますか。今回の私の体験を通じて感じることは、彼らが大らかで広い気持ちを持っているということです。洗礼式のような宗教上大切な儀式へ異教徒の私を招いてくれたことは、彼らの持つ寛容さを表わすのだろうと思います。
 
とくに、これまでも旅人への細やかな心遣いには感心させられることが多かったです。今回も、もしかすると、私は遠来の客人として特別に招かれたのかも知れません。
 
いかがですか。みなさんもごくごく普通のモスリムの人たちの暮らしぶりを知るためにも、コタキナバルへ足を運んでみませんか。
 
★この情報は経済学科の加藤巌先生から寄せられました。
 
★「加藤巌先生のボルネオ便り4」はこちら
 http://www.wako.ac.jp/organization/open/alldata1.html
 

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