教職員から |  2009/08/11


こんにちは。経済学科の加藤巌です。
2009年4月から、家族揃ってマレーシア・ボルネオ島のサバ州コタキナバルで暮らしています。
今日は「カンポン」と呼ばれる郊外の「村」の様子についてご紹介しましょう。
 

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  大都会のコタキナバル市を離れると道沿いの風景が一変します。昔ながらの高床式住居が寄り添う村々が見えてきます。先日から、そうした村々(カンポン)を訪れています。村の暮らしを聞き取り調査している現地の研究グループに参加しているのです。
 
どの村も一歩、足を踏み入れると、そこは別天地です。山間の村では、水牛が泥土浴びをし、放し飼いにされた鶏たちが餌をついばんでいます。海沿いの村では、たくましい体つきの男たちが漁から戻ってきます。おばちゃんたちが水揚げされた魚を天日干しにしています。そのそばでは、子どもが裸になって海水を浴びています。
 
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▲美しく花で飾られたカンポンの家
(裏にバナナの木が見えています)

  
いつもカンポンでは何軒かの家に上がらせてもらいます。どの家も高床式ですから、文字通り「上がる」という表現がぴったりきます。感覚的には、二階建ての家の二階部分に住んでおり、一階部分は風の通る「壁のない柱だけの空間」で、鶏やアヒルが遊んでいるといった趣です。
 
家の上り口では靴を脱ぎます。カンポンではどうやら、みな、外ではサンダルなどの簡単な履物を使い、家の中では素足で暮らしているようです。
 
これまでお邪魔した、どの家も風通しが良く、意外なほど涼しく快適に過ごせます。家の床は板張りです。板と言っても、竹や細い木を並べて床にしているので、あちこちに隙間があり、下の地面が見えています。恐らく、この隙間からも家の下の空気を取りいれているのかも知れません。ただし、居間などでは床の上にゴザやシートをよく敷いています。
 
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▲ヤシの木に囲まれた典型的な(内陸部)カンポンの家

 
山間の村では家々の周りにココヤシやバナナが植えられています。一家に数本ココヤシの木があるといった印象を受けます。ココヤシは、果汁を飲み、果肉を食べ、その食べかすである殻を乾燥させて(調理などの際の)固形燃料として使える重宝な食べ物です。
 
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▲固形燃料にするヤシの殻を貯蔵しています。

 
カンポンの家の中の様子も紹介しましょう。
ある一軒のお宅(こちらは漁村です)では、入口を入り左側を見るとすぐに台所でした(入口部分と台所の両方で6畳ぐらい)。棚の上に鍋や釜が置かれ、ガスコンロが見えていました。
 
入口から真っすぐ正面に入ったところが一段高くなっており、居間です(広さは10畳ぐらい)。家具はほとんどありません。じかに床へ座って暮らしています。その一角に教科書などの学用品が置かれていました。
 
居間の奥がさらに一段高くなっており、ベット1台が置かれた寝室でした(広さは6畳ぐらい)。ここには夫婦と子ども3人に2人のおばあちゃん、そして、夫婦の妹とその赤ん坊(1人)の合計で9人が暮らしていました。
 
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▲水上集落(手前が訪問した家です)

 
このお宅は河口近くの川面にせり出した家でしたので、ボート(漁船)から直接、家に上がってくることができます。家の外にはかなり大きな作業場が作られていました。私たちがお邪魔した時には、おばあちゃんが「グリーンマッスル」と呼ばれる縦長の貝(見た目と味は「牡蠣(かき)」に似ています)を出荷できるように洗っている最中でした。見ていると、川の上に作られた作業場からポイ、ポイと貝殻に付着したフジツボなどを放り込んでいました。
 
そうそう、家の屋根が「アタップ」と呼ばれる「ヤシの葉を織り込んだもの」でした。村のおばあちゃんたちがせっせと手作りしている姿が印象的でした。
 
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▲グリーンマッスル貝(食感と味は牡蠣に似ています)

 
カンポンの生活は朝が早いようです。お話を聞いた村の人達は揃って早朝から働きに出ると言っていました。そして、夕方、太陽が沈むころ、カンポンは静寂に包まれます。男たちも子どもたちも家に戻り、カンポンから喚声が消えます。
 
家々の輪郭が夕闇の中にしっとりと沈んでいく様子は何だか魔術的でもありました。夕日の残照が消えるころ、ぽつりぽつりと家々の窓に明かりが灯ります。森に囲まれたカンポンも、海に面したカンポンも、同じように(文字通り)"漆黒の闇"に包まれていきます。
 
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▲ヤシの葉で「アタップ」を編むバジャウ族の女性

  
カンポンの暮らしは観察していると、自給自足が原則のようです。自分たちが育てたもの、自分たちが採ってきたものを必要な量だけ食べているといったことを強く感じます。もちろん、作物や魚や貝を市場に卸し現金も得ています。現在、幾ばくかの現金収入は必要です。ただし、日本人の私が給料を得て、そこから暮らしに必要ものを購入していくのとは全く異なった原則がカンポンには存在しているようです。
 
次回のボルネオ便りでは、海の民と陸の民がそれぞれの物品を持ち寄り開催する「青空市場」(タムーと呼ばれます)をご紹介しましょう。
今日も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
 
★「ボルネオ便り」バックナンバーはこちら。
 ●[7月29日] ボルネオ便り1「ボルネオ島は『多様性』の島」
 ●[8月4日] ボルネオ便り2「マレーシアの国産車に乗ってみませんか?」
 
★この情報は、経済学科の加藤巌先生から寄せられました。
  

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